296回目 訓練所の風景
それから数日。
訓練所の入所手続きやら何やらでこれだけの時間がかかってしまった。
その間に様々な注意事項を聞かせていった。
事前に知っておけば余計な問題を起こさずに済むという配慮からだ。
また、サナエやサエとも接触をさせた。
これから接点が増える事を考えての面通しである。
それが終わってからの移動となった。
その間にナオとケイも多少は打ち解けてくれたようだ。
そんな二人を連れて向かったモンスターの領域。
今はトモルの領地とも言うべき状態になってる場所の一角へ進む。
ここ数年で大分発展してきたそこは、既に町が出来上がっている。
多くの人がいて、様々な店が開かれている。
それを見たナオとケイは目を見開いて驚いた。
それはそうだろう。
モンスターの蔓延る地域だったはずの辺境なのだ。
そこが切り開かれ、人が大勢住んでるのだから。
それも、ナオやケイが知ってるよりはるかに大きな町がである。
彼女らが知ってるのはせいぜい人口数百人といったところ。
大きくても1000人を超えるかどうかという規模あたりまでである。
だが、トモルが切り開いて作った町は、既に人口5000人を超える。
この規模の町はなかなか存在しない。
二人にとってはかつてない大きさの町であった。
とはいえ、驚くにはあたらない。
総人口で数万人を数えるようになったトモルの領地である。
その中心ともなればこれくらいの規模になるのは必然だった。
訓練所はその町にある。
そこに入ったナオとケイは、宿舎へと案内されていく。
少しばかり不安を懐いていた二人は、目に入る訓練所の様子を見て少し驚いた。
「思ったより綺麗だな」
「そうですね」
そう、訓練所という言葉から想像される汚さはない。
経年劣化などはあるようだが建物自体は清潔に保たれている。
掃除が行き届いてるのだろう。
また、荒くれが多いという印象もない。
時折すれ違う訓練生とおぼしき者達は、意外と身綺麗で態度もきちんとしていた。
いわゆる兵隊の宿舎とは趣が違う。
たいてい兵隊の宿舎というのはガサツで乱暴な連中の溜まり場であるのだが。
そういったものを目にする機会のあったナオからすると意外だった。
また、噂で兵営というのがそういったものだと聞いていたケイも驚いている。
「どうも勝手が違うな」
「そうですね、聞いていたのと全然違う」
なんでこうなのだと不思議に思った。
その疑問は訓練が始まってからすぐに分かった。
とにかく厳しいのだ。
体力作りの運動や戦闘訓練が……ではない。
普段のふるまいにとにかくあれこれ言われる。
整列する時の立ち方や、廊下の歩き方。
自分の使ってる部屋の整理整頓清掃。
食事の時の態度など。
さすがに高級料理のマナーといった程では無いが、とにかく色々注意される。
騒々しくしない、余計に幅を取るような座り方をしない、他人の領域を侵害しない。
そういった事が事細かに注意されていく。
それが続くのだ。
慣れないものにはたまったものではないだろう。
躾とは無縁だった庶民平民には厳しいものがある。
まして兵隊などの経験者だった者達からは不平不満が上がってくる。
少しでも衣服を着崩していたら叱責される。
髭は毎日剃って、髪の毛も適度な長さにととのえる事を要求される。
こういった事は一般的な庶民平民にはなかった事である。
それを咎められるのだからたまらない。
不満をあげる者達も当然出てくる。
だが、その都度レベルの高い者達に鉄拳制裁される。
否応なしに態度を改めさせられていった。
その結果が綺麗な宿舎と態度の良い訓練生である。
おかげで宿舎内で余計な騒動が起こる事もない。
訓練生もいつしかそういった環境に慣れていき、無駄な騒動を起こさなくなる。
態度や振る舞いも自然と大人しくなっていく。
強制的にではあるが、振る舞いというものを身につけていく。
無駄に目立つ動き方というわけではない。
むしろ余計なものを排除した動き方である。
それは変な力みの抜けた、体に負担のない動きというものでもある。
体に疲労のたまらない動き方をしてるとも言える。
こういった事が日常的になることで、訓練生は本来持ってる力を自然に出せるようになっていく。
人間の動きというのは意外と無駄が多い。
特に意識する事無く動いていけばそうなってしまう。
そんな事を日常の中で行ってるのだ。
そうでない者もいるにはいるが、それは少ない。
大半の人間が意識しないままに無駄な動きをしている。
それを極力削っていく。
それこそ、
『顎を引け』
『背を伸ばせ』
という事にもそれはあらわれている。
ただそれだけで体に負担のない体勢になるのだ。
それをとにかく意識して行なっていく。
行わせていく。
そうする事で体の動かし方を染みこませていく。
これが訓練所における最初の、そして継続して行われる訓練であった。
このあたりはナオとケイにはさほど問題はなかった。
家で元々言われていた事だったからだ。
特にナオの場合、武家に生まれた事でここで行われてる事は当たり前のものだった。
苦もなく行なっていける。
ケイの場合は勝手が違ったが、それでも基本は相通じるものがあった。
貴族の立ち居振る舞いというのも、余計な無駄を省いたものでもある。
新たにおぼえる事もあったが、それも難しいというものではなかった。
おかげで訓練期間が幾分短くなったくらいである。
それよりも驚いたのが、意外と貴族や武家の出身者が多い事だった。
冒険者としてやっていく者達の話は時折耳にはしていた。
しかし、それが結構な数だというのはここに来て初めて知った。




