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【2巻】さて、主の命は早々に果たさねばな ――ネーレ――

書籍版では2巻12ページあたり、Web版では39話あたりの話です。

「ネーレは周辺の危険な獣を追い払っておいてくれ。ついでに食事用の獲物も頼む」


「承知した、我が主よ」


 トリア領軍と一戦を交えたその足で、我らは町へ戻らずそのまま街道沿いに南西へと飛んだ。


 早馬といえど一日では追いつけぬであろう距離を稼ぐと、街道を逸れ、森の傍らで一夜を明かす。

 トリア侯の出方を見極める為にも当面は王都近くの森に身を潜めて様子を窺おうという(あるじ)の意向により、人が容易にやってこぬであろう場所まで移動して仮の拠点を建てることになった。


 少々慎重に過ぎる気はするが、主がそう望むのであれば(われ)が口を出すようなことでもなかろう。

 主より周囲の安全確保と食材調達を指示された以上、すみやかに行動へ移さねばなるまい。


 まずは森の奥へと続く東側からであろうか。


 周囲の魔力を確認してみれば、やはり森の中だけに生き物の反応は多い。

 外縁部ということもあり、まだそこまで強い反応はないが、いくつか魔物と思われる魔力も確認できた。


 いずれも主や我にとっては取るに足らぬ存在だが、無力な幼子がふたりもいるとあっては放って置くわけにもいくまい。


 魔力の動きを確認しながら森の奥へと足を踏み入れ、しばらく進んで足を止める。


 遠くからかすかに聞こえる鳥のさえずり。

 何も知らぬ人間ならば、平和とも錯覚しかねぬ穏やかな空気。それが見せかけだけであることは明白であった。


 獣としては大きめの魔力をひとつ至近に捕らえたまま、その場所でにわかに立ち止まる。


 魔力までの距離はここから約五メートル。

 だが四方を見渡しても何ひとつそれらしい相手は発見できぬはずだ。

 その魔力があるのは前後左右ではなく重力の反対側、つまり我の頭上。


 枝がしなり、乾いた音を立てて葉が揺れる。

 次いで威嚇音もなしに樹上から薄紫色の物体がその重さに任せるまま落ちてくる。


 たとえ不意を打たれたとて、かわすのにさほど問題なき速度。

 まして魔力でその存在が知れておるのだ。こちらを襲おうとしていたのは明らかであった。


 懐からダガーを抜きつつ、素早く後ろに飛び去る。


 先ほどまで立っておった場所に口を大きく開いた獣が襲いかかる勢いを利用して、その口から身体の半分ほどまでを一気に切り裂く。


「シャアアアア!」


 身体を深く傷つけられてようやく獣が声をあげた。

 しかしそれは威嚇の為ではなく、単に身体を傷つけられた痛みによるものであろう。


 獣は人間の胴ほども太さがある巨大なヘビ。

 世間一般的にはラクターという名で呼ばれる肉食の獣だ。

 森の獣としては比較的食物連鎖の上位に座するが、魔物に比べればたわいない相手である。


 確かにその咬合力(こうごうりょく)や巨体が持つ力は並の傭兵では苦戦を(まぬが)れぬであろう。

 しかし逆にいえばそれだけだ。動きもさほど機敏とは言えぬし、牙に毒を持っているわけでもない。

 とどのつまりヘビが巨大化しただけの獣と評するのが関の山だ。


 本来は獣と呼ぶべきでない生物だが、今となってはそのことを知る者も少ない。

 いつの世からか人は自らに仇なす生物を魔物と獣のふたつに分類し、それ以外の呼び名を忘れ去ってしまった。


 魔物を比較対象として引き合いに出してしまえば、哺乳(ほにゅう)類であろうが爬虫(はちゅう)類であろうがそのような細かい分類は意味を成さぬのであろう。


 獣の傷口から血が噴き出す。


