293回目 縁故入社はこれが最初になるだろうか 5
「後は実際にやってみるしかないな」
話してやれる事は終わった。
面談で聞きたい事は聞き出せた。
ナオの疑問にも答えた。
必要と思える事も伝えた。
後は実際に活動してもらうしかない。
「とにかく冒険者として活動してくれ。
レベルを上げる為に。
それと、冒険者がどういう事をしているのかを実際にその目で見てほしい。
それで得るものもあるだろう」
「分かりました。
武者修行という事ですね」
「そういう事になるな」
武家らしい言い方である。
実際にそういった事になるのは確かであるが。
「ある程度成長したところでこっちに戻ってもらうけどな。
それで家の警護をしてもらう」
このあたりは先に決めておく。
これから変更する事も出てくるだろうが、それはそれとしてだ。
ある程度目標が見えてこないとやる事がブレてしまう。
また、変更するにしても基準が分からないと何をすればいいのか分からなくなる。
その為に、当面の目標だけでも決めておいた方が良い。
もちろん、時と場合にもよる。
だが、今はまずして欲しい事を決めておいた。
そもそもとしてナオがここに来た理由は既にある。
それを伸ばす方向で目標は立てておく事にした。
「それじゃあ、話はこれで終わりだな」
「分かりました」
「あとは好きにするといい。
やることもあるんだろ?」
「はい、お屋敷の方への挨拶などもしておきたいと思ってます」
「それは機会をもうけるよ。
朝礼とかで紹介する。
といっても、挨拶するほど人数はいないけどね」
一応、顔くらいは通しておこうと思った。
すぐに冒険者として活動するので、ここから離れる事になるにしてもだ。
「ありがとうございます」
一礼するナオ。
それを受けてトモルも話を切り上げる。
これ以上は特に語る事もない。
退室するナオに人をつけ、やるべき事を進めていく。
あらためて人を呼び、即座にしたためた短い用件を記した覚え書きを出す。
用件はナオの事。
館内にて紹介する事と、冒険者として活動させる事。
これらを担当部署に通知する。
ある程度はトモルが付き添うつもりだが、話を通しておいた方が面倒が省ける。
赤の他人ならここまでしないが、これから付き合いが始まる相手だ。
少しは骨を折る必要もあった。
「さて……」
あらためて思う。
「長くいてくれるといいけど」
縁故による引き合わせだ。
簡単に切り捨てる事は出来ない。
といって、無理して抱えるつもりもない。
駄目だと判断したら送り返す事も考えてはいる。
でなければ示しがつかない。
たとえ身内の付き合いで採用したとしても、最低限の能力や人付き合いは持っていてもらわねば困る。
困るのだが、それでも出来れば破談などは避けたいところでもある。
形がどうであれ、折角出会ったのだから。
「仲良く出来ればいいけど」
そこが最大の懸念事項ではある。
相性もあるのでこればかりはどうにもならない事もある。
だが、出来れば上手くやっていきたかった。
最低でもサナエやサエとはそれなりにやっていってもらいたいところである。
「……気を揉んでも仕方ないけど」
なるようになれ、である。
この先どうなるかは分からない。
お膳立てしてもどうにもならない事もある。
だが、やれる事はやろうとは思っていた。
それで上手くいくならそれで良い。
駄目ならすっぱりと諦める。
そのつもりでいた。
ただ、これを機会に人を充実させたいところではある。
館の警護、特に婦女子の周囲をかためたい。
その為の人員が不足している。
今後何かあった時の為にも、配置はしておきたかった。
何せトモルは面倒な状況に陥ってるのだから。
ただ、そうなると信用出来る人間を見つけるのが大変だった。
信用出来る者というのはそう簡単に見つからない。
性格や人格が良く、能力もあるだけでは駄目なのだ。
何があっても最後まで付き合ってくれるような人間でないと。
そうなると縁故がある者というのが望ましくなる。
個人的な付き合いだけではなく、家族・親類縁者などのシガラミなどがある方が望ましい。
そういったものがあれば、人を縛り付けておく事も出来る。
こういった縁があれば人は簡単に裏切ったりしない。
あくどい考えではあるが、そういったものも利用する事は考えている。
もっとも、こういったもので縛るのではなく、良好な人間関係を築いて信用や信頼を作り出したいとは思う。
そこまでいくのには相当な時間がかかるが。
(最初は縁故で縛るしかないか)
始まりはそういうところからになるだろうか。
徐々に個人的な結びつきにうつっていくしかないのかもしれない。
(面倒だな、本当に)
人間関係は本当に大変だとつくづく思った。




