24回目 下手に探りをいれるような事をしないのも、大人の智慧なのでしょう 8
行商人自身の活動は、今までと変わらない。
村に数日滞在し、取引の多くを終えていく。
今回も行商人は、そこそこの稼ぎを手に入れる事が出来た。
そうして村を後にしていく。
来る途中でモンスターの襲撃もあったが、それでも得られた利益はそれなりにある。
商品にそれほど被害が出てなかったのは大きかった。
怪我人は出たが、こればかりはどうにもならない。
重傷者が出なかっただけでもマシというものだ。
町や村を渡り歩く行商人であれば、これらはどうしてもつきまとう問題である。
今回、それが軽く終わった事は、むしろ僥倖とすら言えた。
モンスターにしろ人にしろ、襲われて全てを失うなんて事はさして珍しくもないのだから。
それでも今回も利益が出たのは望外の幸運と言うしかない。
村を出ていく行商人の一行は、村で手に入れた作物などを載せて馬車を進めていく。
魔術道具による重量軽減装置や、衝撃緩和装置のない普通の馬車である。
積載限界は小さく、路面からの衝撃もそのまま伝わってくる。
出来ればそれらを取り付けようとは思ってるのだが、いかんせん値段がはるのでおいそれと導入は出来ない。
行商人としては辛いところである。
それでも行商人が柊領の村に向かうのは、得られるものが大きいからだ。
トモルの持ってくるモンスターの核にはそれだけの価値がある。
(どうやって手に入れてるのやら)
ある程度の想像はしてるが、行商人も詳細はしらない。
だが、それがどういった経緯で入手されたものであっても、行商人にとっては大した問題ではない。
それを売り捌けばそれなりの利益になる。
ギリギリの所で利益を出してる行商人にとって、それは大きな救いになっていた。
何せモンスターの核は、買い取り価格1個あたり100円から300円(日本円換算)である。
これが売りに出すときには、この二倍から三倍で取引される。
入手方法がモンスターを倒す以外になく、獲得するには常に命の危険があるだけに相応の値段がつくのだ。
もちろん、弱いモンスターの核なら比較的容易に手に入る。
しかし、だからといってモンスターに突っ込んでいく素人は少ない。
加えていうならば、これを仕事にしてる冒険者の絶対数も少ない。
ここに需要と供給が成り立つ構図が出来上がる。
核は魔術の使用などに用いられ、基本的には消耗品となっていく。
その為、常に消費されており、需要が無くなる事はなかった。
また、魔術を用いた機械・装置などにも用いられる。
これらを稼働させるための、いわば電池として核は求められている。
にも関わらず、供給が需要に追いつかない事が多い。
なので、これを手に入れて売り飛ばすだけでもかなりの利益になった。
そしてトモルは割と結構な数を持ち込んでくる。
おかげで行商人は村にやってくる度にそこそこの儲けを出すようになっていた。
もちろん行商全体の売り上げからすればささやかなものだ。
しかし、特に手間をかける事もなく利益が出るという大きな利点がある。
かさばらず、扱いにそれほど気を遣う必要がないのが核である。
運搬のために新たな馬車を用意する事も、保管の為に専用容器を手に入れる必要もない。
ずだ袋一つもあれば扱う事が出来る。
初期投資の費用がかからず利益だけ増える。
ぼろい商売であった。
そんな利益をもたらしてくれるのならば、入手経路がどうであろうと行商人が考える事ではなかった。
よほどの悪さをしてるならともかく、そうでないならばとやかく言う事もない。
(まあ、モンスターを倒してきたんだろうけど)
それ以外に入手方法がないのだ。
トモルは何らかの形でそれをやってるのだと考えはする。
子供がどうやって、とは思うのだが。
また、あまりにも危険ではないかとも。
しかし、それでも行商人は関与するつもりはなかった。
(儲けが出るなら、かまわんか……)
人としてどうなのかとは思う。
子供が危険な事をしてるのかもしれないのだから。
危険な事をしてる可能性は高く、それを止めるのが大人の良識だとは思った。
だが、それで失う利益を考えると、声をかけるのも躊躇らわれた。
せっかくの儲けを潰してどうするのかと。
