怖がりなお姫さま
森の片隅に小人族が暮らしていました。古くて大きな木のうろにあれこれと細工を施した立派なお城もありました。
お城に住むお姫さまはお年頃で、よその森にすむ小人族の王子さまたちから結婚を申し込まれることもありました。お互いに会ったこともない者同士です。王子さまたちは、虫や鳥や動物たちからどこどこの森に年頃のお姫さまがいると聞いて、結婚を申し込んでくるのでした。
お姫さまのお父さんとお母さん、つまり王さまとお妃さまもそのようにして出会ったのでした。
けれども、お姫さまは結婚の申し込みを何度も断っていました。よその森へ行くなんてとんでもないと思うからです。
いいえ、森どころかお城を出ることだってできません。お部屋からはどうにか出ることができますが、あまり好きではありません。
お姫さまは、外が怖かったのです。
お姫さまは、幼いころからとっても大切に育てられました。
王さまやお妃さまはもちろんのこと、お城で働く者たちや、森の住人まで、みんなかわいらしいお姫さまが大好きで、大切にしていました。もうそれはそれは大切な扱いで、散歩をしていても風が吹けば「なにか飛んできて姫に当たったら危ない」と葉っぱの傘で風をよけて、水たまりがあれば「姫が転んで溺れたら危ない」と小枝で組んだ籠に乗せるほどでした。
そんなふうにとても大切にされてきたものですから、お姫さまはお嫁にいく歳になっても外は危険がいっぱいだと思っているのでした。
いまさら王さまやお妃さまが「大人にとってお外は危ないところではないのですよ」と言ったところで、とてもそうは思えないのでした。
もちろん、王さまやお妃さまがほんとうのことを言っているのはわかっています。わかっていても、怖いものは怖いのですからしかたありません。
お姫さまがあまりに怖がるものですから、王さまはお城の者たちに「どうすれば姫が外を怖がらなくなるだろうか」と相談しました。
みんな懸命に考えました。やはり大好きなお姫さまが怖がっているのを見るのはつらいものですから。
ある者は、お花をたくさん摘んできて、部屋いっぱいに飾りました。
「森にはこんな美しいお花が咲いているのですよ」
そう言って森へ誘います。
けれどもお姫さまはにっこり微笑んでこう言うのでした。
「まあきれい。また摘んできてね」
ある者は、鳥たちを招いて音楽会を開きました。
「森ではこんな歌が聞けるのですよ」
そう言って森へ誘います。
けれどもお姫さまはにっこり微笑んでこう言うのでした。
「まあ楽しい。また歌いにきてね」
ある者は、やわらかなツルで編んだローブを贈りました。
「森ではこんな素晴らしい織物が手に入るのですよ」
そう言って森へ誘います。
けれどもお姫さまはにっこり微笑んでこう言うのでした。
「まあすてき。また織ってきてね」
お姫さまはちっとも外に出ようとはしません。それどころか、みんながいろいろと持ち寄ってくれるので、お城の中を歩くことさえなくなり、ますます部屋にこもるようになりました。
さらには部屋のドアに近づくこともなくなり、雨や雷の音が聞こえようものなら「やっぱりお外は危険がいっぱいなのね!」とベッドにもぐりこんでしまいます。それでも隙間から音が入ってくるのが怖いといって、クローゼットの中に隠れたりするようになりました。
「だめよ、だめ。こんなところではまだ広いわ。もっとぴったりとはまれる狭いところはないのかしら」
そういっては、戸棚や贈り物の入っていた箱にまで入るようになりました。
狭いところに入ると、お姫さまの世界は小さくなりました。世界の隅々まで手の届くのだと思うと、お姫さまはとても穏やかな気持ちになるのでした。
あわてたのは王さまです。
「これはいったいどうしたことだ。外へ出るどころか、どんどん狭いところに入り込んでいくではないか」
頭を抱える王さまの目の前で、お姫さまはドレスの空き箱から部屋のごみ箱に引っ越ししようとしていました。
「ごみ箱などに入ってはいかーん!」
王さまは急いでごみ箱を取り上げました。美しい花模様ではありますが、ごみ箱はごみ箱です。お姫さまが入っていいわけがありません。
お姫さまはドレスの空き箱にもどると、箱のふちに手をかけ、「まあ。ひどいわ、お父さま」と、涙を一粒こぼしました。
「むむむ……。姫は、どうしても狭いところに入りたいのだな。うむ、それならばしかたあるまい。せめて立派な入れ物を用意してあげようではないか」
王さまは、森じゅうにお触れを出しました。
「姫の体にぴったりの大きさで、姫が入るにふさわしい立派な細工で、姫がよろこぶような入れ物を用意せよ!」




