【3巻】優しい目をした女の人 ――フィリア――
書籍版3巻49ページあたりの話です。
その人は優しい目をしていた。
アルディスと違っていっぱい笑うけど、アルディスとおんなじでぜんぜん嫌じゃない目だ。
アルディスの黒い目と違って吸いこまれそうな青い目だけど、アルディスとおんなじで私とリアナをまっすぐ見てくれる。
「私の名前? セレスっていうのよ。よろしくね、フィリアちゃん」
灰色の長い髪をうしろでまとめたその人が私とリアナの前にかがみこんで言った。
とてもきれいな人だった。
はずかしくてアルディスの後ろにかくれたら、セレスという女の人はちょっと残念そうな顔になる。
ごめんなさいって言おうとしたけど、その前にセレスは薄い緑色の髪をした女の人といっしょに離れていった。
今日は森の中で木の実やくだものをとろうって、みんなといっしょにお出かけした。
そしたら人がいっぱいやって来た。
アルディスとネーレがこわい人たちをやっつけてくれたけど、そのまま私たちは残った他の人たちといっしょにごはんを食べることになった。
どうやらミシェルというおばあさん以外はアルディスとおんなじ傭兵さんらしい。
ごはんを食べた後、ネーレといっしょに近くへ水浴びにいった。
セレスや「カレン様」と呼ばれていた薄い緑色の髪をした女の人、そしてちょっと耳のとがった女の人もいっしょだ。
「これ、ふたりとも。あまり水を跳ねさせるでない」
いつも水浴びしている場所よりもずっと広いのが嬉しくて、リアナといっしょに手で水をバシャバシャしてたらネーレに叱られた。
ネーレは私たちを叩いたりひどいことはしないし、怒ることもない。
でもきっとネーレの言うことをきかなかったらアルディスが困る。
なんとなくだけどそう思った。
だから私もリアナもネーレの言うことはきちんときくようにしている。
バシャバシャをやめた私とリアナをネーレが捕まえて両脇に抱えた。
こうなるともう私たちにはどうにもできない。
どうせ思いっきりバタバタしてもネーレは平然としているだろうし。
仕方ないからネーレの側で大人しく身体をゴシゴシしてたら、みんなの話題が魔物や獣のことになった。
「我が主がすぐそばにおる。何かあれば我らが対処する前に我が主が片付けてしまうであろう。少なくとも魔物や獣の類いは案ずるに足らぬ」
そうネーレが言っても、セレスたちはまだ何か言いたそうな顔をしていた。
なんでそんな顔をするんだろう?
獣がこわいのかな?
でもすぐ近くにアルディスがいるからぜったい大丈夫なのに……。
もしかしたらみんなアルディスの強さを知らないのかも?
だからまだ不安そうな顔をしているセレスへリアナといっしょに教えてあげた。
「大丈夫! アルディスすっごく強いの!」
「だってアルディス負けたことないもん!」
そう、アルディスは強い。
おっきくてすごくこわい獣相手にも一度だって負けたことがないし、いっぱい襲ってきた赤い人たちもぜんぶ追い返した。怪我をしたところだって見たことがない。
ここにはネーレもいるし、すぐ近くにはアルディスがいる。だから何も怖くないよって教えてあげる。
なんでだかよくわかんないけど、セレスの『こわい』を消してあげたい。そんな気がした。たぶんリアナもおんなじ気持ちなんだと思う。
「アルディスね、いつもフィリアたちのこと怒鳴るこわいおじさんやっつけてくれたもん!」
今までいっぱいこわい思いをしたけど、一番怖かったのはアルディスと出会う前に輪っかをつけられていたときだった。
いつもお腹はペコペコだった。
毎日こわいおじさんに怒鳴られた。
叩かれたり蹴られたりしたときは何日も身体がズキズキした。
無理やり引っぱられて輪っかが手や足に食いこんでいつも血が出てた。
かさぶたになったと思ったらすぐにまた引っぱられるから、輪っかが引っかかるとはがれてまた血が出る。
それはすごく痛かった。
毎日毎日そのくりかえし。
「それでね、リアナたちの手と足の輪っか取ってくれたの!」
そのすべてをなくしてくれたのはアルディスだ。
だからアルディスはすごい。
アルディスがいるからこわくない。
アルディスの近くにいれば大丈夫なんだよ。
そう教えてあげた。
リアナとふたりでそう言ってるのにセレスはまだ悲しそうな顔のままだった。なんで?
「そう……、そうよね……。双子なんだもんね」
もっといっぱいアルディスの事を教えてあげないと、そう思ってたらセレスはかがんで私とリアナにくっついてきた。
いきなりだったからびっくりして身体が固まったけど、ぜんぜん嫌な感じがしない。
くっついたセレスの身体は温かかった。
セレスの腕が私の背中に回ってギュッとしてくる。
ちょっと苦しくなったけど、でもぜんぜん嫌じゃない。
もっとギュッとして欲しいって思った。
なんだか目が熱い。
『誰が何と言おうと、世界中が全部敵に回っても……、私はあなたたちのことが一番大事よ。それだけは忘れないで……』
生きていたころのお母さんが私とリアナをギュッとしながらそう言ってたことを思い出す。
大好きだったお父さん。優しかったお母さん。暖炉の火で温かかった懐かしい家――。
もうぜんぶなくなってしまったはずなのに、不思議とまたそれが目の前にあるような気がして……。
なくすのが嫌で両手でギュッとする。
目が熱い。
でも気持ちいい。
ずっとこうしていたい。
セレスの身体に顔をグッと押しつける。
懐かしい匂いがした。
もう忘れかけていた、懐かしいお母さんの匂い――。