4回目 いるよね、こういう奴
「なんだよ、いったい」
素直にそう思った。
口にも出して尋ねもする。
だが、相手は一顧だにしない。
「るせえ!」
とひたすらに喧嘩腰である。
何をそんなにいきり立ってるんだか、と思ってしまう。
トモルからすれば不思議でしょうがない。
何せ、ほぼ初対面だ。
少なくとも、普段そんなに接点があるわけではない。
なのに、何故か絡まれている。
ここが不思議でしょうがない。
あまり接点がないのだから、好意も嫌悪感も抱きにくいはずである。
少なくともトモルは相手に特別何らかの感情を抱いてるわけではない。
なのに、わざわざトモルの所にまで来て絡んでくる。
(なんでだ?)
そう思うのも無理はないだろう。
その理由は、絡んできてる本人しか知らないことである。
相手の心を読む超能力などがあれば違ってくるが。
残念だがトモルにはそういう力は無い。
相手が本音を語ってくれねば、何を考えてるのかは分からない。
ただ、喧嘩を売ってくる相手が、そこまで気を利かせてくれるとは思えない。
そんな親切な奴が喧嘩を吹っかけてくるわけがない。
また、トモルも相手の事を少しだけ知っている。
だからこそ安易な期待は抱けなかった。
相手は神社周辺にある集落の一つ、そこの庄屋の息子である。
名前は畑中タケジという。
トモルより二つ年上の6歳。
神社に通ってる子供達の中ではガキ大将をやっている。
ガキ大将という立場(?)については、トモルはよく分かってない。
はっきり言えばどうでも良いものであり、自分に関係があるとは思ってなかった。
だいたいにして、タケジのグループというか、彼を中心とした集団には興味がない。
接点が基本的には存在しない。
タケジたちが遊んでる所を見た事がある。
だが、その中に入ろうと思った事は無い。
好き嫌いという話ではなく、単純に興味がなかったからだ。
さすがに五十年分の人生経験があるのだ。
子供と遊んでも楽しいと感じることはない。
そんなわけでタケジとその集団とは何の縁もなかった。
だが、それはあくまでトモルの都合である。
そうはいかない理由が、タケジの方にはあった。
タケジが自分の仲間以外に興味の無い性格なら良かったのだが。
あいにくとタケジという子供はそういう性格ではない。
やたらと子分を増やしたがる性格である。
支配欲と言ってもよいのかもしれない。
とにかく自分が一番でなくては気が済まない。
なので、神社に通ってくる者達を、自分の配下に加えようとする。
子供の我が儘の一つであろう。
もしも、自分は自分、他人は他人で別の存在だと。
自分と他人は考えも気持ちも違うのだと。
相手には相手の意思や自由があるのだと。
タケジがそう考える事が出来る性格ならば良かったのだが。
悲しいことに、そういう他人を慮る思考を、タケジは持ち合わせていない。
それはトモルには何となく分かった。
前世でもよく遭遇した類の人間だ。
やたらと威張り散らし、マウントをとろうとする。
まともに取り合ってるのもばかばかしい人間だ。
しかし、そうであっても無関係ではいられない。
そういう考えの者が同じ所にいるとなると、どうしても衝突が発生する。
無理矢理遊びに引きずりこもうとしたり。
何故だか、あれをやれ、これをやれと命令してくる。
そんなの、子供からしても苦痛である。
なんで命令されなくちゃならないのかというものだ。
仲良く一緒に遊べれば問題はないのだろうが。
残念ながら、仲良く一緒というわけにはいかない。
タケジは自分の都合を優先するからだ。
決して、他の者の事など考えない。
子供だからというのもあるが、子供だからこそ、他人を顧みない。
自分の事だけを考える。
子供であっても問題のある思考で人格だ。
普通ならこんな子供を見れば、親か周りの大人が叱るのであろう。
なのだが、庄屋の息子という事もあって、それもなかなか難しい。
この世界における庄屋というのは、各集落のまとめ役である。
集落は田畑を耕す農民達がまとまってる最小単位であり、だいたい十数戸くらいの集まりである。