確かに危険をおかさねば入手は出来ないが、それが自分に関係があるのかと。
トモルはどうにかしてモンスターの核を持ってくる。
それを受け取り代金を支払い、行商人は核を手に入れる。
それだけの関係であれば良い。
概ね商売とはそういったものだ。
盗難品や偽物、禁制品であればともかく。
まともな物品であれば取引において入手方法などはあまり気にしない。
相手が不当な手段で入手したものであるならともかく、そうでないならとやかく言う事ではない。
トモルが何をして核を手に入れてるかは、行商人が知る必要がない事だった。
ただ、自分の娘がそこに巻き込まれた事はさすがに衝撃を受けた。
何が理由か分からないが、娘がトモルを追っていった事が原因だという。
そこでモンスターに襲われたと聞いて頭が真っ白になった。
また、娘の口から目撃証言を聞いて、図らずもトモルがどうやって核を手に入れてるのかを知る事にもなった。
他の者達は信じてないようだった。
その後にトモルの話もあって、村の者達はトモルは無関係と思ってるようだ。
ただ、これまでの取引から行商人は娘の言ってる事を信じていた。
おそらくは嘘でないと。
限り無く真相を伝えてると確信している。
だが、だからと言って娘の擁護もしなかった。
なんとか取りなし、不利にならないように立ち回りはした。
だが、モンスター退治については特に何も言わなかった。
「子供のこと、何か違ったものを見たのかもしれない」といった調子で矛先を逸らすのがせいぜいだ。
追及がこないようにしたが、やったのはそれだけである。
トモルがモンスター退治について隠してるのを見て、何か理由があるのだろうと察したからだ。
そうであるならば、顧客の利益を優先していくのが商人である。
下手すればトモルが活動を停止させられ、行商人にも何らかの追及がくるかもしれなかったからでもある。
そんな事になるのは御免だった。
なので、娘の発言を支持する事は避け、矛先が別の所に向かうように仕向けていった。
今後の利益を考えれば、妥当な判断だったと行商人は考えている。
他にどうすれば良いのか思いつかなかったからではあったが。
ただ娘が落ち込んでるのが可哀相ではあった。
自分の発言が嘘に近い扱いをされたからだろう。
上手く行商人が立ち回ったので、誰もが娘を非難したりはしなかったが。
それでも、言ってる事が真実ではないとされたのはショックだったようだ。
御者台に座る行商人の隣で、何も言わずに俯いている。
いつもならば、周りを見回してるか、退屈そうにしてるか、何かしら話してるか、疲れて寝てるのだが。
こういった表情を見せるのは初めてであった。
「……大変だったんだな、お前も」
何を言えばいいのか分からなかったが、とりあえずそう声をかけた。
「お前が言ってた事が本当かどうかは分からないけど、あそこで何かがあったんだろ?」
何かしらの反応を期待して声をかけていく。
だが、芳しい反応は返ってこない。
思った以上に衝撃を受けてるらしいのを、この時になって行商人はようやく察知した。
しかし、有効な手立てを思いつくわけでもなく。
何気ない、当たり障りのない言葉をかけ続けるしかなかった。
「父ちゃんにも何があったのかは分からないけどな。
けど、お前が何かを見たって言うならそうなんだろうな」
娘の言っていた事を認めるわけではないが、全てを否定もしない。
そんな意味合いの言葉を並べていく。
何かと否定的に見られていたのだから、まずはそこを変えていこうとした。
「ただ、お前がいた所は荒れてたし。
何かがあったんだろうな」
「うん……」
か細い声が上がってきた。
「何があったのかは、俺には分からないけど。
でも、お前が見たっていう事がもしかしたら本当だったのかなってのも思うよ」
「…………」
「ただ、さすがに坊ちゃんがやったって言われても、やっぱり信じがたくてな。
なんせ子供だし、そんな事出来るのかなって思うんだわ」
「本当だよ……」
「うん……」
「本当に、やったんだよ」
「そっか。
じゃあ、そうなのかもしれないな」
行商人としてはそう言うしかない。
娘の言う通りだとすれば、トモルはかなりの魔術の使い手という事になる。
それだけの能力を持つ子供がいるとは、さすがに考えづらかった。
