280回目 帰るべき我が家
「ただいま」
あれこれ悩んだり考えたり判子を押したりしてからの帰宅。
この瞬間、ほんの少しだけ気分がほぐれていく。
「お帰りなさい」
迎える声があるというのがありがたい。
「ただいま」
そう言って出迎えてくれるサエにそう言って敷居をまたぐ。
自分の家に帰ってきたと実感する。
それから奥に入ると、
「お帰りなさい」
と今度はサナエが迎える。
「ただいま」
ここでも再び帰宅の声を告げる。
「食事は?」
「もう用意されてます」
「じゃあ食べようか」
そう言って三人は食卓を囲む。
新たに家族になった三人の共通する時間の始まりである。
三人での生活は、比較的上手く行ってる方であろう。
平民庶民であるサエと貴族のサナエで違いはあるものの。
それでもお互いの生活環境による違いが衝突の原因になるような事はあまり無かった。
先んじてトモルが両者の生活空間を分けたのが大きい。
一応同じ館の中で生活はしてるが、サエとサナエの居室は別々になっている。
言うなれば二世帯住宅のようなものだ。
同じ館の中で別居に近い状態になっている。
これは二人の仲が悪いというわけではない。
下手に接点が増えるとそれだけ衝突や摩擦が出てきてしまうからだ。
このあたり、トモルは全く理想を抱いていなかった。
嫁と姑の問題のように女同士の関係はなかなかにややこしい。
まして両者共にトモルの妻という立場である。
同等という事で発生してしまう問題もあるはずだった。
だからトモルは、二人の接点が極力出てこないように配慮した。
女同士でなくても、こうした問題は起こりうる事ではある。
人間というのは接点が多くなればなるほど衝突と摩擦を発生させていくものだ。
全く別の人格が共にいればそうなっていくのは仕方が無い。
性格も違う、好みも違う、生きてきた経歴も違う、考え方も違う。
そんな者達が一緒にいれば、共通点より違いを見つける方が早くなる。
そして自分と違う部分を許容できる人間はそうはいない。
ならば、接点はなるべく少ない方がいい。
必要な時に必要なだけ顔を合わせる事にしておくのが無難だ。
極論すれば、接点が無ければ傷つけあう事もない。
そもそも相手と触れあう事が無いのだから、憎悪などを抱く事もない。
その分、良好な関係も築きにくくはある。
しかしそれを求めて無理するよりは、程よく距離を離して無難にすごさせておきたかった。
そう思ってトモルは家庭内別居とも言うべき状況を作り出した。
これもまた問題はあるだろうが、無用な衝突は避ける事が出来る。
それで充分だった。
己の領域を変に侵す事無くすごせればよい。
何より、家に帰ってまで面倒な衝突に巻き込まれたくはなかった。




