22回目 下手に探りをいれるような事をしないのも、大人の智慧なのでしょう 6
行商人の娘は、やってきた村人達によって発見される。
そのまま保護されて帰還していく。
その間にトモルは、いち早く村の外れまで戻っていた。
モンスター退治の道具を保管してる箱のところだ。
それらを抱えて移動していく。
行商人の娘に見られた可能性があるからだ。
今まで置いていた場所にそのままにしておくわけにはいかない。
大人に回収されるかもしれないからだ。
なので、道具箱などは適当な所に移動させておく。
あらためて隠すにあたり、魔術を用いて土を掘り返し、その中に埋めておいた。
場所が分かるように目印になるものを決めておき、その場を離れる。
それから前々から考えていた隠蔽手段を用いるため、所定の場所へと向かっていく。
子供だましもよいところだが、今はこれに頼るしかない。
(全部が嘘ってわけでもないけど)
嘘に真実みを持たせるために、ある程度実践してる事もある。
この日の残りの時間はそれに費やす事にしていく。
隠蔽工作として上手くいくかどうかは分からないが、今はこれにかけるしかない。
それから暫くして。
村に行商人の娘とそれを保護した村人が戻ってきた。
トモルがそれ知るのはもう少し後になってからだ。
その時には結構な騒ぎに包まれていた。
何せ地元の者でもない子供が、なぜだかモンスターが出てくる野原に出向いていたのだ。
なんでそんな事をしたのか、と疑問が出てくる。
無事でいたのは喜ばしい。
しかし危険な事をした理由を知っておかねばならない。
同じような事が起こらないように。
大人達はそう判断した。
そうして始まる娘への質問。
行商人の娘はそれに正直に答えていく。
だが、その言葉に大半の大人は困惑していく事になる。
「あの子の後をついていったの」
娘は素直に証言をしていった。
トモル────という名前は知らなかったが。
村の外れに向かう男の子の後ろをついていったと。
村のものはそれがトモルではないかとすぐに思った。
娘の言う特徴からそれっぽいと思ったからだ。
だが、それがまずもって不可解なものであった。
彼女のいうのがトモルであるとしてだ。
どうしてトモルを追いかけたのか、という疑問が出てくる。
それについても、
「襲われてたのを助けてくれたから」
といった言葉が出てきて困惑を誘う。
それが行商人への襲撃の事であるのはすぐに分かった。
しかし、それとトモルを結び付ける事が誰にも出来なかった。
「荷物に隠れてる時、中を覗いてきたの」
娘はその理由をさらに続ける。
嘘偽りのない証言だ。
なのだが、村のものはそれをすぐには信じる事が出来ない。
トモルにそんな事が出来ると思えないからだ。
「どういう事なんだ?」
誰もがそう思った。
確かにトモルは年の割には優れたところを見せる。
しかし、そこまで出来ると思うような者はいない。
誰もトモルの優れた部分を見たことがないからだ。
トモルは上手く自分の実力を隠していた。
そんなわけで、どうしても娘の言葉を信じきれない。
そんな娘の発言の信憑性が更に落ちたのは、村から離れた所で何があったのかを話してからだった。
「周りにいっぱいバッタが出てきたの。
凄く大きいの」
それを聞いて集まった者達は戦慄をおぼえた。
それはモンスターバッタの大量発生を意味しており、村にとって最悪の脅威となりえる事だった。
だが、すぐに気を取りなおして考える。
「そんなのがいたら、お前さんが生きてるわけがねえ」
村人の一人の言葉に、誰もが頷いていく。
どれほどたくさんいたのかは分からないが、本当にモンスターの大軍に襲われていたら、娘が生きてるわけがない。
今頃、亡骸となった娘を連れて帰る事になっていただろう。
だが、娘は泥だらけではあるが生きている。
ついでに言えば、娘を探しにいった村人達も襲われていたはずである。
そこにモンスターのバッタが大量にいたならば。
だが、そういった事は全くない。
誰もが怪我もなく無事に帰ってきてる。
起こりうる事態と実際の結果に大きな差が発生している。
だからこそ、彼等は娘の言葉を信じる事が出来ずにいた。
娘を発見した場所の異常性を忘れて。
草原のど真ん中に、なぜか土が剥き出しになってる場所が出来ていたことを。
それを見たときには、程度の差はあっても「なんだこれは?」と思っていたのだが。
それが娘の証言と結びつく事がなかった。
