20回目 下手に探りをいれるような事をしないのも、大人の智慧なのでしょう 4
いないいないと思っていると、なぜか大量発生する。
その逆も場合も含めて、そういった事態に遭遇する事はままある。
今のトモルはまさにそれだった。
「……嘘だろ」
ぼやくも、それで状況が改善するわけでも解決するわけでもない。
迫ってくるモンスターは、着実にトモル達を包囲し、接近してくる。
やってくるのは、おそらくバッタであろう。
この近隣だとだいたいそんなものくらいしか出てこない。
それに、大量に発生するというのもある意味特徴的である。
モンスターのネズミや、小鬼と呼ばれる人型モンスターも大量発生するが、それらはこの近隣ではあまり見ない。
また、繁殖力からして、どちらかというとモンスターのバッタの方が頻繁に数を増やしやすい。
最近は大分おさまっていたと思ったのだが、どこかで大量発生していたのかもしれない。
それらが今になってこの近隣に顔を出してきたのだろうか?
(まあ、原因究明は後だ、あと)
頭を切り換える。
今は目の前(という程ではないが)に迫ってる大量のバッタが大事である。
どうにかしてそれらを撃退、それがかなわなくてもここから脱出しなくてはならない。
その為に何をどうしていくかを考えていかねばならない。
(武器で攻撃……は無理だな)
何体かは倒せるだろうが、数が多すぎてすぐにやられてしまう。
年齢の割にトモルは優秀な方ではあるかもしれないが、それでも周囲を満遍なく覆うような数を相手にする事は出来ない。
極端な能力差がなければ、数の暴力というのは質の差を大きく埋める。
今の状態がまさにこれだった。
トモルとバッタの能力差は大きいが、圧倒的な数を覆す程ではない。
(魔術を使って……でもなあ)
それも効果が疑わしい。
確かに閃光を連発すれば、多少は動きを止める事も出来るだろう。
しかし、それで相手の目を封じても、いずれは回復する。
それまでの間に手にした武器で倒していくにしても、数が多すぎて手が回らない。
先日、行商人を襲っていた時より多いので、どれだけそれが有効なのかはかりかねた。
(何かないか、もっと上手くやれる何かが)
今の自分に出来る事を考えていく。
手持ちの方法で何がどれだけ出来るのか。
(まず何だ、何がある)
残り少ない時間で頭を働かせていく。
自分が使える攻撃手段、通常攻撃と魔術の二つから考える。
使う事が出来る魔術は、基本魔術・探知魔術・治療魔術の三つ。
このうち後者二つは攻撃に使えるものではないので除外する。
応用すればどうにかなるかもしれないが、そんな方法はすぐに思いつかないので、これも却下。
なので、戦闘に用いる事が出来るのは通常攻撃と基本魔術。
まずはこれが基本になる。
ただ、それでもやはり万能というわけにはいかない。
通常攻撃は、敵が接近してきた場合と、数が一匹二匹ならともかく、こんな乱戦状態ではどうにもならない。
全く必要無いとは言わないが、大量の敵を相手に用いる事は難しい。
達人ならともかく、まだそこまで到達してないトモルには荷が重い。
これも既に分かっている。
もちろん手段の一つとして用いるが、これだけというわけにはいかない。
となると、あとは基本魔術になる。
これなら、威力も攻撃範囲もそこそこある。
数多くの敵を相手にするなら、おそらくこれが最善の選択だろう。
モンスターの核も持てるだけ持ってきてるので、当面の使用には困らない。
敵の数も多いので無くなる可能性もあるが、その場合は倒したモンスターから奪えばよい。
さすがにこれは最悪の場合の非常手段だが、出来ないわけではない。
やれる可能性はあるにはある。
かなり低いものだろうが。
だが、これらも用い方を間違うわけにはいかない。
魔術は強力だが、やはり万能ではない。
使い勝手というものが当然ながらある。
まず、水と風は直接的な戦闘力は期待出来ない。
水は高圧でぶつければそれなりの威力だが、今のレベルではそこまでの圧力で叩きつける事が出来ない。
範囲を絞れば問題ないだろうが、広範囲に分布する敵にはそれでは意味が無い。
押し流すことは出来るだろうが、これもそれほど効果を期待出来るものではない。
一旦は遠ざける事が出来ても、戻ってきてしまえばそれで終わりである。
風も同様で、飛び跳ねるバッタをある程度吹き飛ばすだろうが、こう数が多いとどうにもならない。
土は、バッタの足下を崩す事は出来るだろうが、飛び跳ねるバッタに効果は薄い。
火は効果があるだろうが、草むらの中で使えば周囲への延焼は免れない。
(どうするよ)
あらためて考えてみると、どれも何かが欠けている状態だった。
あるいは、必要のない部分が余計に付け加えられている。
威力も範囲も通常攻撃よりは有利だが、どうにも使い勝手が悪い。
だが、そう思ったところで少し考えを変える。
それ一つだけでは効果は薄いか過剰である。
だが、適度にそれらを組み合わせていけば、どうにかなるかもしれない。
そう思ったトモルは、まず何をどうするのかを考えていく。
(落ち着け、落ち着け)
そう思ってる間にバッタが姿をあらわす。
それらは、羽を広げ、脚で地面を蹴って飛びかかってきた。
すぐそこまで迫ったバッタに、時間稼ぎの閃光をぶつけて時間を稼ぐ。
のたうちまわるバッタは、あらぬ方向に飛んでいき、着地を失敗してのたうちまわる。
そんな光景があちこちで発生していった。
だが、やはり時間稼ぎにしかならぬのか、起き上がり周囲を見渡すと再びトモルの方に飛んでくる。
それらを見渡しながら、更に頭を使って考えていく。
基本魔術による自然現象への介入。
それらを組み合わせて、何をどのようにしていくかを考えていく。
相手を倒す為に、せめて相手の動きを封じられるように。
倒れたバッタの頭に鉈や斧を振りおろし、核の予備を作りながら周囲を見る。
頭の中で試行した方法を現実に出来るのかを考える。
少しずつ形になっていくそれは、おそらくトモルが使える最善の手段だと思えてきた。
(上手くいくか?)
