240回目 ラブロマンスなんて気の利いたものじゃありません 9
「でも、危険じゃないですか?」
「まあな。
危険が無いとは言わない」
「そんな所に父ちゃん達を……」
「ま、それでも冒険者が周りにいるから。
実際にそこまで危険ってわけじゃない」
状況的に言うならば、柊領とさほど違いは無い。
モンスターの領域に接していた辺境のこの場所は、常にモンスターの脅威にさらされていた。
危険さで言えば、切り開いて手に入れた奥地と柊領で大差は無い。
「それに今後更に発展していく予定だ。
その第一陣になってもらいたい」
それは先を見据えての言葉でもある。
どのみち入植はする予定でいる。
トモルが自分の活動基盤にする為に。
であるならば、息のかかった人間を送り込みたかった。
サエの家族であるならば、それにうってつけと言える。
何せ身内になるのだ。
赤の他人よりはよっぽど信がおける。
それでも裏切る時は裏切るのが人間ではあるが。
しかし、全く何の繋がりもない人間よりはマシであった。
「出来ればそこの村長とかになってくれればありがたいし。
第一陣として赴き、中心人物になってもらいたい」
そうしてトモルの活動拠点の土台を担ってもらいたい。
また、サエを娶るにあたり、その引き出物という側面もある。
村に居づらくなるサエの家族への対価とも言える。
「大変だろうけど、そうなってくれると助かる。
そのかわり、土地は耕した分だけ手に入れる事が出来る。
最初にある程度用意してはおくけど、そこから先は努力と才覚次第だ」
言い方を変えれば、切り取り次第と言える。
大盤振る舞いもいいところだ。
これくらいしなければ、危険な場所での仕事に引き合わないとも言える。
「でも、モンスターは本当に大丈夫なんですか?」
「何とかなるだろう。
出向いてる冒険者で充分に撃退出来るようだし」
トモルとは違う、一般的な人間である。
レベルは上がってるが、傑出してるというわけではない。
そんな者達でも充分に凌げるのだから、特別危険は無い。
そもそも、この近隣のモンスターの巣は、トモルが破壊している。
適度なモンスターを確保し、核を入手するためにいくつかは残してあるが、大量発生する危険は少ない。
もっとも、これを知ってるのはトモルだけ。
他の多くの者達はモンスターの脅威は今まで通りと思ってる。
なので当然ながら警戒している。
サエもそれは同じだ。
しかし、トモルの言葉にある程度安心する。
「だったら大丈夫ですか?」
「確実性はないけど、極端に危険って事は無いはずだ」
実際にはかなり安全であるのだが、それはさすがに口に出せない。
それは申し訳ないと思いながら、伝えても問題のない範囲で事実を口にする。
「だから、サエの家族には安心してもらいたい」
サエの家族はこの事を聞き、それならばと考えていく。
更に後日、トモルから直接話を聞き、新たな地に向かう事を考えるようになる。
ただ、さすがに家族全員がいきなり出向くのは躊躇った。
もし万が一にも間違いがあったらたまらない。
トモルもそれは当然だと思ったので、家族の誰かが先んじて現地に出向く事を提案した。
当然ながらそれは、サエの家にいる部屋住みの兄弟に任される事になった。
家にいても田畑を分けてもらえるわけではない者達である。
多少の危険があっても、自分の田畑が手に入るならばと承諾していった。
サエの父と上の兄は、その結果を見て行動を決める事になる。
ただ、それでも新たな場所に出向く事になるだろうとも考えてはいた。
トモルが危惧したように、村の他の者が態度を変える可能性があるからだ。
そうなれば居づらくなるどころではなくなる。
早々に新天地に出向いた方が良いと考えてもいた。
それはつまり、サエをトモルに嫁がせるのを認めたという事だ。
新天地に赴くのも、発端はサエがトモルに娶られるからである。
それが無ければ、今まで通りでいられたのだ。
ある意味、トモルは疫病神と言える。
だが、引き替えに差し出してきた条件は、そういった問題を差し引いても余りあるものだった。
まだ誰も手をつけてない土地。
そこを自由に切り開ける権利。
ある程度整地した場所も用意すると言ってるので、開墾の手間も大分減る。
更には、新天地にて中心となる立場になってもらいたいとも。
失うものに比べれば破格の待遇と言える。
また、その気があるならば、出張所で子供の一人か二人は召し抱えるとも。
そうなる為には勉学に励んでもらわねばならないとも言われたが、それでも大盤振る舞いと言える。
役所というか領主の下で働ける者は限られる。
そのほとんどは貴族の子弟でしめられている。
教養を身につけてないといけないし、そんな修養をおさめてるのは貴族くらいだからだ。
そんな所に自分達の子供を抱えると言っている。
庄屋でも豪農でも村長でもない領民からすれば、大抜擢をも超えた快挙である。
ここまでしてもらえるのならば、文句は無い。
終わってしまうものへの愛惜は尽きないが、それでも前を向いていける。
「やるしかないか」
サエの父は、そう呟いて様々な物事への踏ん切りをつけた。




