前編
その動画は市井に意外といる魔術師たちに向けて発せられた。
「ごきげんよう、私設自警団「同盟」の長『獅子吼竜也』だ。
今回はご同業に向けて配信を行う」
獅子吼はその名の通り獅子のようなヒゲをたくわえ、ウェーブする黒髪を持つちょっとジョニーデップに似た男だ。
「まず基本方針として我々は堅気に手を出す組織は潰す。我々はクズ共を狩る自警団だからだ。
そのために我々はいる。
それから我々はこれからも処刑動画を上げるだろう。政治的なアピールのためだ」
淡々と椅子に座って話す。背景はどことも知れないログハウスの中だ。
「論理的な面、神秘の秘匿、そういう反対はあるだろう。
だが神秘の秘匿こそが堅気を脅かすものだ。そこは譲れん。
なあに心配するな。いずれ神秘が当たり前になろうとも、神秘への恐れはなくならん。むしろ増すだろう」
なお、足下には『私は一般人を殺しました』と札を貼り付けられているマッチョが口枷をされて転がっている。
「なぜか?それは諸君らが自警活動をするときに一般人を連れてくればわかるだろう。
当たり前になろうとも、恐ろしいものは恐ろしいのだ。
むしろ間近に血の匂いをかぐことで神秘は増す。
だがまあ、この話は置いておこう。諸君らにもいろいろと信仰があるだろうから」
ここで無造作にマッチョの足をばかでかい拳銃で撃つ。
600ニトロエクスプレス弾は衝撃波を振りまきながら放たれ、マッチョの足を切断した。
悲鳴と血。
「いまさら神秘の公開に異を唱えたとてはじまらんのだ。
ハルマンは、あの『魔術師』は何をしようとも止まらん。魔術や異種族の存在を公表し続けるだろう。
そして、魔術師ならば特異な力を持つならば免許を取り公務員になれと圧力をかける。
あの淫売のラゴゥは堅気を襲うクズ共なら仲間になれと銃を持って脅しに来るだろう。
我々も組織の勧誘を増やすつもりだ。
その結果何が起るか?我々への弾圧と、群雄割拠だ。組織を統廃合せざるを得ない局面に時代は突入している」
獅子吼はうるさいな、と一言つぶやくとマッチョの喉を足で蹴り潰し黙らせる。
「退魔の代々続く家、それも良いだろう。神祇局は君らを歓迎する。
だが、公務員にはなりたくない。そういう者がいるならば、我々に助けさせてくれ
小さな組織ではいずれ百鬼に狩られる。その前に我々と共に戦わせてくれ」
獅子吼は黒い大きなトランクに腰掛けている。長方形の楽器が入るような奴だ。
「これは忠告とお願いだ。堅気に手を出さず自警活動を行っているならば、我々に力を貸してくれ。
同盟と同盟してくれ。
研究は好きにやれば良い。堅気に手を出さないならな。資金も出そう。
お願いだ。自身と堅気を護っている者ならば、我々に撃たせないでくれ。
このクズのように堅気に手を出す奴らと同じにならないでくれ」
そして獅子吼はトランクから大ぶりの真っ赤な消火斧を取り出すと首を狩った。
■
「志郎、どう思う?」
「どうって、何がだ」
夕暮れ時、志郎と琴美が道場で鍛錬の手を止め、休憩している。
志郎は動きやすい胴着、琴美は魔女姿だ。
「わかってるでしょ、同盟の件よ」
「……あまり良い気はしない。長谷川は?」
太陽は赤く燃えながら落ち、血のような夕日が差し込んでいる。
「私も。気に入らないところはいくつもあるわ。神秘を当たり前にしようっていうのもそう。
いきなり出てきて仲間に入れなんていうのも勘に障るし……こちとらずっと前から街を護ってたのに。
それに、あの人達は……なんていうか、血に酔ってるところがあると思うの」
琴美は不安と不満を声ににじませて愚痴る。
「そうだな、俺もそう思うよ。あいつらと俺たちはきっと違う。
目指してるところも、立つ場所も。だけどこれからは今までとは違う。
敵の戦い方が変わってきたなら、こっちも戦い方を変える必要があるのかもしれない。それに……」
ここで志郎は言葉を切った。考えをまとめるように。
「それに?」
「実際会ってみないと解らないこともある」
にっと笑い、琴美を安心させようとする。そう、会ってみないことには始まらない。
「そうね、上があんなのでも現場はまともって可能性もないわけじゃないわ。
あーあ、でも憂鬱だなあ……これも時代の流れってやつなのかしら」
「ああ、これからきっと忙しくなる」
「憂鬱だなあ……」
時代は回っている。誰も、今までのようにはいられない。
■
「ごきげんよう!いやあ青春してるね君たち!いい夜だ!