なにせ、そこにもバッタの痕跡が見当たらなかったのだから。
そのため、どうしても娘の話を信じ切れなかった。
彼女が嘘をついてるとも思えなかったが。
それでも一応トモルにも話を聞く事になっていく。
彼女の言ってる事を全て信じたわけではないが。
話に出て来たのなら、トモルにも聞くだけ聞いておく事になった。
そうして村人は領主の所に出向いていく。
領主もその話を聞いて承諾する。
領主であるトモルの父は、姿を消す息子がどこで何をしてるのかを知りたくもあった。
そんなわけでトモルを呼びつけようとしたのだが、ここでそれが頓挫する。
いつもの事ではあるのだが、トモルの姿が見えないのだ。
「またか」
領主である父はため息を吐く。
寺子屋というか神社での習い事を控えさせてから、あちこち出歩くようになった。
時間をもてあましてるのだろうと思い放置していたが、それが今回は裏目に出てしまったようだ。
やむなくその場は解散となり、トモルが家に帰るのを待つ事になる。
証言を聞くのは、それからになった。
そうしてトモルの帰りを待ち。
捕まえて質問を始める。
そんな父親に、
「ちょっと遊びに」
そう答えるトモル。
この答えは周りの大人の予想通りではある。
けど、今回は話がそこで終わるわけではない。
行商人や、行商人の娘を捜しにいった者達の代表者達は、更なる答えを求める。
「遊びとはどこに?
何をしに?」
畳みかけるように問いただしていく彼等に、トモルはしどろもどろになる。
あやしいと思った大人達は、彼に正直に言うよう詰め寄った。
それを受けてトモルは、
「あの、実は……」
と話し始める。
ただ、それは娘の証言と大きく食い違うものだった。
「その、剣の稽古とか止められてたけど、どうしてもやりたくて。
それで、外に出てやってたんだ」
見つからないよう、少しずつ道具を持っていって、人目のつかないところで素振りや型をこなしていたという。
それを聞いて誰もが呆気にとられた。
「本当なのか?」
「はい、本当です」
父の問いかけにトモルは顔を強ばらせながら答える。
「そうか……。
なら、明日その場所を確かめにいく。
いいな?」
「……はい」
しおらしくトモルは頷いた。
だが、それで話がおさまる事もない。
「嘘よ!」
行商人の娘が声をあげる。
「私、見たもん。
野原に入っていくのを」
「……は?」
「野原に入って、バッタをいっぱい倒して」
「…………」
「私、見たもん!」
「はあ……」
気のない、というか呆然としたトモルの声が彼女に答えた。
当然、事実は娘の言う通りである。
トモルが草原の中に分け入り、大量に発生したモンスターを倒した。
だが、それは現実離れした話である。
そんな話を信じる事が出来る者はいない。
トモルの実力を知っていればともかくなのだが。
そんな者はここにはいない。
人間、確認された事ならば信用もするが、判明してない事は疑ってかかる。
たとえ真実であっても、受け入れない場合もある。
人は自分が信じる常識からかけ離れていれば、それだけで簡単に否定する。
今回だと、トモルがバッタを倒したという事がこれにあたる。
あまりにも常識からかけ離れた話だ。
だから真実であっても誰も信じられない。
むしろ、行商人の娘の言ってる事が嘘なのではないかとすら思ってしまう。
「もしかしたら」「万が一の可能性も」とすら思わない。
人間、自分の見聞きした範囲と、思ってる事だけで解釈しようとするものである。
身に付けた常識の中だけで判断をしていく。
それゆえに真実から遠ざかる事になる。
この中に居る者の大半がそうなっていった。
それは、この中でもっとも良識的なトモルの父であってもだ。
彼は領主という役目上、下手な先入観を持たないようにしている。
何でも疑ってかかる。
同時に、万が一の可能性も考えるようにしている。
しかし、それでも今回の行商人の娘の発言は想定外すぎた。
行商人の娘のいう事を全面的に信じる事は出来ない。
だからといって即座に切り捨てることもできない。
だが、息子の発言も信じていいのかどうか。
本当に剣の稽古を自主的にやっていたのかどうか。
すぐには判断しかねた。
「とにかく、明日見に行くから。
それで判断しよう」
論より証拠と、トモルの言ってる稽古場を翌日見に行くことにする。
それが精一杯の妥協点だった。
この日はそれでお開きになった。




