人柱
エフェスの心臓部には数十基のカプセルが並んでいた。その全てに人間が入っており、皆一様に目を閉じ眠りについている。要塞の中枢部とは思えない奇妙な光景だった。
「こ、これが……エフェスの動力部……!?」
「ドンナ機関デ動イテルノカト思ッテタガ、ドウイウ事ダコレハ……」
「な、何だお前は……!」
誰かの声が心室に響き渡る。上層部の通路からひとりの男が冷や汗を垂らしながらこちらを見下ろしていた。
「まさか、お前が侵入者か……! 抗体プログラムは何をしている……バグか!?」
「脳ヲ先ニ叩イテキタカラナ」
「簡単にここに到達出来たよ」
「! ……ぐっ……!」
「降伏しなさい。ここが動力部である事はわかってるわ。超高圧縮の荷電レーザーももう破壊されたのは知っているでしょう? あなた達の負けよ。戦争は終わる」
「おっ……おい脳! ブリッジ! ……っ!!」
男は脳に通信を入れるが、返事は無い。当然だ。既に脳内の人間は全て死んでいるのだから。
「くうううっ……!」
「もうこのエフェスは歩く事しか出来ないわよ。言いなさい。動力機関はどこ?」
「……ふっ、ふふっ……! エフェス! コード『終末』……!」
〈コード・アポカリプス。実行してよろしいですか?〉
男の呼びかけにエフェスのAIが反応しスピーカーから作られた音声が流れてきた。
「構わん! 実行しろ!」
〈コード・アポカリプス、実行します〉
突如心室に警報音が響き始め、エフェスの体内を照らすランプは赤く点滅しはじめた。
「何をしたの!」
ルナはすぐさま飛び上がり男に迫る。
「コード・アポカリプス……自爆プログラムだよ。あと15分でこのエフェスは爆散する! 試算では半径10km圏内の物は全て消し飛ぶぞ!」
「……! 装置はどこ!」
ルナは刃に変えた右腕を男の喉笛に突き立てる。しかし彼は恐れるどころか高笑いを始めるのだった。
「ふははははは! 装置などありゃしないよ! 自爆プログラムはこの動力部と直接繋がっている! 実行した時点で解除など不可能なのだよ!」
「どういう事!」
「ふっはははは……!」
「説明をしなさあいっ!」
「エフェスの動力は、下にいる人柱だよ!」
「人柱……!?」
「そうだ! 我々はこの現実空間と隣合わせの位相に擬似宇宙とも呼べる特殊空間……『iの世界』を作り出す事に成功した! 我々人間の中には眠りに落ちている時に遺伝子によって特殊な脳波を発生させる者がいるのだよ! その者達が下にいる人柱だ! 『iの世界』はいわば精神世界! 『iセンス』を持つ人柱の脳波を解析し、それに干渉する事で眠りに落ちている彼らの精神……心を隣接した『iの世界』へと引っ張り出す! 彼らの脳波は『iの世界』で様々なエネルギーを生じさせる事が出来る! このエフェスは人柱達の『iの世界』への精神接続によって動いているのだよ!」
「……!? 何を言っているの!? iの世界!?」
「そしてこの心臓は人柱と『iの世界』との接続を管理するための器官なのだ! 自爆を止めるには彼らの精神接続を解除すればいい! だがアポカリプスが実行された時点で彼らの精神管理は放棄される様プログラミングされている! わかるか!? もう彼らの精神接続は決して解除される事は無い! 何物にも干渉されないのだよ! すなわちエフェスの自爆を止める事は出来ない!」
「だったらここにいる人柱とやらを全員殺せばいいだけでしょ!」
「無駄だ! 今の彼らの肉体はもはや精神……心が無くなった抜け殻! 肉体が滅んだ所で精神接続が解除される事は決して無い! 精神は『iの世界』に残っているからな! ふは! ふはははは!」
「……ヨクワカラナイケド、ココヲブッ壊シテモ、下ノ奴ラヲ全員殺シテモ状況ハ変ワラナイッテ事ナノカ……!?」
「……どうすれば……!」