231回目 帰郷1年目における現状 8
サエは村娘である。
あまり気を使わずにすむ相手だ。
変な下心がない。
かつて、タケジらの横暴から守った事から、純粋にトモルを慕っている。
そんな者が側にいてくれるだけでも気が休まる。
それはこれから婚約する、将来は結婚するだろうサナエに求めにくい部分でもあった。
貴族同士なので、どうしても家や一族、互いの勢力関係などを考えてしまう。
サナエにそういった野心や陰謀的なところはないにしてもだ。
背後にあるものを考えてしまう。
それは本人の資質や性質、人格や性格とは無縁な部分である。
なので、個人を評価する際に考慮するべきではないのだろう。
だが、無縁だからこそ本人の思いや考えとは別に動いてしまう。
サナエ本人が貴族間の勢力争いとは無縁であったとしてもだ。
その実家が何らかの争いに巻き込まれる事はある。
そうした場合、知らぬ存ぜぬを通す事は難しい。
やってやれない事はないが、それで見殺しにするような事になったら今後の評判に関わってしまう。
それも状況次第ではあるが、どうしても無縁というわけにはいかない。
親戚付き合いも始まるし、やはり関係が無いとは言えなくなる。
サエの場合、こうした煩わしさが無い。
全く無いとは言わないが、少なくとも貴族同士の諍いや争いとは関係が無い。
村にいる家族との関係は出来るが、それはそれほど大きなものではない。
少なくとも貴族同士の争いに関与する可能性は極めて低い。
全く無いとは言い切れないが、庶民平民が陰謀に巻き込まれる事はまずないだろう。
何らかの影響があるとするなら、村の中でサエの実家の立場が多少は変わるくらいだろう。
領主の息子と関係が出来るのだ。
それなりに影響力は持つようになる。
とはいえそれも、あくまで村の中だけでの話。
せいぜい、柊領の中で多少は扱いが良くなるかもしれない、という程度だ。
その程度であるならば、あまり気を使う必要がない。
サエという存在は、そういうありがたさがある。
互いの立場や地位というものからの観点になる。
背後関係が無い、あっても気にしなくて良いというのは、トモルにとってありがたい。
気が休まる暇も無いような勢力争いを考えなくて良い。
それだけでもトモルには大きな魅力であった。
もちろんサエ本人も気に入っている。
飛び抜けた美女というわけではないが、充分に魅力的である。
見た目だけで考えても器量よしと言っても問題は無い。
ただ、サエの場合見た目よりも中身の方の器量が優れてる。
明るく、穏やかで、変に尖ったところがない。
一緒にいるだけで気分が落ち着くような娘だった。
そういう気持ちの娘なのだろう。
そんな娘だから、側にいてもらいたいと思う。
他の誰かに嫁いでくれるな、とも思ってしまう。
そんな独占欲が働いてしまう。
「あの、トモル様?」
下心満載な事を考えていたトモルに、サエが声をかける。
ぼうっとしていたトモルは、その声で現実に引き戻される。
「え、あ、なんだ?」
「いえ、何かぼうっとしてらしたので」
「ああ、ちょっとな。
色々考えてたんだ」
色々というか、色事的な事をである。
だがサエは、
「お仕事の事ですか?」
と勘違いをしてくれる。
「あまり根を詰めないようにしてくださいね。
気を張りすぎると、そのうち気をやむようになるって婆ちゃんが言ってましたから」
「いや、そんなに思い詰めてるわけじゃないよ。
ただ、色々な事が起こるからなって」
「ここは確かにそうですね」
言ってサエは苦笑を浮かべる。
「冒険者さん達は派手ですから」
そう言って出張所の外の方に目を向ける。
実際、冒険者が起こす騒動はそれなりに発生している。
小さなものばかりではあるが、それらを治めるのもトモルの仕事だ。
それが大変だろうと考えたらしい。
聞いてるトモルも苦笑するしかない。
「それも、まあ、大変ではあるけど」
本題はそこではない。
「サナエと一緒にサエも嫁に出来ないかなってね。
そんな事を考えてたんだ」
「え?」
トモルの発言に、サエは目を見開いた。




