60回目 力こそ全てだという事実から目を背けても待つのは死と滅亡である
そんなこんなで二ヶ月ほどを過ごしていた。
ダンジョンに学校にと結構忙しい。
とはいえ、もともとこうしていく予定ではあった。
強くなる、レベルを上げる。
その為にダンジョンへと向かう。
そうして強さを手に入れ、自分の思い通りに事を進めていけるようになる。
それが目的だった。
だが、今はそれだけではない。
入学初日の寄宿舎における上級生による歓待(という名前の集団暴行)。
それがあって、なおさら危機感を募らせた。
上級生あたりがどれだけいきがろうと、トモルには何の問題もない。
そんなもの粉砕するだけの力がある。
だが、そこだけで留まるとは思わなかった。
何せ貴族の子弟である。
中には有力貴族の関係者もいるだろう。
国政の中枢にいるような家の子息はさすがにいないだろうが。
何せ前世の日本における、都道府県の管轄内にいる貴族子弟しかいないのだ。
しかし、それでも油断は出来ない。
直接の関係者はいなくても、有力者に連なる家の者は幾らかいるはずだ。
そいつらが貴族の面子を大事にしてきたら厄介になる。
貴族の一族は様々な所に絡んでいる。
あちこちへの縁組みなども相まって、それは複雑怪奇な模様を描いてしまっている。
更に血筋による繋がりや、職務などによる繋がりも重なっていく。
その力関係は一筋縄ではいかない。
実際に持ってる権力や、家名などがもつ権威だけでもない。
実質的な力はなくても、有名な家柄などはそれだけで隠然たる影響力を行使出来る事もある。
更に、かつて世話をしたりされたりという間柄。
礼儀作法を始めとしたしきたりや、歌舞音曲などの芸事の師範弟子の関係も関わってくる事もある。
こういった情や実が入り乱れた人間関係に、力関係があいまるのが貴族社会だ。
その中で、子供が叩きのめされたという事実はかなり大きな影響を与える。
馬鹿馬鹿しいかもしれないが、そこに見栄や意地が関わってくる。
地位や名誉や立場を持つ者が、簡単に叩きのめされて引き下がったとなると影響力に差し障る。
たとえそれが、叩きのめされた方に非があるとしてもだ。
そんな正否や理非は全く関係ない。
とにかく貴族の面子、これが重要視される。
中でもそれなりの地位や立場の者は、それに応じた無理を通してしまう。
それが当然とも考える。
悪しき権威主義と言って良いだろう。
権威を、面子を守る為に貴族は何でもする。
それだけ権威や面子を大事にする。
それはガキの喧嘩と大差ない考えかもしれない。
ガキが喧嘩する理由である、我が儘を通すという事と本質的に何も変わらない。
いっそ幼稚といっても良いのかもしれない。
そういう何かが貴族社会にはある。
だからトモルは決して油断はしなかった。
しようとも思わないし、出来るはずもなかった。
いずれ何らかの形で今回の件についての報復は来るものと思っていた。
だからこそ、対抗出来る力を手に入れようとしていた。
レベルアップはその為にも必要なものだった。
相手と渡り合うための、最低限の条件として。




