249回目 教会が無いなら、代わりを作れば良いじゃない
(あとは教会の代わりを作るか)
教会という邪魔者を排除出来るようになったトモルは、代替品の製造に着手していく。
果てしなく鬱陶しい宗教ではあるが、自分の意のままに出来れば便利な道具だ。
また、人の中には何かを信じていたい者もいる。
そういった者達の受け皿になるものも必要だ。
それに、放っておいたら別の地域にある教会に逃げ込むかもしれない。
それでは元の木阿弥である。
逃げ場を潰す意味でも、新たな宗教は必要だった。
(操るのにも便利だし)
そういう思惑もある。
どうせなら、自分の手元で適切に操っておきたいものだった。
(神社でいいか)
代わりになる宗教はそれにする事にした。
特に理由は無い。
前世の記憶を使ってるだけである。
教会とは別の宗教であるならば何でも良かった。
(まずは鳥居と社だけでも作っておくか)
それも小さなものでいい。
少し大きな家の庭にあったような小さなもので。
大きなものを作るのは手間と時間がかかる。
何より、職人などが作り方などをおぼえる必要がある。
だから、小さなものを作って経験を積ませていくつもりだった。
そこから始めて、徐々に大きくしていこうと考えていた。
また、教義であるが、これは出来るだけ簡単でおぼえやすいものにしたかった。
複雑で細かなものだとおぼえるのも苦労する。
ひろめていく為には簡単なものにしなくてはならない。
とりあえずは、信仰対象をご先祖様と自然環境に。
祈りの時には手を合わせる合掌を。
これだけを決めていった。
これくらいなら簡単におぼえられるだろうと。
それに先祖と自然環境なら特定の神様を信じるわけではない。
誰であっても関わりをもっている。
それへの崇拝や尊敬などならそれほど問題もないと思えた。
あとは宗教的な儀礼などだが、これも極力少なくしておこうと思った。
(正月と盆があればいいか)
一年の初めに神社に祈りに行き、一年に一度、先祖を弔うだけで良い。
それ以上の面倒な儀式は極力避ける事にする。
また、教会がやってるように寄付の強制はしない事にする。
祭事に必要だからと教会は寄付を募っていた。
それらが単に寄付であるなら良いのだが、実際には定期的な支払いになっていた。
事実上、税金のようなものである。
もはや寄付ですらないそういったものを、新たに作る宗教では無くそうと思った。
賽銭箱の設置くらいは良いが、寄付の強要や義務化はさせないようにしておくつもりである。
もっとも、最低限の設備や神官などを維持するために金も必要になる。
その分はトモルの方で出費するつもりであった。
完全に宗教を自分の下におく事にする為でもある。
この宗教を定着させるために、トモルは簡単な標語を提唱した。
『本来の信仰に立ち返ろう』
新しいものに変わろう、というのではない。
この世界にもこういった自然・先祖崇拝は存在していた。
今は忘れられた昔の信仰だ。
それに戻ろうというのである。
実際、祖霊崇拝と自然信仰は伝承として伝えられてもいる。
それがどういった形のものであるかは忘れられて久しい。
しかし、教会の教義とは別に、各家庭で先祖の弔いは行われている。
森羅万象への畏敬のようなものもある。
それらをあらためて復興させるという形をとった。
今まで無かったものを仰ぐよりは受け入れやすいだろうと考えて。
昔の信仰がどういったものだったのか。
そのほとんどは分からないが、それはそれで良かった。
足りない部分は勝手にでっち上げれば良いのだから。
そういうところはトモルの好き勝手に出来る。
そういう意味でも便利である。
そして一番大事なのは、改宗の強要である。
教会の宗教から完全に離れる事。
それをトモルの領域で活動する絶対の条件にした。
反対もあるだろうが、それに対しては教会が犯していた問題を突きつければよい。
そんなものを信じてる輩を入れる事など出来ないと。
トモルとしては、これは譲れない条件であった。
誤字脱字、報告もらった分は訂正済み




