後編
後日、修理の終わった道場で残花と琴美、志郎は出会った。
「しかしあれから百鬼のやつら来なかったな、なんでだ?」
志郎がタバコを吹かしながら疑問を呈する。時刻が夕暮れ、あのときのような血色の日が差す。
「ああ……うちと百鬼はいま冷戦状態なんだよ。お互い戦力を増やす段階で、まだ戦争おっぱじめる段階じゃない
だから同盟と組んだあんたらにも手を出せなくなった」
残花がキャンディをボリボリ食べながら答えた。傍らには鍛錬で使ったそれは太い木刀がある。
「同盟のリーダーはあんなに過激な事を言って、いつも処刑動画上げてるのに?」
琴美はスポーツ飲料を飲んでいる。涼しげな風が道場を舞った。
「だからこそだよ。小さな組織には百鬼に流れたら殺すって言ってんのさ。アレは。
あんたらみたいな小さな組織が独立するのは並大抵じゃねーぞってな。
そして、ボスは小さな戦争じゃ満足しねーんだろうな。やるならどでかいヤツだ。あっちもそう思ってる」
イヒヒ、と楽しそうに笑う残花。
「なんでだ?なんでそんな楽しそうにできるんだ」
いらだった様子で志郎が吐き捨てる。
「ん?ああ……あんたら勝負は好きでも殺しは嫌いだったね。
まあそれが普通なんじゃねーの?でも、今の時代ぶっ殺せて奪えるならなんでもいい、ってヤツもいるんだぜ」
「それじゃあお前達が言う獣と同じじゃねえか……!」
「そうだよ?堅気から取るか悪党から取るかの違いだけだぜ。狩人も獣も同じなのさ。
いいや、人はそもそも皆ケダモノなんだぜ。それは悪党さんざん見てきたあんたらなら、わかるだろう?」
志郎は黙り込んだ。この女は狂っている、そう思うことにした。
「違うと思うわ。いい人も悪い人もいるのが人間よ。誰もが悪だなんて、悲しすぎるわよ」
「そうかい?楽な考え方だ。いちいち失望しないですむ。まあいいさ。あんたらは人を信じれば良い。
信じる教えを信じればいい。心折れるまで、何度でもな」
琴美はただ悲しい人だと思えた。乾いた笑いを連発するその背中がとても寂しいものに見えた。
「あなたは、なんで狩人に?」
話題を変えようと思った。つい出た質問がこれだった。
「ん?家が退魔の家だったってだけだぜ。
なんて言うかな、うちの家はさ。生まれながらに兵士の家系なんだよ。戦うことでしか自分を表現できないのさ。
悪党をたたきのめしてそれでうまくいくなら、ずっとそうしてる。そういう風に物心ついたときから心ができあがってた」
なんとも言えない空気になった。
「だーっから引くなって!単にバトルジャンキーな家系ってだけだよ!大げさに話し盛ったごめんな!
あれだよ。出来ることがこれだけしかなかったのさ。あんたらだって、似たようなもんだろ?」
「出来ること、か……」
少しだけ彼女のことが解った気がした。きっと彼女は自分たちの映し鏡なのだ。
人間の可能性は悪にも開かれている、という。
「それに、悪いもんじゃねーぞ?これから先、自分や仲間を護る力は必要になってくるからな」
「戦争か……お前らが引き起こすのか?」
「さーね、こないだの吸血鬼から面白い情報が引き出せたんだ。
あいつら日本国内に子組織を一杯作る気らしいぜ。この県内でも3つ出来てる。
『殺人道化団』『路地裏処刑人の会』『アンブランKK』魔術から肉体改造からやってる化け物にその辺の奴らを仕立ててる」
くしゃっと志郎がタバコの箱を握りつぶした。
「そんなに皆、殺し合いがしたいのか」
「さーね、だけど解っただろ?止められないのさ。20年の怨嗟は長すぎたんだ」
時代は宵闇に没しようとしていた。その中で理性ある殺人者は苦悩するだろう。
その果てに何が待っているか。おそらく何も待ってはいまい。
だが、それでも時に時代は狂気に走るのだ。
「いつだったかボスが言ってたよ。こうならなかったらどうなってたかをね。
おそらく、企業に人々は使い倒されて死んでも碌な罰もくだらない、そんな時代が40年も50年も続いただろうってさ」
「それでも、殺ししかない時代なんて俺はごめんだ」
「そうかい?あたしは権力に潰されるまま誰も文句を言わない時代の方が怖いね」
生ぬるい風が吹き、月は赤々と燃えるように明るい。
「平和はいつ来る?いつまで俺たちは戦う?」
「この手で取り戻すまでに決まってるじゃん。戦いたくなきゃいいんじゃない?目を閉じ耳を塞いで堅気に戻れば良いだけさ」
「……いや、なら俺は戦う。それで平和が来るならな」
「なら、せいぜい楽しみなよ。禁欲なんて業の深い欲は捨てちまいな」
ケラケラと笑いながら残花は立ち去っていった。
その背中を二人はじっと見つめていた。こんな血濡れの時代でも愛はささやけるというように。