87回目 ついに相手のボスのお出ましのようで(たぶん、序盤の) 2
藤園カオリからの呼び出しは週末。
金曜日の授業が終わってからになる。
それを伝えに、わざわざ上級生がやってきた。
そして朝の授業が始まる前の教室に入ってきて、これだけを伝えて去っていった。
教壇の上に立って用件を一方的に口にしていく。
言われた方がちゃんと聞いてるのかなど全く気にもしていない。
伝わらなかったらどうするのかとトモルは思ってしまった。
相手が聞き漏らしてるとは微塵も思ってないのだろう。
仮にそうだとしても、聞いてない方が悪いと考えてるかもしれない。
(そういうもんなんだろうけど)
上位貴族らしいと思った。
ため息が漏れる。
上に立つ者が入ってきたら、下の者は静かにそれを聞く────
貴族においては当たり前とされている。
悪い事とは言えない。
指示を伝えるにあたり、それを静かに聞かないのは問題だ。
何らかの指示や通達があるなら、静かに聞くのは当然だろう。
礼儀としてもだし、それ以前の問題でもある。
業務としても、そうしないと伝達漏れが発生する。
それによって滞りが出てはいけない。
やって来た上級生の態度も、それを考えれば間違ったものではない。
指示を出す上司としてみれば、幾らか妥当なものだった。
だが、何の前触れもなしにそれは困る。
事前の示しもなく、いきなりやられてはたまったものではない。
『それくらい当たり前だろ』という事なのかもしれないが。
貴族のたしなみとして、それは当然かもしれない。
しかし、だからといって、急にやられてはたまったものではない。
(これが貴族なのかねえ……)
呆れながらそう思った。
少しばかり不快感を抱きながら。
「なあ」
上級生が出ていったあと。
思わず周りの者に尋ねた。
「上級生ってああいうもんなのか?
いきなりやってきて、勝手に何か言って出ていくって」
「うーん、どうだったかな?」
聞かれた者は首をかしげる。
「まあ、上級生だしね。
そういうもんなのかも」
「それに、あの人の実家、結構な家だし」
「ああいうもんなんじゃないかな」
そうした返事を聞くに、はっきりとは分からないようだった。
ただ、貴族として上位にいるなら、ああいう態度もありえるのかもしれない。
そんな事を誰もが口にしていった。
「あれが、いわゆる礼儀作法って奴なのか?」
「そうかもね。
こっちにもそれっぽい事が書いてあるし」
聞かれた一人が、礼儀作法指南という教科書をめくって答える。
いつの間にとトモルは思った。
「えーと。
『目上の人がきたら、静かにして話を聞きましょう』だって」
「ああ、教科書にも書いてあるのか」
だったらある程度は納得する。
そう習ってるなら、そういう行動に出るのもおかしくはないと。
「けど、不意打ちみたいに来るのは勘弁だな」
いきなり来て、言うだけ言って帰る。
それも止めてもらいたかった。
聞き漏らしが怖い。
そうなったらどうするつもりなのか?
「ちゃんと聞かなかったって、俺達が悪い事になるのか?」
「教科書にはそう書いてあるよ」
「おいおい……」
嘘だろ、と思ってしまう。
「下々は聞く姿勢を常にととのえ、何時如何なる時にも備えよだって」
「やめてくれ……」
頭を抱えたくなった。
まあ、静かになるのを待ってたら大変なんだろうとも思う。
下々に限った話ではないが。
人というのは集まれば勝手に動き出す。
話を始めようとしても黙らないという事もよく起こる。
それらが静かになるのをまったり、静かにさせようとするのも大変だ。
ならば、大人しくしてない方が悪い、という事もありえるだろう。
それでもだ。
先ほどの上級生の態度はそういったものとも違うように思えた。
どちらかというと、『お前達の都合などどうでもいい』といった雰囲気を感じた。
(それがあちらさんの気持ちなんだろうけど)
下々の事など考えもしない。
それが基本なのだろう。
(まあ、それならそれで)
相応の態度をとってやろうとトモルは考えた。
(何にしても、今度の金曜日か)
示された場所と時間は分かった。
ならばその時にそこに出向くのみである。
持ち込める全てを用意して。
(事前に何か分かればいいけど)
あいにくと、相手の守りは堅く、取り巻きでも無い限り重要な情報は分からない。
森園スミレ程度では重要な部分は教えられてない。
なので、相手の手の内は全く分からない。
だが、それならそれで出来るだけの事をするだけである。
また、出来る限りの働きかけをして、こちらが有利になるようにするだけであった。
相手本人はどうにも出来なくてもだ。
取り囲む環境を味方に付けることが出来れば、打開策も見えてくるかもしれない。
(やるだけやるしかないよな)




