208回目 縁談を受ける側の反応はこんなものであった
「──という話が来ている」
呼び出した娘に、父はそう言って用件を伝えた。
「知り合いなのか?」
「ええ、学校で同じ教室でした」
「なるほど」
「悪い方ではありません」
「それはいいな」
言うほどにはそう思ってない調子である。
「まあ、お前がいいというならこちらとしては断る理由は無いが」
「よろしいのですか?」
「ああ。
辺境の男爵というのが気になるが、まあ、我が家も似たようなものだしな。
ご縁があるというならありがたい事ではある」
少なくとも、嫁かず後家になるよりは良いというのが父の考えであった。
「それじゃあ……」
「この話、ありがたくお受けする事にするよ」
「ありがとうございます、お父さん」
そう言って羽川サナエは頭を下げた。
「……そういう事になったのね」
部屋に戻り、自分一人になったサナエは、そう独りごちた。
予想もしてなかった事である。
学校でトモルと一緒に行動してきたが、色恋みたいな出来事は無かった。
(柊君も、そういう感じじゃなかったしね)
決してトモルを貶めてるわけでも見下してるわけでもない。
ただ、トモルは恋愛などよりも、やるべき作業に従事していた。
自分がやっている事に専念していた。
だからいわゆる男女の仲のような事に熱を入れてなかった。
トモルからそれを求めるような素振りが見えなかったというのもある。
もっとも、これはトモルに非があるとは言い難いものがある。
トモルやサナエが学校に就学していた時期は、7歳から12歳の頃である。
この時期に色恋に染まるような者はそう多くはない。
皆無とは言わないが、全部が全部恋愛をしてるわけではない。
まだそういった感情すら抱いてない者だっていた。
トモルへの好意が無いわけではない。
むしろ女子の間では人気があった方である。
だが、それは恋愛対象として見るというようなものではない。
目上や有力者への畏怖という方が近い。
実質的に学校を支配していた事もあるが、それ以上に学校に蔓延る悪事を排除した事が大きかった。
その為、どうしても気後れするというか、迂闊に近づけない存在として見られていた。
積極的に協力していたサナエもそれに近い。
他の者達よりは気楽に気さくに話せたし、好意も抱いてはいる。
しかし、越えてはいけない一線があるように思えて、どうしても一定の距離を置いてしまってはいた。
嫌悪感は無いが、迂闊に触れたら自分も制裁された者達と同じ末路を辿りそうだったからだ。
自然とご機嫌伺いをするような態度をとってしまう。
それはサナエも自覚していた。
また、サナエだけでなく他の者達も同じようなものだった。
そうした事をサナエはある時尋ねてみた。
こんな風に接しているが、それで文句は無いのかと。
トモルは、
『仕方ないな、それは』
とだけ答えた。
彼自身もそれは分かってるのを知って、少しだけ安堵し、そしてやはり申し訳なく思ったものだ。
そのトモルから縁談の打診がくるとは思ってもいなかった。
(どういう事なのかな)
そこまで親密だったわけではないのに、とサナエは思う。
女子では一番接点があったのは確かだが。
しかし、結婚相手に選ばれるほど仲が良かったとは思えない。
また、トモルからもそこまで好意的な態度で接してもらった記憶はない。
サナエがそうしていたように、トモルも周囲との間に一定の距離を置いていたからだ。
それがサナエであっても例外ではない。
そんなトモルがサナエを結婚の相手に選ぶというのが理解出来なかった。
(でも、柊君だし。
きっと、何か考えがあってなんだろうけど)
おそらくは打算的でなんらかの計算が働いてるのだろうとサナエは考えていた。
(あの柊君が、好きだからってだけで結婚とか考えるとは思えないし)
トモルが聞いたら、「さすがにそれはないぞ」と言うだろう。
だが、それもサナエや周囲の者達の素直な感想である。
(きっとこれも、何か考えがあってなんだろうな)
そう思ったサナエは、
(だったら、乗ってあげなきゃいけないよね)
と考え、この縁談に前向きになる事にした。
かつて救ってもらった恩もある。
トモルの役に立つなら協力してあげたかった。
もちろんそれだけではない。
トモルへの好意もちゃんとある。
なんだかんだ言ってトモルは、サナエにとってヒーローなのだから。
(悪い話じゃないし)
この時点でサナエは、トモルが自分に好意を抱いてる可能性を全く考えてもいなかった。
そんなものがあったらいいなと思いはしたが。
あくまでトモルの行動に必要な行動なのだろう、何らかの計画の一環なのだろうととらえていた。
ただ、それでも悲観的にはなりはしなかった。
(それはそれで構わないし)
この際、トモルがサナエにどんな感情を抱いてるかはどうでも良かった。
サナエがトモルをどう想ってるかが大事だったので。




