【4巻】彼の者は何を目論んでおるのやら ――ネーレ――
レダという娘の案内でたどり着いた店。
その看板へ添えるように飾られていたのは彼の者たちが使う符丁だ。
まさか偶然というわけでもあるまい。
明らかにこちらの動きを知った上での合図であろう。ことによるとあの娘も彼の者と縁のある人物やもしれぬ……。
いや、それはさすがに考えすぎか。
警戒しながら店へ入ったが、何ということもないありふれた普通の店であった。
ただひとつ、明らかに異質な剣がひと振り紛れ込んでいた事以外は。
あの符丁があったということはおそらく我が主の得物として供するという意味であろうが、一体何を目論んでおるのやら。
しかもよりによってあの剣を持ち出すとは……、我が主をコーサス建国王の後釜にでもすえるつもりか?
確かにそれもまた一興ではあるが、我が主は人の上へ立つには他者へ対してちと無関心が過ぎる。
まだこれから先の成長を見込むこともできようが、だからといって雑事に追われるようになっては本末転倒。
いざとなれば力尽くでも諦めてもらうほかないが、まあ彼の者が我が主へ手を出すような事は万が一にもあるまい。
おそらくは彼の者の主にとって都合が良いからそうしただけ、というところか。
それよりも当面の問題はエルメニア帝国からの追っ手であろう。
コーサスの森で出くわした訳ありの娘ふたりを懐に入れたはいいが、そのおかげでようやく住み心地の良くなった住まいを離れることになったのだ。
普段は他人に関心を持たぬ一方で、恵まれぬ境遇の者を見るとつい手を差し伸べてしまうのは単に人が良いだけとも思えぬ。
何やら口にはせぬが我が主なりに思うところがあるのであろう。
歳のわりには落ち着きすぎた佇まいと鋭すぎる剣筋。
なかなかどうして、我が主の過去に何があったのか興味は尽きぬが……。
とはいえわざわざ聞き出す必要もあるまい。
過去などは我の使命に何の関わりもなきことだ。
「ひとり討ちもらしておるが、逃がして良いのか?」
剣を手に入れた夜、さっそく帝国からの追っ手が襲撃をかけて来おった。
我が主の指示により、街の案内役を務めたレダという少女へ累が及ばぬか警戒しておったが、結局帝国の暗部が狙いを定めたのはセレスとカレンのふたりのみ。
あの者らにはレダの存在が眼中にないと判断し、急ぎ我が主の元へと駆けつけた。
もちろんあの程度の者らに遅れを取る我が主ではない。
我が駆けつけたとき、すでに追っ手はそのほとんどが息絶えてわずかにひとり生き残った者が逃げていくところであった。
「俺たちが森から離れていると思わせた方が好都合だ。そのためには誰かに情報を持ち帰ってもらわないといけないからな」
「ふむ。そういうことなら」
我が主の狙いは我ら一行がコーサスの森を離れていくように見せかけることであろう。
追っ手を遠方に誘導し、離れたところでひと息に振り切って森へ戻れば我らがどこに住まいを構えておるかはわかるまい。
広大なコーサスの森であてもなく我らの住み処を探し回るほど敵も愚かではあるまいしな。
「して、新しい剣の具合はどうかね? 試し切りはしたのであろう?」
「人聞きの悪い事を言うな。剣の切れ味を試すために戦ったわけじゃない」
我の問いかけに心外といわんばかりの表情で我が主が異議を唱える。だがその後に口角が満足そうに上がったところをみると、まずまずの使い勝手だったのであろう。
しかし我が主がそれの持ち主になるとは……、先のことは読めぬものよ。
数多退けし暴雨――魔剣クスィール。
前の持ち主も大概バケモノであったが、なるほど我が主であれば十分に使いこなすこともできよう。
彼の者も承知の上で供したのであろうしな。
「後の始末は我が受け持つゆえ、我が主は部屋に戻って身体を休めるが良い」
眠そうにあくびをこらえる我が主へそう告げると、助かったとばかりにそそくさと宿の中へと戻っていく。
ふむ。
これはそれなりに信を置かれていると受け取って良いのかな?
「まあ良い」
静けさの中、我の言葉が闇へと染み入る。
周囲には血の匂い。
目をこらせばまだ温かさの残る骸があちこちに落ちておる。
夜明けまではまだ時間もあろうが、深夜とて見回りの兵士くらいは居ろう。
疾く片付けねば面倒なことになりかねぬ。
さてどうするか。
燃やすのは手軽だが暗闇の中では目立ちすぎよう。
分解するのは後腐れがないとはいえ手間がかかりすぎる。
……ならば埋めるとするか。
方針が決まれば後は手を進めてゆくのみ。
我は戦いの痕跡を地中深く埋めるべく、通りの石畳を浮かせはじめた。
周囲を警戒し粛々と骸を地の底へと埋めつつも、思考はこの町にいるであろう彼の者について占められる。
それにしてもまさかこのような小さき島で我らが同じ町に居合わせようとはな。
アルバーンに御座す夜のお方やその係累はともかく、この島には我らを惹き付ける何かがあるのやも…………ふっ、愚にもつかぬ。
我も焼きが回ったものだ。これではありもせぬ迷信にすがり振り回される人間と変わらぬではないか。
もしやこれは焦り――なのであろうか?
思えばコーサス建国王も彼の者らのひとりが主とした男であったな。
試みが不首尾に終わったとはいえ、それでもかつてはこの島に一大王国を築き上げたのだ。
確実に成果をあげておる。
それに引き替え我らの何と情けなきことよ。
儚い人の一生で、業を極め上り詰めるのが容易なことではないと理解しておっても、やはり成果の出ぬことに忸怩たる思いはある。
英剣のクラウス、音の華姫マリールージュ、清らかなる魔王カノービス、神槍烈士ウォルフ、蒼の救い手アイリーナ――。
いずれも人の枠を越えた傑物であったが、しょせん百年と生きられぬ人間。
たまさか生まれた突然変異に過ぎぬ。
種としての人は変わる気配を一向に見せぬどころか、全体としては衰えすら感じさせる。
しかし我が主があの魔剣を意のままに操るようになれば、過去の英傑たちをしのぐ可能性もあろう。
さて、我が主はいつか『白扉』を開くことが出来るであろうか。
こうも期待を抱かせてくれる主は本当に久しぶりだ。
少しくらい肩入れしたとて……、あのお方もきっと大目に見てくださるであろう。