それを束ねる庄屋は、平民や庶民にとってもっとも身近な権力者だ。
迂闊に逆らえるものではない。
そして、こうした集落を幾つかまとめたのが村と呼ばれるものになる。
この村をまとめるのが最下級の貴族になる。
この近隣だと、トモルの父になる。
庄屋はそんな貴族の下で、各集落をまとめている。
その権力と権威は、各集落ではかなりのものだ。
貴族とて無下には出来ない。
立場としては、一応貴族である領主が上だ。
だけども、集落をまとめる庄屋の意見は無視出来ない。
庄屋は貴族でこそない。
どちらかというと、庶民に近い存在である。
そんな庄屋に下手に無理や無茶をふっかけたら、それだけで問題になる。
下手をすれば、農民をまとめて反旗を翻す事もある。
各集落がまとまって一揆になる。
なので、領主と言えども迂闊な事は出来なかった。
そんな所の子供が横暴だったらとんでもないことになる。
下手をすればとんでもないクソガキが出てくる事もある。
タケジはまさにそんなクソガキであった。
そんなタケジにとってトモルは面倒な存在だった。
領主の息子であるから迂闊に手を出せない。
かといって自分の地位(ガキ大将)を守るには無視も出来ない。
年下だし子分にしなければ他の者達にも示しがつかない。
実際、子供達の中には、
「だったらトモルも連れていってみろよ!」
という者もいる。
無理矢理遊び(という名の大名行列)に連れて行こうとすると、そう言って反発する者が出てきた。
それがタケジには気に食わない。
そうやって逆らう奴は、拳骨で黙らせはする。
だが、それだけでは駄目だという事もタケジは分かっていた。
どれだけ暴力を振るっても、トモルが従わなければ反発のネタは消えない。
どこかで一度決着をつけねばならなかった。
その為にとったのが、やたらと遊びに誘う事である。
当然却下される。
トモルからすれば、特に一緒にいる理由もないので当然だ。
だが、それでもしつこく誘い、何度も断られていく。
その度に何度も腹をたてたが、ある一点までそれを我慢していた。
そして十何回目かの誘いを断られたところで、本題に入っていった。
「テメエ、生意気だぞ!」
誘いの言葉は全てこの一言に向かうための布石であった。
「何度も誘ってるのに断りやがって。
何か文句でもあるのか!」
ようするに因縁をつけて喧嘩を売ったのである。
相手に断る権利がある、そもそもとして各自の自由というのを無視した暴論である。
前提として、「タケジの言う事には絶対服従」というのがなければ成り立たない話だった。
だからこそ、誘って断るのは駄目、などというわけのわからない暴論が出てくる。
だが、それで十分だった。
殴りかかる理由が出来たならば。
むろん、こんな戯言を簡単に受け入れる大人はいない。
しかし、子供同士ならば話は別になる。
余程の事がなければ大人が子供のやる事に介入してくる事は無い。
「子供の喧嘩に親が出るなんて……」という風潮はこの世界にもあった。
タケジの狡猾なところは、そういった風潮をも理解した上で行動してる事である。
子供がそこまで、と思ってはいけない。
子供というのは、ずるくて嘘つきで我が儘なものだ。
でなければ悪戯をするわけもないし、嘘を吐いてしくじりを誤魔化そうとはしない。
タケジもそういった子供の一人であり、何ら例外ではなかったというだけである。
そして勝手にでっち上げた正当性を理由に、トモルを掴んで殴りかかっていく。
幼年期における二つの年齢差は絶大である。
また、タケジは子供達の中でも体格が良い方だった。
庄屋という事もあり、他の子供達より栄養状態が良い。
加えて、もって生まれた素質もある。
力士というほどではないが、骨太で肉の厚みもある。
まともに対抗できる子供など、この近隣にはほとんどいない。
そんなタケジが掴みかかっていくのだ。
周りにいた子供達の誰もが、トモルが酷い目にあうと予想した。
だが、トモルも普通の子供などではない。
次の瞬間、誰もが予想外のものを見る事になる。