8回目 しつこいくらいに入念な準備を
何事によらず、作業を行う事で技術は向上する。
それはこの世界では技術レベルとして表されている。
同様に自分自身の事をあらわす総合レベルの方も、経験によって成長させる事が出来るという。
その総合レベルの上昇は、一般的な技術上昇に比べて桁違いの経験値が必要になる。
時間も手間もかかるのだ。
それでも、生きていれば少しずつ経験値がたまり、知らず知らず総合レベルは上がる。
普通に生きてる場合、だいたいの者がレベル3からレベル7くらいまで上がる。
間をとって、レベル5というのが、一般人の水準だ。
普通に生活していたらこのあたりが限界であるらしい。
それほどまでに上がりにくいのだ。
もちろん例外は存在する。
モンスターを相手にする者達はこのレベル上昇が早い。
レベル10やレベル15に到達する者もいるらしい。
命のやりとりによってそれだけ多くの経験値が手に入るという事らしかった。
人間同士の殺し合いでも同様にレベルが上がる。
戦争などでも同様の現象が確認されるという。
手段として用いたくはないが、それもまた総合レベルの上昇手段ではある。
ただ、これは一方的な暴行などでは、それほど経験値が手に入らないという。
文字通り命がけの戦いでなければ、大きな経験値は手に入らない。
経験則的に、また様々な話を総合すると、そういう結論になる。
知り得た情報からの推測の域を出てはいない。
しかし、経験値とレベルについては、いまだに解明されてない部分がほとんどだ。
何が真相なのかは分かってない。
だとしても、これだけ分かっていれば十分でもある。
レベルを上げたければ、モンスターと戦う。
これが一番のようだ。
人間同士で殺し合うわけにはいかないのだから。
それに、人間の領域外には害となるモンスターがいる。
それらを倒していけば、総合レベルが上がる。
これもあって、軍隊が戦力増強の為にモンスター退治に出向く事もある。
また、モンスターが持つ核と呼ばれる物質は、魔力と呼称される燃料・エネルギーに用いられる。
これを換金する事で商売にもなる。
その為、冒険者と呼ばれるモンスター退治を専門とする業者もいる。
これらの情報を集めたトモルは、ならばと考えた。
自分もモンスターを倒しにいこうと。
かなりぶっ飛んだ発想であるが、能力を飛躍的に向上させるにはこれしかない。
普通に生活してればこんな事考えもしなかっただろうが、今はそんな事言ってる場合ではない。
(あの野郎、締め上げておかないと面倒になりそうだし)
タケジの事である。
親も親だし、このまま放置しておきたくもない。
もちろんすぐに壊滅させる事など出来ない。
そこまでの力はない。
だけど、喧嘩をふっかけられても、軽く撃退出来るようにはなっておきたい。
まずは身を守れるようになる事から。
個人の段階での揉め事を排除出来るようになっておきたい。
それから先の事は、また後で考えれば良い。
今は目の前の、身近な問題をどうにかせねばならなかった。
その為にも、モンスターを倒しに行こうと考えていた。
手段としていかがなものかというところだが。
効率的にレベルを上げるとなると、それしかない。
そう考えたトモルは、準備を始めていった。
思い立ったが吉日とばかりに。
武器になるようなものはさすがに持ち出せないが、使えそうな道具は見繕っていく。
鉈やら手斧やら小柄など。
子供でもなんとか使えそうな武器を集めていく。
ほとんどが生活用品なのは、身近にあるからだ。
また、子供なのでそれほど大きなものは扱えない。
どうしても装備に制限が付く。
これはやむをえないとして諦めるしかなかった。
戦力としては厳しいものとなってしまう。
防具の方も同様である。
鎧なんて身につけられない。
重さもそうだし、そもそもの体格が違う。
防具のほとんどは大人にあわせて作られたものなので、4歳の子供が身につけられるわけがない。
特注で作れば話は別だが、いくら何でもそんなもの用意出来ない。
ここも、厚手の服や、重ね着などでどうにかするしかなかった。
ありがたい事に、訓練所で使っていた練習用の防具は部屋に置いてある。
ありあわせの物で作ったものだが、無いよりは良い。
戦闘における有用さは期待出来ないが、無いよりは良い。
何せ一人でどうにかせねばならない。
備えは幾つあっても良い。
たとえ気休めにしかならなくてもだ。
気休めすら出来ないよりはよっぽど良い。
そんなささやかな準備をして、モンスター退治へと向かっていく。
幸い、辺境の村の事、ちょっと外へでかければそこらにモンスターはいる。
と言っても、一日歩き回って何体かに遭遇というのがほとんどのようだった。
人里から遠く離れるほど数は多くなるらしいが、集落や村の周辺ではそれほどでもないらしい。
なので冒険者などは何日かかけて周辺を探索するという。
もちろんトモルにそんな事は出来ない。
朝に出て夕方には帰ってくる日帰りがせいぜいだ。
子供であるのだからここはどうしようもない。
さすがに家族を心配させるわけにはいかなかった。
だったらモンスター退治に出かけるべきではないが。
(まあ、仕方ないか)
理由や言い訳を考える事もなく、仕方ないの一言で自分を納得させる。
これはやらねばならない事、と自分に言い聞かせ、黙々と準備をしていった。
武器や防具を少しずつ持ち出し、適当な所に隠していく。
それらを装着して外に出たら、たちまちのうちに取り押さえられるだろう。
そうならないように、装備品は一つか二つほどを持ち出していく。
それらを油紙に包んでボロボロの鞄の中に入れておいた。
出来れば木箱などのようなものに入れておきたかったが、さすがにそれは持ち出せなかった。
持ち運べる中で、手頃な大きさと軽さだったのが、ぼろぼろの鞄なのだ。
油紙に包んでるのは、せめてもの防水性を求めてのものだ。
それでも、密閉性などは期待できないのが残念である。
見つからないように苦労しながら道具を持ち出していく。
この準備に、なんだかんだで二週間を費やした。
時間はあったからまだ良いのが。
大人の政治的配慮による、神社への通学停止がありがたい。
ただ、時間はあっても、なかなか外に抜け出せない。
監視が意外とあり、悶々としてしまった。
やむなく夜を待って、窓から外に抜け出した。
道具を抱えて。
家が平屋で本当に助かったと思った。
二階建てだったりしたら面倒な事この上ない。
また、警備がわりといい加減である事にも感謝した。
辺境の裕福とはいえない領主であるから仕方ないが。
ただ、今少し防犯・防衛について考えねばとも思った。
ともかくそんなこんなで時間をかけてゆっくりと準備をしていった。
モンスター退治に出かけるためとはいえ、それだけでトモルはかなりの労力を費やしてしまっていた。