25回目 冒険者たち
「どうすっかな」
なんとか商人の娘であるエリカの発言を誤魔化す事は出来た。
しかしこれで外に出るのも面倒になってきた。
今までは「どこに行ってるんだ?」と思わせるだけで留まっていた。
しかし今後は居場所に目星がついてしまう。
「どうせあそこだろう」と。
自主的な訓練場所があると思われてるのは、結構まずい。
姿が見えなければ、あそこにいるのだろうと考えられてしまう。
姿をくらませてる時に、そこにいなければ訝られてしまう。
なので、出来る限りは自主練場所にいなければならない。
そうそう誰かがやってくる事なんてないだろう。
だが、誰かがやってきた時にいないとその後が面倒になりそうだった。
「どうするかな……」
何らかの対処が必要になる。
だとしてそれはどんなものにするべきなのか?
悩みどころだった。
これを解決出来なければ、モンスター退治が難しくなる。
レベルアップがその分遠のいてしまう。
それは避けたいところだった。
小遣い稼ぎも出来なくなるし、それはそれで痛いものがある。
ただ、トモルの自主練を知った親や周囲の大人達は一定の理解を示しもした。
そこまでやりたかったのならば、と父は兵士達による訓練への参加を認めてくれた。
タケジの事があって停止させられていた事への復帰である。
それはありがたいのだが、既に今更感がある。
確かに様々な技は訓練によって身につけた方が良いが、利点といえば今はそれくらいしかない。
個別の技術向上と全体レベルの上昇とは関連性が低い。
学習や訓練などで経験値を得る事は出来るが、モンスター退治ほどではない。
そこがまず不利な部分になる。
個別の技術が向上しても、それだけでは意味が無いのだ。
総合・全体レベルによる能力値向上の効果は大きい。
ここ何年間かモンスター退治をしてきて分かった事だ。
何かをした時の成果が大きくなるし、学習の効果も高くなっていく。
個別の技術の向上は、該当する事をやった時の成功率などに影響する。
しかし、効果は総合・全体レベルの補助のようである。
特定の事を行う場合には有利だが、それ以外に効果はない。
なので、まずは総合・全体レベルの方を上げるのが先になる。
ただ、個別の技術は比較的上昇させやすく、即座に効果を得たい場合には利点となる。
数週間から数ヶ月の訓練などは必要になるが、全体レベルの上昇よりは早い。
その為、ある程度短期間でそれなりの事が出来る人間を育てる事も出来る。
個別技術の向上はそういう部分で便利ではあった。
また、これらを向上させる事で、より高度な知識や技を手に入れる事も出来る。
技術や知識の基礎となるものをまとめたのが個別の技術でもある。
能力値がどれだけ高くても、基本的な知識や技術が分かってなければ、その後の発展にはつながらない。
たとえば戦闘について言えば、体力と敏捷が高ければそれなりに動く事は出来る。
しかし、それは力任せに動いてるだけでしかない。
同等の能力を持つ者同士であればどうあがいても互角の戦いになってしまう。
だが、技術があればそこに差が生まれる。
どこで踏み込み、どこで攻撃を繰り出すのかを知る事が出来る。
体や手足をどう動かせばよいのかが分かるようになる。
土台となる体力や敏捷をより効果的に用いる事が出来る。
長じればそこから様々な技を編み出していく事も出来る。
鎧の隙間を狙ったり、急所を狙ったり、武器を弾き落としたりといった事も容易に行えるようになる。
それらは土台となる知識や経験がなけれどうしようもない。
こういったものをもたらすので個別の技術が全くの役立たずというわけでもない。
だが、やはり土台となるのは全体レベルであり、能力値であった。
これらを向上させなければ大きな進歩はない。
トモルの心配はそこにあった。
今まではどうにかやってこれたモンスター退治とそれによる経験値の入手。
全体レベルの向上などなど。
これらが失われてしまう。
それが問題だった。
(訓練でも少しは経験値は入るけど)
それでもモンスター退治には及ばない。
出来ればレベルを上げ続けていきたいのだが、それが出来なくなりそうだった。
それをどうにかして切り抜けたいのだが、上手いやり方を思いつかない。
これからは監視もきつくなるだろう。
戦闘の訓練もあるからおちおち外にも出られなくなる。
技術向上はのぞめるが、それ以外の面での融通がきかなくなる。
それが分かっていても解決しようがない。
しばらくは大人しくするしかなさそうだった。
ただ、本当に何もしないでいるというつもりもなかった。
駄目で元々と幾らかの進言などはしていく。
その一つが冒険者の導入だった。
「外に出ていて結構モンスターにあいました。
