72回目 会いたくもない奴が再び目の前にあらわれるという苦痛
やる事をいっぱい抱え、途方に暮れる日々であった。
そのほとんどは自分で作り出したものなので、文句を言うことも出来ない。
あれもしたい、これもしたいとやりたい事を増やした結果だ。
誰が悪いのでもない、トモルが全て悪い。
そんな問題の中に、もう一つ面倒が増えていた。
親の直属の上司にあたる貴族、そこに出向いた時に出てきた令嬢。
森園スミレがわざわざ出向いてきたのである。
理由は簡単、この学校に在籍していたからだ。
とはいえ、接点はほとんどなかった。
スミレはトモルより上級生なので、顔を合わせる機会がない。
同じ学校とはいっても、学年が違えばそんなものだ。
教室の場所が違うのだから。
そもそも、トモルはスミレが学校にいる事すら知らなかった。
知ろうともしなかった。
興味がないし、理由もないのだから。
だが、スミレには配下の貴族の情報はある程度伝えられていた。
柊家は森園家の配下なので、当然スミレにもトモルの事は伝わっている。
配下の者の面倒を見るためである。
このあたり、貴族としての義務や、先輩としての気配りという意味がある。
これは不慣れな新入生に学校内における振る舞いを伝えるため。
そうして無用の衝突を避けるためである。
それが配下の家の子息を守る事につながる。
どちらかといえば、上に立つ者の義務として行われていた。
だが、本来の目的が変質する事など珍しくもない。
スミレに伝えられたのも、トモルを含めた配下を保護するためではない。
だいたいにおいて、手下として使っていいよ、というお知らせのためになっている。
つまり、面倒を増やす材料になってしまっていた。
「久しぶりね」
昼の食事時。
食堂に出向いたトモルは、そんな声をかけられた。
誰だと思って振り向いたら、少しだけおぼえのある女が目に入った。
横幅が大きいのが目につく。
それを見てのトモルの感想は、
「……誰だ?」
であった。
何となく見覚えはあるが、誰なのかはおぼえてない。
素でそう言ってしまう。
そんなトモルに、スミレは顔を怒りで引きつらせた。
「あんた、私を忘れたっていうの?」
「いや、誰なんだ?」
とぼけてるわけではない。
本当におぼえていないのだ。
なんとなく記憶にひっかかってはいるのだが、どこの誰だったかはっきりしない。
何となく見覚えがあるなあ、という程度である。
そんなトモルにスミレは怒りをあらわにしながら吠える。
「森園スミレよ!
あんたの家の上司の!」
「ああ、あの」
言われてようやく思い出す。
「そんなのもいたなあ……」
「なんですってえ!」
怒鳴り声は更に続く。
「それで、その森園さんが何の用だ?」
「様を付けろ、様を」
「だから、何の用だ?」
両者共にそれぞれの求めるところを主張し、全く話がかみ合わない。
スミレの方からすれば自分の家の方が格上なのだから、トモルが従うべきという事になる。
これは何一つ間違ってない。
トモルの家はスミレの家の下についてるのだから。
なので、トモルはスミレの言葉を一方的に聞く事が義務ともなる。
トモルもそれは理解している。
ばかばかしいとは思うが、それが貴族社会だ。
トモルがあれこれ何かをいう資格はない。
だが、トモルにとってそれはどうでもいい事になっている。
「きいいいいいい!」
トモルの態度にそんな叫び声をあげるスミレに、
「だから、何の用なんだよ」
と言い続ける。
今のトモルにとって、スミレの事など斟酌する必要がない。
それだけの力を身につけてるからである。
ある意味、力にものを言わせた横暴とも言える。
トモルは自分のレベルを盾に、好き勝手している。
だが、お互いにもってる力を考慮すれば、これくらい当然だとトモルは考えていた。
トモルは確かに個人としてとてつもない力を持ってる。
だが、スミレは家の力、ひいては貴族の力を持ってる。
今の段階では、まだスミレの家の力の方が強い。
その背後にある貴族社会を含めて。
そんな両者の力を拮抗させるためには、それぞれの持てる力を互いに出さねばならない。
確かにスミレだけ相手にするなら、トモルの方が強いだろう。
持ってる力は巨大にすぎる程だ。
しかし、トモルには後ろ盾と言えるものが何もない状況だ。
それを考えれば、レベルの上昇で得た力を持ち出すのは当然である。
もちろんトモル以外の者達はその力の事は知らない。
知らないのだから、そんな考えを勝手に持ち出しても、トモル以外の者は理解不能だ。
しかし、知ろうが知るまいが関係はなかった。
トモルからすれば、他人がどう考えてようがどうでもいい事だ。
自分だけが理解していれば当面は問題がない。
傍から見てれば、それはとてつもなく異常にしか思われないが。
それが証拠に、スミレは激怒していく。
見ている周りの者達は顔を青くしていく。
「あんたはあああああ!」
「だからわめくなって。
用件を聞いてるだけなんだから」
険悪になっていく言い争いは廊下に響き渡り、周囲の者達を困惑させていった。