ところでさっそくですまないが、我々百鬼に入る気はあるかね!」
先ほどの会話から数分後、道場に勝手に一団が上がり込む。
壮年のスーツ姿の男と、迷彩服の者が10名。
「なんだあんたら」
鋭い敵意を走らせて志郎が刀をつかむ。
「若いのに耳が弱いのかね!可哀想に!我々は百鬼だ。
私はバンテイン・ピーン。大尉の位をいただいている!
もう一度だけ聞くがね!百鬼に入り給えファウストのお二人!」
バンテインはテンションの高い口調の男だった。
「お断りだ。勧誘はもう間に合ってる。うんざりだ」
「どうせ入ろうが断ろうが後ろの人たちみたいにする気なんでしょ?まっぴらごめんだわ!」
迷彩服の一団は傍目からも解るほどにゾンビだった。血の気の失せた顔色に無表情。しかし手にはAKー47。
「大きな誤解だ長谷川君!狗賀君!彼らは断ったからこうなったのであって、断らなければ普通に我々の勢力圏内に連れて行く!
そうか同盟か!同盟と同盟したのだね長谷山君!ならば今の内に潰させてもらう!ホームページ上に乗る前であれば知らなかったで済まされる!」
つまり、ゾンビ達はファウストと同じような小さな魔術団のなれの果てだ。
強引に勧誘し、断ればゾンビとして連れていく。そういうやり方を百鬼はしているのだ。
「勝手な人たちね。っていうか同盟といい百鬼といい、こんな人たちばっかりなの……?」
「アリオクの奴らとは違う方向で嫌な奴らだな」
双方が武器を構え、すわ戦闘というその時に両軍の真ん中に丸太が突き刺さった。
「あっぶねえ。はいはいはい、ちょっと待て。その数じゃフェアじゃね-だろ。あたしたちも輪に入らせてくれ」
庭の方からずかずかと上がり込むのは分厚い鉈を持った少女だ。
黒いキャップに黒いコート。鉈は長さは大人の腕ほど、厚さは指二本分ほど。
殺意しかない鉄の塊だ。それで庭木を切って上がり込んだのだろう。
「何だね君たちは!狩人か!お勤めご苦労様なことだ!待てと言われて待つと思うのかね!」
「そうだよ狩人は同盟相手を見捨てない。それにおめえらみたいな獣を狩るのがあたしらの生きがいだ!」
大見得を切って今まさに同盟の狩人が参戦した。
「それに待たせるさ。あたし『たち』って言っただろ?」
「伏兵か!」
「いかにも。斎賀孫八とその相棒御柱まかりこして候!」
それはざっくり言って丸太を担いだオークの如き大男だった。
正確に言えば磨き抜いたつやつやの柱と血で隈取りをした力士体型の男だ。
「そんで、灯上残花と得物のイワナガヒメ。さあて、狩りの時間だ」
「いざ尋常に、勝負!」
「ついてこれるか?」
残花が琴美と志郎に目線を投げる。
「私たちはあんたらのノリについてこれそうにないわ……」
あきれながらもファウストの二人も戦闘態勢を整え、道場は血に染まろうとしていた。