268回目 それはそれとして、たまには明るい事も
面倒な事はあるが、それでもトモルの勢力は拡大を続けていった。
その一環として、森園家に引退を宣言させた。
貴族として直属の上司のような立場であったが、もう邪魔でしかなかった。
娘のスミレも含めてトモルとは敵対している。
その為、さっさと消えてもらう事にした。
役目の全てを柊家に譲ると宣言させて。
これにより柊家の当主であるトモルの父は、地域一帯の領主となった。
こうした事をするには、王家の認可などを含めて様々な手続きが必要になる。
だが、これらをトモルは全て無視した。
少なくとも、実態においては柊家が支配する状態にしていった。
名目的には、森園家の引退により無領主地域となっているが。
そこに手を出してくる物好きはいなかった。
下手に手を出せばどんな反撃をくらうか分からない。
怖くて手が出せたものではなかった。
ただ、それでも他の貴族が目立って騒がなかったのは、柊領からの税がしっかり納められたからである。
税がしっかり入ってくるなら、当面は柊家が仕切っていても良いのでは、という考えも出てきていた。
実利より体面や名目を気にする貴族なので、それでも現状に納得してるわけではないのだが。
それでも、これで税収が無くなるよりは、という意見が大勢をしめていった。
もっとも、その税収もモンスターの領域から産出される富の分は計上されてない。
その事に気づいてる者はそう多くはなかった。
たとえ気づいていても、実際にモンスターの領域から得られる富がどれくらいか知る者はいない。
ただ、領域の開拓によって名目以上の豊かさを持ってるだろうと予測してるだけだった。
だとしても、計上されてる部分からの税収があるのだから、それはそれで良いだろうと考えていた。
下手につついて税収すら失ったら元も子もない。
実際、柊領の勢力は帳簿などに記載されてる通りではない。
公式記録に計上されてないモンスターの領域は拡大に勢いをつけている。
トモルが魔術で整地した地域は更に増えている。
農地だけでなく、鉱工業に商業の発達も著しい。
また、トモルが授けていく科学知識による機械などの研究開発も進んでいる。
そういった知識を学ぶ教育機関も充実していっている。
この地域で生まれた者も増えている。
実際の人口は公式に届け出られてる以上に増えていた。
ただ、モンスターの領域で生まれ育った者達は、隠蔽の為に公式記録にはのってない。
それは柊家で管理される記録にだけ記されていった。
それらを政府や敵である貴族連中に渡さないために。
自分の敵に税収として貢ぐのはばかげている。
公式に記載されてる国家の領地についてはどうしようもないが。
それ以外の、トモルが切り開いて手に入れたものまで取られてはたまらない。
「ここは俺のものだ」
それがトモルの見解である。
そんな勢力拡大著しい柊家に、慶事がやってくる。
婚約相手である羽川サナエの輿入れである。
学校を卒業して三年近く。
ようやくこの日を迎えた。
柊領においては盛大な祝賀となっていった。
この輿入れについて、懸念がなかったわけではない。
柊家は勢力を拡大したが、その間に敵も多く作った。
間違いなく教会と上位の貴族とは敵対している。
控えめに言っても対立は確実なところだ。
そんな家との繋がりを持つ事に、羽川家もその親類縁者などの関係者も警戒はした。
自分達も教会および上位貴族の敵とみなされるだろうと。
しかし、当事者であるサナエの意志は固かった。
誰が何を言おうともトモルと添い遂げると。
そう言う程に学校での出来事は鮮烈に記憶されていた。
自分を救ってくれた事。
その後、学校で勢力を伸ばしていった事。
そこで見てきたトモルの隔絶した能力の事。
学校卒業後にも示した、強引ではあるが強固な手段の事。
「あの人であれば、頼むに足るでしょう」
貴族として勢力の存続を考えれば、それが一番妥当だと判断出来た。
「敵に回す方が問題です」
それもまた後押しをした。
実際、好んでトモルと対立しようとする者などいない。
教会と門前町を破壊した力が自分に向けられてはかなわなかった。
「何より、あの人ほど信用出来る人はいません」
「学校での悪習に、それを仕切っていた大貴族に反抗した方です。
やれば自分が不利になると分かってるはずです。
ですが、それでも悪習に立ち向かい、それを壊滅させました。
少なくとも、悪を良しとするような方ではないでしょう」
それが一個人である柊トモルへの評価であった。
「やろうと思えば、自分がそういう事をする立場にもなれたのです。
でも、そうはならなかった。
むしろ、そんな事を二度とさせないように尽力してました。
今も、学校の外から影響力を放って、学校の健全化につとめてます」
それだけの絶大な力があるのだ。
やろうと思えば私利私欲をもっと追求できる。
できるのにやらなかった。
「口では色々言いますけど。
その方が利益になるとか。
でも、そうやって自分だけの利益ではなく、もっと多くの人の利益を考えてる。
それだけで充分ではないですか」
これにより羽川家はサナエの輿入れを決断した。
サナエ本人もそうだが、羽川家の両親もそれを後押しした。
彼等からすれば、理不尽な指示から娘を救ってくれた者である。
同時に、理不尽な指示を飛ばしてくる上位の貴族を遮ってくれた者でもある。
それは今も続いている。
そんなトモルに娘が嫁ぐことに異論があるわけがない。
「いずれ嫁にやるなら、あの子が良い。
娘もそれを望んでる。
親としてはこれ以上の良縁は望めないしな」
当主である父はそう言ってこの縁談を進めていった。
とはいえ、嫁ぐ前日には憂い顔でため息を吐き出し続けていたが。
たとえどれ程良い相手であっても、娘が嫁にいく事による父親の感傷は避けられなかったようだ。
そんな事も含めて、トモルとサナエの挙式は盛大に行われていった。
状況が状況なので、直属の上司にあたる貴族などからの祝辞などは無かったが。
それでも気心のしれた間柄の者達が集い、華やかに盛大な宴となっていった。
事情があって出席できなかった者達も、祝辞を携えた代理を派遣していった。
貴族の婚礼とあって、そこには政治的な意味もある。
誰がどういった態度をとるのかによって、どれ程結束があるのかを計りもする。
素直にお祝いといかないのがつらいところではある。
だが、見方を変えれば、心から祝おうという者だけが集まってるとも言える。
トモルはあえてそういった見方をして、参列してくれた者達を出迎えた。
個人の能力はともかく、勢力として見たらまだまだ弱い立場の柊家である。
教会は確実に敵に回っている。
上位の大貴族とて柊家を危険視してるだろう。
そんな所とよしみを通じてるとなれば、確実に同類とみなされる。
今後を考えればこれ以上危険な事はない。
にもかかわらず柊家の、何よりトモルの側についたのだ。
打算と妥協がそこにあるにしても、相応の覚悟があっての事である。
そんな者達を裏切れないと思った。
また、婚姻の儀式は新たに作り出した神社形式の新宗教のお披露目にもなった。
教会の宗教である女神イエルのものより古くにあったもの……という触れ込みで作ったものの。
その最初の大きな催しとして、トモルの結婚式は象徴的なものになっていった。
冠婚葬祭といった祭事は教会だけのものではないという宣伝にもなる。
これにより、トモルは宗教の部分において完全に教会と対立することにもなる。
それを覚悟の上での挙式でもあった。
華々しい式典である結婚。
それは様々な意味において新たな門出となり、その他のものとの決別をあらわしていった。