 さらに一歩後ずさり返り血を避けると、頭部へ目がけてダガーを投げ放つ。

 重い音を立てて切っ先が獣の急所に突き刺さった。


「しょせんは獣。身体の大きさでしか相手の力を推し量れぬか」


 しかしラクターがその言葉を理解できるわけもない。

 すでに自らの意思で動くこともかなわぬヘビは、脊髄(せきずい)反射でのたうち回るだけ。


 一応その身は食用可能であるものの、淡白すぎて旨味は薄い。

 他にも獲物が多い中、わざわざこやつを――。


「食す気にはならぬな」


 肉食獣の餌とならぬよう、その場で小さな炎を生み出すと炭化するまで焼き尽くす。


 処分を終えて周囲の魔力を確認すれば、遠ざかって行くものがふたつと近づいてくるものが四つ。


 知恵のある魔物はそれだけ手強いが、こちらの実力を理解できる(やから)は自ら近寄っては来ぬゆえ手間はかからぬ。

 むしろ実力差を認識できぬ愚かな魔物や獣の方が面倒だ。

 実際に力を見せつけて身体に教え込まねばわからぬのだろう。


 集まってくるのならば好都合というものだ。


 しばしその場で待っておると、全身が緑色に染まった六本足の獣が現れた。

 『グリーンナイフ』と呼ばれる獣だ。

 これまた本来の獣とはかけ離れた存在だが、体長二メートル以上にまで巨大化した生物を昆虫と呼ぶ者はもはやおらぬ。

 分類が形骸化(けいがいか)しているのも今さらな話であろう。


 四本の足で身体を支え、前肢二本は獲物を斬り裂くべく鎌のような形を成しておる。

 細長い身体の先端についた頭部は下向きの三角形状をしており、その上部頂点に付いたやたらと大きな眼がこちらを(しか)と捕らえる。


 そして時を同じくしてグリーンナイフが左手からも一体、右手からも同じく二体現れる。

 包囲されるような形となったが、これらに連携を考えるほどの知能はあるまい。


 目の前にいる四体以外は魔物や肉食獣らしき存在もあたり一帯に補足できぬ。

 こやつら四体を仕留めれば東側はひとまず問題なかろう。


 そう結論付け、鎌を揺らしながらにじり寄ってくるグリーンナイフの一体を予備動作なしの凝集光(ぎょうしゅうこう)で貫いた。

 足の止まったところで照射範囲を扇状に広げた凝集光で首をはねる。


 無論ラクター同様こやつらもしぶとい。

 首をはねた程度で動きが止まるわけではなかろうが、もはや後は反射で動くのみ。

 残る三体に狙いを定め、凝集光を連続して放つ。


 グリーンナイフに近寄ることも許さず、ふた呼吸ほどの間に四体全てを殲滅する。


 昆虫特有の異臭が周囲に漂う。

 一種、青臭いとも表現できる不快な臭気に自然と眉が寄った。


 ふっ。こうも簡単に、しかも無意識に表情が変化するとは……。

 我もずいぶんと人間くさくなったものだ。


 それにしても面倒なことだ。

 森の奥深くに比べれば数も少なく、個々の危険性も低いとはいえ、ずいぶんと物騒な場所になったものよ。


 かつては周辺諸国を従える覇権国家として栄えた地が、たった二百年あまりで今では人の住めぬ魔境へと姿を変えてしまった。

 はてさて、二百年先には一体どうなっていることやら。


 まあ、とりあえずあと五十年は主の行く末を見守らねばならん。

 ゆるりとこの地を見守るというのも興味深きことではあるが、課せられた役目は果たさねばな。


 さしあたり今の役目は周囲の危険を排除し、朝餉の食材を持ち帰ること。

 手早くすませて主がもとへ戻るとしよう。


2020/01/29 誤字修正 主が元 → 主が下


2021/11/15 誤用修正 脊椎反射 → 脊髄反射

※誤用報告ありがとうございます。

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