襲いかかってこないから逃げてましたけど、このまま放置しては危ないと思います」
そんな事を父に伝え、兵士だけではなく冒険者を常駐させる事で防衛力を高めようとした。
モンスターの核を得る事で手に入る収入増加も付け加える。
だが、父は「なるほどな」と言って取り合う事もなかった。
子供の言ってる事とも思ってるし、それをやるだけの手間を考えると、苦労に見合わないとも考えていた。
中長期的にはともかく、直近における収支はかなり分が悪くなると予想してるからである。
それもまた間違ってはいない。
現状から考えればそうそう大きな成果は期待出来ないからだ。
可能性として収支の拡大はあり得るが、それもどこまで伸びるか分からない。
期待値だけで物事を進めていくわけにはいかないのが、責任者というものである。
この領地を預かってる身としては、迂闊な事は出来ない。
どうしても行動が消極的、そして保守的になっていく。
まずもって今あるものを大事にせねばならぬのだから、これはおかしな事でも悪い事でもない。
生活基盤の安定はトモルとて理解してるのでそこに文句は言えなかった。
だからといって、そのままにしておくつもりもなかったが。
接触をもったのは行商人である。
再びやってきた彼に頼み、町にて人を集めてもらう。
それ自体はそれほど難しいものではない。
野外を進まねばならない行商人は常に護衛をつけねばならない。
自分で抱えてる場合もあれば、それを専門としてる者達に依頼する事もある。
たいていの場合は、自分の抱える護衛だけでは手に余る場合に、外注として依頼を出す事が多い。
そんなわけで、人を集めるのはさほど難しい事ではなかった。
その行商人に頼んで人を集めてもらう事にした。
トモルの村周辺は、大人しいモンスターが比較的多く、稼ぐにはもってこいだと。
その成果が出て、次の来訪時にはいつもより多めの冒険者がやってきた。
その事に村の者は誰もが驚いた。
冒険者が村に来るのは、モンスターが数多く発生して人手が欲しい時くらいである。
今回もそうなのかと村長や領主に問い合わせる者が出るくらいだった。
もちろん分かるわけもないので当事者達に話を聞く事になる。
出てきた答えは「モンスターを倒しに来た」というもので、それがまた村の者達を混乱させる。
確かにモンスターはいるが、退治を依頼したわけではない。
何の為にやってきたのかと誰もが疑問に思った。
更に続いて、
「数が多ければ稼ぎになるし、それを倒すだけでも十分儲けになる」
とまで聞かされて首をかしげる事になる。
モンスターの核が金になるのは知ってるが、稼げるほどだとは誰も思っていなかった。
だが、とりあえず行商人が滞在する間、村の近くでモンスター退治をすると言って冒険者は出かけていく。
戸惑いつつも村の者は、倒してくれるならありがたい、と思っていたので止める事は無い。
そこにトモルが「なら俺が道案内をする」と言い出した。
周りの者達があわてたのは言うまでもない。
トモルからすれば絶好の機会である。
外に出ても目立たないし、冒険者と一緒ならばモンスターの所にまで出向く事が出来る。
周りの大人が止めに入るだろうが、ここはどうあっても押し通さねばならない。
思いつく限りの理由を羅列し、反対する理由を一つ一つ潰していく。
この際、屁理屈もねつ造も全て用いていく。
経験値稼ぎの可能性を手に入れるために手段を選んではいられない。
冒険者としてもこの近隣の状況を知るために案内は必要としている。
そこにトモルは入り込むつもりだった。
もちろん断られると分かってはいた。
(まあ、そうなるだろうな)
案の定、申し出は否定され冒険者達からも断られた。
さすがに5歳の子供にそんな事をさせるわけにはいかないと思ったのだろう。
幾らこの近隣について詳しいとはいえ、そんな子供を連れてあるくわけにはいかない。
なので冒険者達は自力でこのあたりを探索する事にしていった。
ある程度この付近について詳しい狩人や木こりなどもいるにはいるが、彼等には仕事があるからついていく事が出来ない。
結局自力でモンスター探しと退治をする事になっていった。
(しょうがないか)
そこは理解した上で次の行動を考えていく。
冒険者達が外に出かけていくのを見送ってしばらくしてから後をつけていく。
もちろん足跡などを見つける事は難しい。
しかし、探知魔術を使う事で彼等がどこにいるのかを把握は出来る。
それを追跡するのはそれ程難しくはなかった。
周囲を探りながらなので、冒険者達もそれほど速く動いてもいない。
それでも子供の足ではついていくのが難しいが、強化魔法で身体能力を底上げして移動速度を上げる。
距離を一気につめていく。
そうやってトモルは、先を進む冒険者に追いついていった。




