427回目 州都攻略 17
州の制圧はほぼ完了している。
少なくとも敵軍はほとんど消えた。
州都防衛の為に、州内各地から兵力を集めていたのだ。
おまけに、隣の州からの増援も集めた。
そのおかげで、隣接州の兵力もついでに消す事が出来た。
だが、それだけではまだ足りない。
州都の民が周辺に散らばり、情報を拡散してくれる。
それらもじきに効果を見せてくるだろう。
だが、もっと大きな仕掛けが必要だ。
人間、伝聞だけではなかなか信じない。
自分で体感しないと納得しない。
百聞は一見にしかずという通りだ。
だから、その体験を多くの者にしてもらう。
「よーし」
この日のために準備をしていた事を実行していく。
山岳地帯が多いこの地域。
当然谷間なども存在する。
その一部を利用して、トモルはとある作業を行なっていた。
谷の一つ。
その出口のあたりを、盛り上がった大地がせき止めている。
トモルが魔術でもりあげたものだ。
そうして谷は大きな器になっていた。
そこに降り続ける雨によって水がたまっている。
それなりの大きさを持つ谷が一つ埋まるくらいに。
その下流には、隣接する州の村や町が存在する。
それなりの規模の都市も。
そういう所を狙える位置に水をためた。
該当する地域に潜伏してる者達に連絡を入れる。
作戦を開始するから、周囲の者達に伝えて逃げ出すようにと。
それを聞いた現地に潜伏してる者達は、急ぎ行動を開始していく。
「もうすぐここに洪水がやってくる。
急いで逃げろ」
町や村、都市でそう伝えて。
それだけ言うと、潜伏してる者達は急いで逃げ出す。
事前に聞いていた安全地帯まで。
旅芸人や行商人、それに冒険者などである彼らは、トモルの恐ろしさを知っている。
どれだけの力があるのかを。
それを聞いた者達は、さすがに怪訝そうな顔をした。
いったい何を言ってるのかと。
なので、多くの者達はまともに聞かなかった。
それでも、何人かは耳を傾ける。
本当かどうかは分からない。
でも、もし本当だったらどうするのかと。
そう考える者はどこにでも何人かいる。
それでも実際に行動にうつす者は少ないが。
わずかな者達は万が一を考えて避難を開始する。
避難が完了するまで数日。
トモルはそれだけ待ってから策を実行した。
堰き止めていた大地を崩し、濁流を解放する。
谷間を埋め尽くすほどの水は、より低い場所を求めてほとばしる。
ある程度流れに方向性が出来るように、地形に手を加えてもいた。
その甲斐あって、流れ出す水は求める方向へと進んでいく。
その流れの先にある村や町が飲み込まれる。
都市が押し流される。
高台にあった集落や、そこにいた者達は難を逃れたが。
水の通り道にあったあらゆる者は、抵抗する事も出来ずに飲み込まれていった。
それは山岳部に近い一帯を壊滅させた。
話を聞いて避難したわずかな者達だけを残して。
その情報は即座に領主達に伝えられていく。
とうぜん、隣接する州の州都にも。
その一報を、領主達は即座に信じる事は出来なかった。
だが、事実確認のために人を送り込んだことではっきりする。
伝わってきた話が事実であると。
わずかな生き残りも発見され、何があったのかの証言も得られた。
にわかには信じられない事だが、信じるしかなかった。
でなければ説明が出来ないような惨状なのだ。
信じるしかなかった。
「どうなってる……」
州の領主とその側近達は頭をかかえた。
突如として起こった洪水。
それがなんで発生したのか?
その原因が分からなかった。
なにせ、その方面には水源がない。
水もない所にどうやって水が出てきたのか?
それも、地域を飲み込むほどの濁流が。
訳が分からなくなるのも当然だ。
そんな彼らの所に使者がやってくる。
トモル側からのものだ。
その使者は、一方的な宣告を告げて去っていく。
その内容に領主達はまた頭をかかえる。
「先日の洪水は当方が起こしたもの。
同じような脅威にさらされたくないなら、こちらの指示に従うように。
そうでないなら、実力で排除する」
要点をしぼればたったこれだけの事になる。
それに州を束ねる者達は悩んでいく。
トモルの軍勢の強さは既に彼らも知っている。
派遣した軍勢がどうなったのかは分かっている。
離れたところで様子を見させていた者達がいる。
確実に情報を持ち帰れるように、別行動でこういった者達を用意している。
その者達が持ち帰った情報が全てを物語っていた。
数において大きく上回る州の軍勢が負けたと。
それも一方的に。
最初は疑った彼らだが、まさか嘘だというわけにもいかない。
実際、軍勢は帰ってこない。
それが答えを示している。
それを否定するほど彼らは愚かではない。
そこに来て、この洪水である。
敵であるトモルが本当にやらかしてる可能性がある。
どうしても否定しきれなかった。
「これは……」
誰もが少しずつ認めはじめていた。
今まで噂に聞いていたこと。
トモルの恐るべき力。
もしかしたらそれは事実なのではないかと。
とてもではないが信じられないような話だった。
だから今までは本当なのか疑っていた。
しかし、実際に起こってる出来事を考えると、それが事実だというしかなくなってくる。
でなければ、こんなデタラメな事が起こるわけがない。
「もし、あの話が本当なら……」
これまで聞いてきたトモルの話。
異常なほど巨大な力を振るう者。
それの暗躍と思われる様々な出来事。
「それが事実なら」
恐ろしい想像が頭に浮かんでくる。
誰もが口にしなかった。
だが、誰もが同じ事を考えていた。
こんな事を起こすことが出来る者との戦い。
それがもたらす事を。
(死ぬ……)
それしかありえない。