ただ、それを全て否定するのも気が引けた。
落ち込んでる娘にそんな事をすれば、止めを刺す事になりかねない。
なので、全面的に否定もしないところに話を持ち込んでいく事にする。
素直に賛同はしないが。
「お前の言う事が正しければ、そのうち全てが分かる日が来るだろうさ。
世の中ってのはそういう風に出来てるもんだ。
悪い事も隠し事も出来るもんじゃない」
行商人の人生経験でもある。
何かしら悪さをしようとも、どうにかして隠し事をしようとしても、それらが上手くいく事はなかなかない。
どうしても何かしらが明るみに出て、その綻びから全てが知れ渡る事もある。
もちろん、隠し通される事もあるが、それはより強い力によって押さえつけられてるだけという事が多い。
そういったものは、力が何かしらゆるめば明るみに出て、全てが余すことなく知れ渡る事になる。
もっとも、本当にそれらを押さえつける者達が強力ならば、不祥事が知れ渡ったところで何一つ糾弾も出来ないものだが。
今回の事はそこまで悪い事ではないと思うし、暴かれてもさほど問題があるとは思えない。
行商人の娘が傷ついてるのが最大の問題であるが、だからこそその救済として先々の可能性を語っていった。
「今でもすぐには信じられんが、もしお前の言う通りなら、いずれ必ず全てが分かる日が来るさ」
「本当に?」
「ああ、本当だ。
お前の言う通りの事を坊ちゃんがやったっていうなら、そりゃあ凄い事だ。
あの年齢でそんな事が出来るんなら、そのうち他の人にも知られるようになる。
そうしたら、『あの時、あの娘が言ってた事は本当だったんじゃないか』って誰もが思うようになるさ」
「そうなのかな……」
「そういうもんだ。
人間、自分の目で見るまではどんな事でも信じたりはしないけど、実際に目でみたらどんなもんでも信じるもんだ。
それがどんな人間離れした事でも、どんなありえない事でもな」
「…………」
「だから、そうなるまで待ってる事だ。
時間はかかる。
もしかしたら何年もかかるかもしれない。
いや、何年もかかるだろうな、凄い事が出来る人がいるって話は。
人の口に戸は立てられないけど、それでも話になるには時間がかかる。
けどな、時間ってのは必ず過ぎていくもんだ。
過ぎていけば、いずれ真相が明るみに出るもんさ」
だから、と娘を見やる。
「エリカも今はそうなるのを待ってる方がいいかもな」
エリカと名前を呼ばれた行商人の娘は、ここでようやく顔をあげた。
「そうなるのかな」
「なるさ、多分。
父ちゃんにもどうなるか分からないけど、きっと何かが変わっていくさ」
良い方になのか悪い方になのかは分からない。
だが、世の中というのは大なり小なり流転してるものである。
それでいて変わらず続いていくものもあるが、変わらない何かを中心や基軸として何かが変わっていくものでもある。
「だから、エリカもちゃんとしていかなくちゃいけないぞ」
「え?」
話がいきなり変わって行商人の娘であるエリカは驚く。
「どんな正しい事を言ってても、人ってのはそんな事で言う事を聞いていくもんじゃない。
そしてな、どんな間違ってる事でも、誰が言ってるのかで態度を変える。
そいつを信じてるなら、どんな嘘でも信じるもんだ」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。
人ってのはな、正しい事を信じるんじゃない。
信じられる事を信じるんだ。
だから、嘘吐きを信じるし、嘘吐きの嘘を信じる。
詐欺師がなくならないわけだよ」
「えーと」
エリカには少しわかりにくい話だった。
だが、言ってる事に間違いはない。
人間は自分が正しいと思った事を信じる。
それを正義や規律としていく。
実際にそれを行なったらどうなるかとは考えない。
もとより人間の能力では先々がどうなるか、結果がどうなるかを推測するのも難しい。
だが、明らかな実例があっても、それを信じるかどうかは別である。
それをどれほど熟知していようとも、どれほど分かりやすく説明されようとも。
どんな正論であっても、それを見知らぬ誰かに言われれば信じはしない。
だが、それが見知った信の置ける人物からの言葉であれば素直に受け取ってしまう。
