289回目 縁故入社はこれが最初になるだろうか
そんなある日の事。
サナエから話を切り出された。
「ごめんなさい、実家からお願いがありまして」
「おう、珍しいな」
少し意外な事に驚いた。
サナエの実家の羽川家はトモルにお願いを持ってくる事がほとんどないからだ。
結婚したからそれなりの付き合いはあるが、その縁を頼る事がない。
あくまで親戚づきあいの範疇に入る程度の接触を心がけている。
そこがトモルからすると好ましかった。
だからこそ、お願いが来るのに驚いた。
「何があったんだ?」
「それが、うちと縁のある武家の事で……」
それを聞いて何となく察した。
「仕事の斡旋か?」
「有り体に言うとそうなるかな」
見抜かれたと思ったのかサナエは苦笑をした。
比較的よくある話ではある。
自分の家の子供や子飼いの家の者の就職斡旋だ。
縁故を頼ってどうにか抱えてくれる所を探すのだ。
決して悪い話というわけではない。
それなりの人材を送ってくれるなら。
ただ、こういう場合、どうにもならないドラ息子やあばずれ娘を押しつけるという事もある。
なので慎重にならざるえないものがあった。
(羽川さんならそんな事ないだろうけど)
そこは嫁の実家を信じたかった。
「とにかく話を聞かせてくれ」
まずは事情を聞いてみようとサナエを促す。
言われたサナエは、
「ありがとうね」
と礼を言う。
即座に却下されなかっただけでもありがたいのだ。
「ええとね、私の家に仕えてる武家の子なんだけど」
そう言って実家からやってきた話をしていく。
予想通り就職の斡旋が主な内容だった。
実家の身辺を守ってる武家の娘。
その奉公先になってくれないか、という事だった。
もちろん強制でも何でも無い。
無理を強いてるのは分かってるので、断ってもらって構わない。
ただ、トモルの所なら冒険者としてやっていけるようだから、そちらに入れてくれれば、という事だった。
「気を使ってもらってるな」
話を聞いてそう思った。
就職先の確保はどの身分・階級でも悩ましいものである。
少しでも可能性があるなら、縁故を頼るのも無理はない。
しかし、それを求めるのではなく、冒険者としてやっていけるようにしてくれという。
そうやって相手の善意に期待してるというわけでもない。
羽川家の人々の性格からして、本当にそれで構わないと考えてるのだろう。
それならばなんの問題もなかった。
冒険者なら幾らでも働き口がある。
ある程度腕が立つなら引く手数多だ。
武家ならば戦闘技術も身につけてるだろうし、即戦力になりえる。
少なくとも育成の手間は省けるだろう。
「こっちには何の問題もないよ」
素直にそう言う事が出来た。
「本当に?」
「もちろん」
そう聞いたサナエは安心して表情をゆるめた。
「けど、人柄とかがどうしようもなかったらまずいけど」
「それは大丈夫。
良い子だよ」
「なら構わないだろ。
足を引っ張るようなドジでもなければ」
このあたりは実際に会って確かめるしかない。
「とにかく一度こっちに来させてくれ。
話はそれからだ」
かくてトモルは新人を迎え入れる事になる。




