436回目 王都にいる者たちは 4
強硬手段を用いてでも行われていく戦争への備え。
それは慌ただしい雰囲気を生み出していく。
動き回る人々。
行き来する物資。
王都の中の至るところで、そうした動きがあった。
そんな喧噪からほど遠い王城内。
城壁によって隔てられた、王族の住まう区域。
世間から隔絶されたこの場は、いつもならば穏やかな空気が漂ってるものである。
だが、さすがに王都防衛による荒々しい空気はどうしても流れ込んでくる。
それに、万が一に備える必要も出てきた。
最悪の場合、王都を脱出せねばならない。
そのための準備も進められている。
「騒々しくなったわね」
王太子妃である藤園家出身のヒロミはため息を吐いた。
ここ最近は不穏な空気が漂っていたが。
それが一気に大きくなった気がする。
「いったいどうなってるのかしら?」
尋ねるもまともな答えは返ってこない。
詳しい事を知ってる者がいないのだ。
それだけ情報が錯綜している。
もとより、政治の事がそうそう出回るわけもないが。
ただ、王太子妃という立場であれば、それなりにいろいろな話が流れこみもする。
また、情報を集める事が出来ないならば、王太子妃はつとまらない。
まして今は危機が迫っている。
それなりの準備を進めるようにという言づても届いている。
まずい事態になってる事は簡単に想像が出来た。
「どうなっているのかしら」
耳に入るのは不穏な話ばかり。
明るい話はほとんど入ってこない。
強いて言うならば、王都近隣の問題が片付いた事くらいだろうが。
犠牲もかなりのものだと聞くが、それについてヒロミは何か感じる事はない。
(それも仕方ないでしょうし)
問題を片付ける為である。
より大きな問題を防ぐための犠牲はつきもの。
そうヒロミは考えていた。
確かにその通りである。
犠牲をおそれて解決をためらえば、より大きな問題が発生する。
そうした場合に非情の決断も必要になる。
貴族に、それも国の中枢を担う家に生まれたヒロミだ。
それくらいは理解している。
なので、王都周辺の鎮圧における犠牲はやむなきものと考えていた。
「事が終われば、慰撫につとめねばなりませんね」
誰にともなくつぶやく。
やむなき事とはいえ、犠牲がよいとは思わない。
王家としても放置は出来ない。
事が終わり、ある程度落ち着いたら、慰めに出る必要もあるだろう。
それも王家の仕事の一つである。
妃の立場であるならば無視も出来ない。
とはいえ、それも事が終わってからになる。
王都に迫るという敵。
それを片付けねば何も出来ない。
「まことに……」
この事態にヒロミは深い憂慮をおぼえる。
「いかなものであろうか」
国の混乱に胸を痛める。
ほんの数年前までは、問題らしい問題などなかったのだが。
しかし、ここ何年かは様々な問題が起こってる。
その度に国の根幹が崩れていくような不安をおぼえた。
この国を支える、藤園という大きな土台が。
「大丈夫であろうか……」
出身である家の事だ。
不安は隠せない。
王家に嫁いだ身であってもだ。
いや、王家に嫁いだからこそヒロミの憂慮はさらに深くなった。
このままでは王国そのものが崩壊するのではないかと。
まさかとは思う。
そこまで酷くはならないだろうとも。
しかし、そんな不安が現実になるのではないかという恐れを抱かせる。
ここ最近の不穏な出来事がそう思わせる。
しかし、そんな不安を浮かべないようにつとめる。
王太子妃として、無様な姿をさらすわけにはいかない。
下の者に示しがつかない。
上に立つ者が浮き足立てば、下の者たちはより大きな不安を抱く。
何よりも。
「お母様」
呼び声に顔を向ける。
歩み寄る娘が不安を顔に浮かべている。
だからこそなのだろう。
「こちらにいらしたのですね」
安心を求めてヒロミに寄ってくる。
それを見て思う。
がんばらねばと。
自分がしっかりしてないと、娘が心配してしまう。
それは避けねばならなかった。
「どうしたの?」
声をかける。
その声に、浮かべた笑みに娘は安堵したようだ。
「いえ、最近は何かおかしな様子でしたから」
城内の雰囲気にのまれていたのだろう。
いつもとは違う不穏な気配に。
「あらあら」
そう言って娘をなだめにかかる。
大事な娘だ。
こんな事で心を騒がせたりしたくなかった。
血を分けた娘だから。
そして、国の将来を担う者だから。
「気にしなくてもいいのよ」
そう言って不安を拭いさってやる。
将来、王位を継ぐ娘である。
そして、配偶者に相応の者を迎える事になるだろう。
幸せな人生が娘には待っている。
それを守らねばならなかった。
母として。
王太子妃として。
将来の国母として。
「今、少し大変な事が起こってはいるわ」
それは正直に伝える。
嘘を言ってもはじまらない。
不安にさせるのは心苦しいが。
しかしすぐに、
「でも、今はお父様と多くの方々が働いてるわ。
もうすぐ何もかも元に戻るから」
「本当?」
「もちろん」
ヒロミは笑顔で応えた。
嘘である。
そんな保証はない。
だが、嘘であってもヒロミはそう伝えた。
それが事実になる事を疑いはしない。
「もうすぐだから」
そう言って娘をなだめていく。
娘も、ヒロミの言うことを聞いて、不安を少しだけ解消した。
(まったく……)
不安を消して笑みを少しだけ取り戻す娘。
それを見てヒロミは憤りをおぼえる。
顔に出さないように気をつけはしたが。
しかし、娘にこんな思いをさせる者に怒りをおぼえる。
(こんな小さな子供に)
もう小さいとばかりいえない年頃になってきてるが。
それでも大事な大事な娘である。
その娘に不安を与えた者への憤りは止めようがない。
この大事な娘が円満な未来を迎えられるよう。
ヒロミはあらゆる手を尽くすつもりでいた。
それだけ娘が大事。
それがヒロミにとって最大の関心事だった。
(この子が王座につくために……)
あらゆる努力を惜しむつもりはなかった。
その思いが王位継承の法を壊し。
それを理由にしてこの事態が引き起こされている。
その事にヒロミは気づかない。
自分こそが、大事な娘に不安を抱かせる原因になっている事を。




