205回目 使用人、あるいは女中、もしくはメイド
そんな調子で領主見習いとしての日々が始まる。
とりあえず増築された事務室で書類と睨めっこをし、時に領地の巡察に出る。
拡張予定の田畑や、必要になる水路の建設。
領地内の人々の動態調査に治安・健康状態などの把握。
そういった作業にまずは慣れていく事になる。
それに先立ってトモルには、まず身の回りの世話をする者達が宛がわれた。
「よろしくお願いします、お坊ちゃま」
そう言って頭を下げるのは二人の使用人。
女中とかメイドというべきであろうか。
顔なじみの二人が揃って頭を下げた。
「よろしく」
返事をしながら苦笑する。
「けど、そんな他人行儀な態度でなくてもいいからな」
サエとエリカの二人にそう言って、トモルは緊張を解こうとした。
しかしサエとエリカは、
「そうは仰いますが、お坊ちゃま」
「我々は使用人ですので。
相応の態度と節度と礼儀をわきまえねばなりません」
と言って自分達の職務である事をはっきりさせた。
自分と同年代の二人から出てきたその言葉に目を丸くする。
そして、
「……本当に二人とも頑張ってたんだな。
うちの使用人として」
使用人として身につけたであろうその態度に、ほほえましさを感じた。
「でもまあ、俺らだけの時とかは、そこまでかしこまらなくていいよ。
そんなたいそうな立場でもないし」
「ですけど……」
「だいたい、うちはそんな立派な家ってわけでもないだろ。
たかだか、末端の地方領主。
それも男爵家だぞ」
トモルからすればその程度だ。
「そりゃ地位や身分の違いはあるけど、村の皆とどれだけ違いがあるってんだ」
実際、トモルの家の生活ぶりなどは、村の者達と大きな差があるわけではない。
ここ数年は冒険者達の大量流入と、それらがもたらす利益によって金回りは良くなった。
それに伴って領主の仕事も増えて、事務員などを増やしもした。
トモルの斡旋によって増加した家来は、確かにそれなりにいる。
男爵家としては大きな規模をもってきてるのは間違いない。
だが、しかしとトモルは考えてもいた。
「こんな男爵家でそんなかしこまった事をしてもな。
それこそ分不相応ってもんだ」
どれ程規模が大きくなっても、貴族の中では底辺である。
今後より上位の爵位を賜るかもしれない。
無いに等しいほど低いが、可能性はある。
だが、近いうちにそうなる気配はない。
そんな柊家の中で、領主一家と使用人の間に明確な線引きをしてもさして意味が無い。
守らねばならない一線は確かにあるが、それも上位の貴族の家のように大きなものである必要は無い。
「今まで通りってわけにはいかないだろうけど、もっとざっくばらんでいいさ」
それがトモルの考えである。
「使用人としての仕事をしてるならな」
「だったら……」
エリカはため息を吐きながら答える。
「使用人としてお坊ちゃまにおかしな態度をとるわけにはいきません」
ごもっともな事を言われ、トモルは「ああ、まあ、それは」と口ごもる。
それもまた間違った事ではないのだから。
「でも、そんな気張らずにやってくれ。
俺だってそんな大したもんじゃないんだから」
「それはご命令でしょうか?」
「そうなるのかな、この場合」
サエの問いにトモルは考えながら答える。
言われてみればそうなるのだろうとは思った。
仕事に関わらない部分で命令など出したくはなかったが。
「けど、どっちかって言うと、お願いになるかな」
「お願いですか」
「そう、お願い。
命令でこんな事言いたくないし。
必要ならそうするけど」
この辺りのさじ加減が難しいところである。
貴族と平民庶民、使用者と労働者の境目というのは、考え始めると面倒になる。
だからこそ、お願いという事にした。
命令ではないから強制力はない。
しかし、頼まれて断るのもどうかという。
非常に曖昧で適当でいい加減だ。
だが、今回の場合は、こうした方が良いような気がした。
「そう、お願い。
あんまり気負わないでやってくれ」
「それなら……」
「承知しました……」
納得出来ないというより、どうしたら良いのやらという困惑を浮かべる二人。
そんな二人に、
「帰郷した時の調子でいいよ。
そんな面倒でも難しくもないだろ」
と言う。
それで二人はようやく合点がいったようだった。
さっそく誤字脱字報告をいただいた。




