269回目 それはそれとして、たまには明るい事も 2
サエとの結婚もこの時期に行われた。
順番としてどうしてもサナエの後になった。
それでも一週間後に式が執り行われたあたり、割と急いだ方であろう。
出来れば二人同時に娶りたいとトモルは考えていたのだが。
体面やら様々な都合を考えるとそれも難しかった。
やはり貴族と庶民を対等に扱うというのは、この世界のこの時代では難しいものがある。
そもそも、貴族が庶民を迎える場合、正式な妻とする事は難しい。
側室であってもだ。
出来るのはせいぜい妾どまり。
正式な女房ではなく、非公式に囲ってるというものにしかならない。
地位や身分の違いのためである。
それを考えればトモルはかなりの無茶をしてると言えた。
何せ、サエを正式な配偶者として迎え入れてるのだから。
貴族からすればありえない常識破壊である。
なお、庶民を貴族が迎え入れる事そのものは、全く無いわけではない。
正式な配偶者として認められる事は無くても、実質的に正妻扱いされる事もある。
正妻をおかず、妾だけを囲ってる場合などがこれにあたる。
これが貴族社会における最大限の妥協であった。
相手が庄屋など豪農と呼ばれる家であれば、もう少しゆるむのであるが。
完全な庶民・平民となると、貴族社会としては受け入れられないものがあった。
そのあたりを完全に無視してるので、トモルへの風当たりは更に強くなる。
庶民を迎え入れるとは何事だ、貴族の面汚しが、といった声が貴族社会で上がっていく。
(何言ってんだか)
トモルとしてはそう言うしかない。
トモルからすれば地位や身分に拘ってるあたりがばかばかしかった。
家同士の繋がりというか勢力・力関係が前提にあるのだろう。
あるいは、名誉といった形にならない名分が大事なのだろう。
虚飾でしかないそんなものを殊更大事にして、本質的な部分を蔑ろにしているように思えた。
そもそもとして、家同士の繋がりというか勢力争いをしてるのがおかしい。
政府運営を担う貴族は仕事を前提にして行動していれば良い。
仕事に必要な労力を提供するのが貴族であるはずだ。
それなのに、家同士の力関係をもとにし、それによって国政を左右している。
貴族による家の結びつきというのは、その結果の一つである。
本末転倒としか言いようが無い。
だいたいにおいて結婚というのは、当事者同士の気持ちの問題である。
家同士の繋がり、つまりは同盟関係などを持ち込むのが間違っている。
また、こういったもので政治権力の増減をはかってるあたりが狂っている。
政治権力の行使は国家の安泰を軸に考えて用いるものである。
貴族の私利私欲で使うものではない。
それが貴族の家の力で左右されてるのだ。
狂ってると言わずして何というのか。
(可愛いからそれでいいじゃん)
トモルが配偶者に求めるのは、とどのつまりそれくらいだった。
見た目が良いのであればそれだけでも良い。
あとは頭と性格が良ければ申し分ない。
最低でも、気分を害するような事をしない人間であれば充分だった。
サエもサナエもそういった条件にかなう貴重な人材だった。
人間関係が長続きするには、人間性がものを言う。
家の力関係でどうにかなるものではない。
反りが合わない者同士でくっついたら苦痛の時間を長く続ける事になる。
家同士の力関係でどうにかなるものではない。
長く一緒にいれば仲良くなっていく事もあると言うが、そんな事は決してない。
相容れない者同士が一緒にいても苦痛と苦悶が続くだけでしかない。
それが全く起こらないのは、運良く気があったからだろう。
さもなくば、心が全く無い人間性の欠落した者同士であるかではなかろうか。
前者は幸福な幸運によるもの。
後者は、そもそも相手の事を気遣う人間性が無い。
幸運に全てを委ねるほどトモルは楽天的にはなれなかった。
また、相手について全く気にしないでいられるほど感性が欠如してもいなかった。
だからこそ、一緒にいて苦痛を感じない程度の相手を求めた。
共にいて楽しいと思える程の相手に巡り会う幸運は、さすがに高望みしすぎであると諦めてはいた。
(だったんだけど……)
それが運良く気の合う者と巡り会えたのだ。
奇跡としか言いようが無い。
手放す事など考えたくもなかった。
その結果、嫁をほぼ同時に二人手にするという強引な展開になっていった。
その一人であるサエとの結婚は、村人や冒険者を中心としたものとなっていった。
貴族の関係者が参列したサナエとの式とは対照的であろう。
このあたりは普段の付き合いが表に出てるといえる。
ただ、規模はかなりのものになった。
なにせ、挙式会場はトモルが拡大拡張したモンスターの領域の進出先。
功労者であるトモルの挙式は最高の慶事である。
一万人以上に膨れあがった人口の大半がこれを祝った。
側室ではあるが、それが庶民出身であるのも大きかった。
この地域にいる者達の大半は庶民出身である。
自分と同じ境遇の者から功労者に添い遂げる者が出てきたのだ。
それは彼等になにかしらの希望を抱かせた。
少なくとも自分達の上に立つ者は、身分や出自をものともしないと感じさせた。
ひいては自分達もそんなもの関係なく扱われるだろうと。
実際にどうなるかは分からないが、多くの者はこの時そういった事を漠然と感じていた。
そんな周囲の思惑などとは全く関係なく。
トモルは純粋にサエも手に入れた事を喜んでいた。
サナエに続いて綺麗な嫁さんを手に入れたのだから当然だろう。
(よっしゃあああああ!)
と内心で歓喜していた。
そこに貴族社会のあれこれとか、庶民の希望といったものなどは全く無い。
(若くて綺麗なネーチャンが二人!
俺、大勝利!)
抱いてる思いなんてこんなもんである。
単純でどこまでも欲望に忠実であった。
高邁な理想などどこにもありはしない。
あとはこのまま二人の女を抱えて幸せに生きていければ、という程度の願望しかない。
その為に必要なものは揃えるし、邪魔になるものは排除する。
(とりあえず、文句を言ってくる貴族連中をどうにかしないと)
これが理由で処分対象にされていく貴族はたまったものではないだろう。
だが、勢力争いに明け暮れてるよりは、よっぽど純粋な動機である……かもしれなかった。
何はともあれ、大安吉日である。
その事をトモルはとりあえず喜ぶ事にした。




