39回目 今後の方針が少し決まった日
翌朝。
これまたしきたりというか貴族の矜恃という事で朝餉を振る舞われた。
長者である貴族も同席する堅苦しいものであるが、断るわけにはいかない。
渋々ながら朝食の席についたトモルは、早く家に戻りたいと痛切に思いながら箸を進めた。
ただ、一つ嬉しかったのは、スミレがその場にいなかった事である。
普通なら家族も伴って食事を囲む事になるのだが。
「いや、申し訳ない。
娘のスミレであるが、調子が悪いといってな。
この朝餉には出席できない。
無礼をお詫びする」
そう言う長者の言葉に誰もが顔を見合わせた。
前日まで元気だったのにいったいなにが、と誰もが首をかしげた。
一人理由を知るトモルは、静かに朝食を口にしていった。
子供達はスミレがいない事に安心をしていた。
昨日の事があったので、その存在を好んでる者はいない。
出来ればいない方が良いと考えてる。
それがかなって誰もが喜んでいた。
だが、どうしてそうなったのかは誰にも分からない。
何があったのだろうと誰もが首をかしげた。
なお、スミレはその後も部屋から出てこようとはせず、長期にわたる引きこもりを始めた。
理由については親を始めとして様々なものが聞き出そうとした。
その成果は一応あがったのだが、解決に結びつく事は無かった。
何せ出てくる言葉は、
「あいつが、あいつが来る」
「夜、あいつが来て……」
「私を連れ出して、外で……」
といった調子で起こった出来事を伝えるに留まってるのだから。
ではそれを誰がやったのかという段になると「分からない」に終始する。
夜の暗がりの中での事なので当然ではあるだろう。
相手も声を出していなかったようで、それを基に調べる事も難しい。
ただ、本人の弁に依れば、夜の間ずっと叩かれ続けたというのは分かった。
なのだが。
それもまた多くの者を不思議がらせた。
その言葉が本当ならば、何らかの痕跡が残ってるはずである。
しかし、体をあらためて調べてみたものの、傷一つ無いのだ。
殴られ続けたというから、打撲の痕があってもようさそうなものなのだが。
医師に調べさせても、全く問題無いという診断結果しか出てこない。
こうなってしまうと、スミレの証言を疑わねばならなくなる。
本当にそんな事があったのかと。
嘘を吐いてるとは思えないが、証拠もないので事件にする事は出来ない。
結局、スミレが引きこもってしまう原因については不明という事になっていった。
これは森園家の使用人達を幸せにした。
常に問題を起こす者が一人自動的に減ったからだ。
少なくとも、スミレの部屋に入らない限り酷い事をされたりはしない。
あくまで加害者が一人減っただけで、問題が解決したわけではない。
森園家の他の子供も、大なり小なり似たような事はしてるからだ。
だが、それでも問題が一つ減ったのは、使用人達にとって幸せな事だった。
また、このことがトモルに決意をさせもした。
こういった屑は徹底的に叩きのめそうと。
これまでも貴族との会合で出会った問題児には相応の報復をしてきた。
それを今後も継続し、不毛で無駄な行為を可能な限り根絶しようと。
何がどこまで出来るか分からないが、目が届き手が伸びる範囲で頑張ってみようと。
折角それなりの力があるのだから。
(その為にもレベルを上げていかないと)
迷ったり躊躇ってる暇は無い。
可能な限り外に出向いてモンスターと戦い続けねばならなかった。
経験値を手に入れてより上のレベルを目指すために。
もう家の事だとか親の顔色だとかを伺ってる場合ではない。
そんなもの、無くてもどうにでもなる。
(やってやるか)
今までは自分の能力がどの程度だったのか分からずに躊躇っていた。
また、かなり優れてる事が分かっても、その力をどう使っていくのか悩んで迷っていた。
それがとりあえず無くなった。
この日、トモルは今まで控えていた全てを擲つ事にした。
やりたい事をやるために。