どれほどの暴論愚論であっても。
これは人間の性質に基づくものなのだろう。
程度の差はあっても、ほとんどの者達にそういった傾向がある。
「だからな、信じられるような人間になっておかなくちゃならねえ」
様々な人に接してきた、接してこなければならなかった行商人は、自信を持ってそう言える。
「信用出来ない人間の言う事に耳を貸す人間はいやしねえ。
だからな、信じられるような人間になっておくんだ。
そうすりゃ。『あの時はああ思ったけど、でもこの人の言う事だから、もしかしたらこっちが正しいんじゃねえか』って思ってくれるようになる」
「…………」
「だからエリカ、これからは信じてもらえるような人間になるんだ。
そうすりゃ、自然と周りが味方をしてくれるようになる」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「そうだなあ……色々とあるけど、まずは嘘を吐かない事だな」
そこから行商人は色々とエリカに教えていった。
嘘を吐かない、正直になる。
釣り銭も目方も誤魔化さない。
穏やかに接してくる人を大事にし、えこひいきはしない。
悪さをする奴は相手にしない、つきまとってきたら撃退する。
全てが信に結びつく様々な事をエリカに伝えていく。
エリカはそれらの意味をまだ完全には理解出来なかった。
だが、
「おぼえられなくてもいい。
何を言ってるのか分からなくてもいい。
でもな、できるだけ憶えておけ。
そのうち意味が分かるようになる。
何かの拍子に思い出す事もある」
と行商人はエリカに伝えた。
それもまた大事な事として、エリカは胸に刻んだ。
そんなやりとりを挟んで、行商人は様々な事を口にしていく。
一通り何をすべきかを伝え、エリカはそれらを出来るだけ憶えておこうとしていった。
「でもなあ」
伝えるべき事を伝えたところで、行商人は話を少し変えた。
「エリカの言う通りの事をしたんだったら、坊ちゃんは本当に凄い子なんだな」
おそらく嘘ではないだろうエリカの話についてはそう考えていた。
そこまで出来る子供がいるのかどうか分からないが、天才や神童と呼ばれる類ならもしかしたらと思った。
名をなした人物は幼少の頃より優れた所を示していたと聞く。
だから、エリカの言った通りの事も実際にあったのだろうと思った。
というか、そうでもなければ数多くの核を持ってくる事の説明が出来ない。
状況証拠からであるが、行商人はエリカの発言の信憑性を確信していた。
トモルの能力の凄さも確信していた。
エリカもそう思ってる父の言葉に素直に頷く。
「うん、凄かったよ」
何がどう凄いのかは説明がしがたい。
子供の頭と、ささやかな知識では自分が目にした事でも正確に表現する事が出来ない。
だが、とにかく凄いという事だけははっきりしている。
「あちこちの土が吹き飛んでね、水がバチャバチャ降ってね、もの凄い風が吹いて、もの凄く大きな火が出たの!」
「そっか……」
話を聞いてて、行商人はどんどんと確信していく。
トモルの能力や実力を。
「そんだけ凄いなら、そのうち絶対に他の人にも知れ渡るだろうな」
「うん!」
「じゃあ、エリカが言ったのが嘘じゃないってのもその時になれば分かるだろうな」
「そっかな?」
「だと思うぞ。
だって、そんな凄い力があるなら隠す事なんてできないからな」
根拠はないがそう言う事にした。
でなければ娘の不信感を煽ることになる。
今は嘘でも言ってる事を信じてもらうしかない。
いずれ嘘が真になると信じて。
そんな父の横でエリカは、
「本当に凄かったの!」
と力説していった。
父は「そうかぁ……」と感心した素振りで話を聞いていく。
馬車の操作もあるから、娘に目を向ける事もままならない。
だから気づかなかった。
娘のエリカの顔に、素直な憧憬や崇拝に似た表情が浮かんでる事に。
エリカ自身も、そうした自分の感情に気づく事無く、トモルの能力に称賛ともとれる力説を続けていった。
ともあれ、エリカはこれで今回の事についてはある程度距離を置くようになった。
いずれ信じてもらえるという父の言葉を信じて。
その為にと聞かされた父の言葉を実践しながら。
その変化を周りの者達は好ましいものとして受け取っていった。




