267回目 教会が無いなら、代わりを作れば良いじゃない 19
邪魔者が消えた跡地に、トモルは自分の手勢を送り込んでいった。
トモルの指示に従う者を優先的に。
当面は発生するであろう面倒や騒動を鎮圧するためである。
いずれは文句を言う者もいなくなるだろうが、まだその時期ではない。
確実に敵を潰していくために、反抗の芽は確実に消していく。
この部分について、トモルは何一つ容赦はしなかった。
また、教会の代わりに新たに作った宗教である神社を設置していった。
教義らしい教義はなく、ごく普通に生活せよというこの宗教は割と穏便に受け入れられていった。
改宗を拒む者もいたが、そういった者は次々に処分されていった。
自分達の教義以外を認めない教会に従う者など残しておけるわけがない。
それらは内部に存在する問題にしかならない。
好んで犯罪や内乱を抱えるようなものである。
そんな馬鹿な事をするほどトモルは愚かではなかった。
これは柊領と友好的な貴族領にひろがっていく。
それだけではなく、周辺の地域にも拡大していった。
そこにはトモルへの反感を抱く貴族の領地も含まれている。
教会もまだ残ってる所もある。
それにはおかまいなく進出していった。
既存の教会にはさっさと出ていくように言いながら。
また、信徒も当然ながら追い出していく。
反発する者達もいたが、
「それなら、門前町のようになるという事だな」
と言えば誰もが黙った。
数千人が壊滅したという情報はかなりひろまっていた。
それを実行した者に逆らおうという者はいない。
たまに出てくるが、そういう者は即座に処分された。
こうやってトモルは勢力を拡げていく。
それに反発して逃亡する者も出てきた。
いくつかの貴族の領地は、人口が減りすぎて基盤を維持出来なくなる所も出てきた。
だが、それで構わなかった。
トモルにとって他人の領域がどうなろうと構わなかった。
そもそも、勢力を拡大するのが目的ではない。
邪魔者を排除したいだけである。
それが自ら出ていってくれるのだからこんなにありがたい事は無い。
また、人が足りないなら、他の所から人を回せばいいだけである。
冷や飯食いだった者達をあてれば、減った人間を充当する事はさほど難しくはない。
おかげでトモルの勢力範囲からは、無駄な余剰人口だった者達が減っていった。
これもあり、トモルの勢力の下に入った地域ではトモルの評価は決して悪くはない。
なんだかんだで誰もがそれなりに稼ぎ口を得てるのだから。
人間、高邁な理想や目標より、まずは目先の飯である。
今日明日の食い扶持が無い者が未来への展望を抱く事は無い。
それが充足していってるのだから、トモルを悪く言う理由は無い。
それでもあぶれてる者には、モンスターの領域への進出がある。
危険はあるが、慢性的な人手不足であるので食いっぱぐれはない。
よほど無能であったり人間性に問題がないかぎりは。
新たに勢力下に入った地域にいる者達は、そちらに向かう事も出来るようになった。
これまでは他の貴族の領地という事でそれもままならなかった。
この世界というかこの時代、移動の自由があるわけではない。
他の貴族の領地に入るというのには、形式的ではあっても許可が必要である。
その為に通行証や手形といったものが必要だった。
トモルはそういった手続きをほとんど破壊した。
一応、身分証の提示などは求めたが、その身分証とて入手が容易になるようにした。
おかげで勢力下の流通は以前よりも滑らかになっていった。
これが就労の可能性をひろげていった。
働き場所というか食い扶持を得られる場所があるというのは大きい。
まして常に人員募集がかかる地域である。
これまではそこへ向かう事も出来なかった者も、今は簡単に向かう事が出来る。
この状況を喜ばない者はいない。
そうした者達にとって、トモルは救いの主であった。
そんなトモルを否定するのは、自分達の得た利点を捨てる事になる。
食い扶持を捨てる事になる。
そんな事を求める者はいない。
だからこそ、トモルを否定する教会などはどんどん非難される事になっていった。
食い扶持を与えてくれる者をどうして拒否しなければならないのか?
それがトモルによって救われた者達の意見や意志になっていった。
こうしてトモルはその勢力をひろげていく。
もともと小さな辺境領主だった柊領は、周辺地域を傘下におさめていった。
それは、直属の上司と言えた森園家すらもしのいでいく。
森園家は柊家を含む数家の貴族を従えていた。
だが、今の柊家は数十家に及ぶほどの勢力となっている。
そのほとんどが柊家と同等の小さな辺境領主程度ではあるのだが。
それでもこれだけの規模になれば、下位貴族とは言えないものになっている。
現代日本になぞらえれば、いくつかの市町村を従えているようなものだ。
さすがに都道府県の規模には及ばないが、その中であるならば最大勢力に近づいた。
人口をもとに勢力の大きさをはかるなら、柊領は約8万人。
これは柊領が存在する都道府県は人口40万人ほど。
単独の勢力としてならば、県下一と言えるほどだった。
国内全体を見渡すならば、これと同等の貴族は他にもいる。
しかし、それでも無視出来る規模ではない。
これを鎮圧する事は、都道府県の水準では難しくなった。
やろうと思えば出来なくはないが、その場合に受ける損害が大きくなってくる。
このため、誰もが手をこまねくようになった。
鬱陶しいので鎮圧したい。
しかし、手を出せばただでは済まない。
一地域とはいえ、教会を壊滅させるだけの力もある。
そんなものをどうにかしようと思おう程気概のある者はそうはいない。
そうして対応に苦慮してる間に、トモルは自分の勢力を拡大していった。
最低でも教会勢力の排除を目指して。
トモルからすれば一番目に付くのが教会である。
これを潰していけるなら、それだけでも充分だった。
その背後にいる大貴族への牽制にもなる。
教会を前に出しての工作がしにくくなる。
それもまたトモルにはありがたいものだった。
(でも、最後は藤園の姫さんを相手にするんだろうけど)
それは気がかりであった。
教会の連中から聞き出した情報で、上位の貴族が絡んでるのは分かってる。
また、森園スミレの口から藤園ヒロミの存在も判明している。
そこから考えれば、上位貴族を相手にする事は避けられない。
その中に、藤園の姫君も含まれる事になる。
面倒であった。
だが、やるしかなかった。
相手が仕掛けてきてるのだ。
やらないわけにはいかなかった。
「……鬱陶しい」
心底そう思った。




