46回目 寄宿舎伝統の歓迎会に丁寧な迎撃をしていく 4
掴み上げた────この中で中心になっていた上級生の叫び。
それを最も近い位置で聞いてるトモルは、更に腹に拳を叩き込んだ。
一発だけではなく何発も。
相手がそれで大人しくなるのを見計らい、少しだけ魔術で治療をする。
口をきける程度に回復させるために。
そうしてからあらためて尋ねる。
「それで、俺らを呼びつけた理由は?」
それはもう尋問ではなく命令だった。
言う事に従わない事など決して許さない。
そんな意志にあふれていた。
上級生は思いの丈をぶちまけていく。
毎年恒例の新入生いびりを。
それがこんな風になった憤りを。
自分達だけが痛い目をみて理不尽であると。
そんな事を叫んで伝えた。
「バカが」
返ってきた声はとてつもなく低く冷たく、見下しはてたものだった。
それを聞いた上級生ははっきりと察知した。
相手が自分の事をこれっぽっちも尊重してない事を。
動物や虫けらほどにも認めてない、そこらのゴミ屑と同等、下手したらそれ以下にしか見てないと。
「だったら、そんな事やらかした連中にやりかえせ」
そう言われて上級生は空を飛んだ。
トモルの拳が顎を下から突き上げたのだ。
その衝撃で、勢いよく天井まで飛んだ。
なお、広間の天井はかなり高い。
吹き抜け構造で三階の天井くらいの高さまである。
そこまで飛んで天井にぶつかり、床まで落下してくる。
その浮遊感と落下感に、上級生は意識と感覚の全てを手放した。
無意識に自分が助からないと悟ったのかもしれない。
それで、無駄な抵抗を、これ以上苦痛を感じて生きる事を放棄したのかもしれなかった。
だが、トモルはそんな事を許すほど優しくも甘くもなかった。
落ちてくる上級生の体を、横薙ぎの蹴りを打ち込む。
その衝撃で上級生は、本格的に意識と魂をこの世から切り離そうとした。
だが、それと同時にトモルは治療魔術を使った。
おかげで上級生は死ぬ事なく回復した。
トモルの能力による治療は、それこそ上級生の傷も体力も全て癒すほどの威力があった。
だが、それも壁に激突する衝撃によって帳消しになった。
他の生徒を束ねていた上級生は、壁に勢いよくぶつかった。
その反作用で、かなり勢いよく床に転がっていく。
壁から2メートルほど跳ね飛んで、床に転がる。
どうにか止まったところで、苦悶の声をあげてのたうち回っていく。
その出来事を見ていた新入生達は、目の前で起こった事を呆然と見つめていた。
自分達と同じ新入生が、前に出たと思った瞬間に上級生を一蹴していったのだ。
何が起こったのかまず理解出来なかった。
理解出来たとしても、そこで行われてる事が信じられなかった。
何せ上級生が吹き飛ばされていったのだから。
比喩や誇張でも何でもなく、文字通りに。
同じ新入生の腕が、足が動く度に。
それらが上級生に触れる度に、あちこちに飛んでいった。
驚きすぎて声も出ない。
動き出せる者など一人もいない。
目で見てる事が信じられない、頭の理解が追いつかない。
何でそうなってるのか、どうしてこうなったのか。
理解する事も受け入れる事も困難だった。
だが、実際に起こってるその事態を無視する事は出来ない。
それは夢でも幻影でもない現実なのだから。
それを実行した当事者は、そんな新入生に振り向いてのたまった。
「悪いけど、もう少しここにいてくれ。
お前らにも見ててもらいたいもんがある」
逆らう者などいなかった。
相手は上級生より面倒で恐ろしい存在なのだから。
そいつが一度広間から退散していく。
何をするのだろうと新入生達は不思議に思った。
そんな新入生の耳に、大きな物音が飛び込んできた。
全員、なんとなく不安をおぼえる。
まさか、自分達にも同じような悲惨な事が起こるのではないかと。
そう思うが、それでも新入生達はその場から動く事が出来なかった。
自覚はしてなかったが、彼らも恐怖で身がすくんでいたのだ。




