37回目 物憂い挨拶回り 3
森園家には何人かの子供がいるが、スミレはその中でトモルと同年齢であった。
その性格は最悪で、下の立場の者をいびって遊ぶのが大好きという屑である。
また、見た目も中身を反映してるのか、これまた最悪であった。
それなりに裕福なのか、体型の縦横比率がおかしくなっている。
身長に対して横幅がありすぎた。
樽のような体型というか樽そのものと言えた。
あるいは人間になったダルマというところか。
そういう体質であるというなら、その体型を責めるのは酷というものではあるだろう。
だが、それは比較的恵まれた家の中で培われた怠惰の証しである。
とうてい擁護の対象にはなりえない。
甘やかされ、抑制というものを知らぬままに育った結果が体にあらわれていた。
いや、内面も含めてというべきであろうか。
何にせよトモル達にとって最悪な存在であるのは確かである。
そんなスミレ嬢は、呼ばれてやってきた者達に手を上げる。
何事かと子供達は思った。
そこに、いきなり平手が飛ぶ。
「う!」
「いたっ!」
「きゃっ!」
男女問わず全員が悲鳴をあげる。
いきなり何をするのだと誰もが思った。
だがスミレはそんな子供達に向かって、
「何よその顔は!」
と不機嫌そうな声をあげる。
スミレからすれば何一つ問題のない行動だった。
やりたいからやる。
下々には何をしても良い。
そういう風に思ってるし考えてる。
日常的に彼女は使用人達などにこうした態度をとってきた。
それが咎められたりした事は無い。
親は一応「ほどほどにな」とは言う。
だが止めはしない。
それをスミレは更に都合良く考えていった。
ほどほどなら何をしてもいいのだと。
そして彼女の考えるほどほどというのは、世間の基準から大きくずれている。
やられてる方からすれば、かなりの痛みだった。
それなのに、何故か叩いた方が不満顔である。
不快そうとも言える表情を浮かべている。
だが、不快なのは叩かれた方である。
何でいきなり、理由も無く叩かれねばならぬのか?
そんな理不尽に対する気持ちが自然と浮かんでくる。
当たり前だ。
地位や立場が違えども、こんな横暴が許されて良いわけがない。
だが、スミレはそんな事を考えもせずに更に手をあげる。
「あんた達がそんな顔していいと思ってるの?!」
更に加わる打擲に子供達も怒りをあらわにしていく。
だが、それで反撃となる事は無い。
幾ら子供とはいえ、ここにいる者達は全員7歳になっている。
貴族としてのたしなみは既に教えられてきていた。
それが逆らう事を留めさせていた。
それは貴族としてあってはならない事だと仕込まれてるからだ。
ただ一人、トモルを除いて。
(この屑……)
他の者が言われて表情を消していく中で、トモルだけは憤りを隠す事もなくスミレを睨みつけていた。
それを見たスミレは、恐れたり臆すどころか、更に怒りをつのらせていく。
「あなた、その顔はいったい何?!」
お前のやってる事に怒り狂ってるんだよ────そう怒鳴り返してやりたかった。
だが、さすがに即座にそうするつもりはなかった。
反撃するのも叩きのめすのも容易だが、ここでそんな事をすれば問題になってしまう。
なのでここはひたすら我慢である。
(まあ、他の奴らが無事で済むわけだし)
叩かれてる間はトモルだけが痛い思いをしてるだけで済む。
それに、不愉快極まりないが、それほど痛いというわけではない。
何せ、基本となる能力値が違う。
実質的にそこらの大人以上の能力をもってるトモルである。
年齢通りに7歳の子供でしかないスミレの打撃など大したものではない。
全く痛みを感じないというわけではないが、7歳児程度の腕力ならば難なく堪えられる。
感情を隠す、気持ちを殺さずに済むならば……表情すら取り繕わねばならなぬ事に比べれば造作もなかった。
また、そうしてる事で分かる事もある。
一緒にいる子供達の顔色。
その場に来てしまったこの館の使用人達の表情。
それらがはっきりと物語ってる。
苦渋を浮かべ、トモルに同情してる事を。
スミレのしてる事に非難の気持ちを抱いてる事を。
それが分かるだけでも充分だった。
(とりあえず、みんな俺の味方だな)
少なくとも敵ではない。
身につけた心理技術がそう教えてくれている。
心理的にそういう風になってくれてるだけであろうが、それでも充分だった。
ただ、鬱陶しいほど甲高いスミレの金切り声だけはどうにかしてもらいたかった。
体力や耐久力は充分だが、鼓膜までは強化できなかったようだ。
そのため、聴覚の受ける損傷は打撃よりも大きい。
(黙ってくれねえかな、このブス)
出来れば永遠に、呼吸もついでに止めてくれればと心底思った。
もちろんやられてるばかりではない。
反撃はその夜に行われていく事になる。