それは分からない。
確証は全く無い。
だが、何もしないでいるわけにもいかない。
(やるか)
腹をくくって行動に移していく。
その下準備として閃光を連続して発生させる。
一時的であっても良いから、とにかくバッタの動きを止めていった。
それから光だけ放っていた基本魔術の使い方を少し変えていく。
その最初の一つを放ち、手近な地面の土を吹き飛ばす。
トモルの魔術により、周囲の地面が次々と草ごと弾きとんでいった。
トモルの近くにいた行商人の娘は、まぶた越しの閃光が落ち着いたのを見て、かすかに目を開いた。
何の警告もなく放たれたトモルの閃光は、バッタもろとも彼女の視界を奪っていった。
目から直接脳を突いたまぶしさにうずくまったほどだ。
それはその後も連続して放たれ、行商人の娘のまぶた越しに眩しさが襲ってくる。
(なんなの……?!)
おののきながら思うも、何がどうなってるのかなんて分からない。
ただ、思いも寄らない事が起こってるのだけは理解出来た。
それがようやく落ち着いたと思い、おそるおそる周囲を見渡す。
そこで彼女は、更に予想外の出来事を目にしていく。
周囲の土が次々に吹き飛んでるのだ。
そのせいか、周囲にいる巨大なバッタ(その姿を見て、彼女はあらたな恐怖をおぼえた)がのたうちまわっている。
足下の土が突然吹き飛ぶのだから当然だろう。
そんな事が周囲で次々に起こる。
その度に草まで飛び散るから、周りがどんどん開けていく。
だが、それは彼女にとって恐怖を増大させる役にしか立たない。
周りが巨大なバッタで覆われてるのを目にする事になるからだ。
「ひっ…………!」
腰を抜かしてその場にへたり込む。
次いで、股間を生温かい液体が覆っていく。
それに気づく事も、気にする事もなく、娘は周りのバッタに目を向けていった。
理性でなく本能が生命の危機を察知する。
するのだが、どうにかできるわけもない。
ただ、周りの状況を目で追いかけるだけだった。
そんな彼女の前で、今度は大量の水があらわれ、周囲に落ちていく。
水しぶきがあがり、粉々になった土と混じり合っていく。
それらが何度か繰り返され、その間で閃光が走る。
何度かそれが繰り返されたところで、再び地面が爆ぜた。
水と混じり合ったそれは、娘にもいくらか降りかかる。
もろにかぶった娘は泥だらけになっていく。
だが、彼女はそれに大した反応を示しはしない。
もう既に放心状態に陥っており、ただ周囲の様子を呆然と見据える事しか出来なくなっていた。
娘のそんな状態を視界の隅で見たトモルは、余計な騒ぎにならなくて好都合と考えた。
どのみち、無理して助けようなどとは思ってもいない。
ここでバッタに襲われてしまうなら、それはそれで良かった。
トモルのやってる事を知る人物がいなくなる。
どのみちこうして魔術を使ってるところを見られたのだ。
むしろ襲われてくれたほうがよっぽどありがたい。
死人に口なしである。
たとえここで死体として発見されたとしても、子供が間違ってこんな所まできてモンスターに襲われた、という事になるだけである。
トモルとしては願ったりかなったりであった。
それに、この娘の事を考えてる場合でもない。
今はモンスター退治のための仕上げに入っていかねばならない。
バッタの大半が作り出した泥の中でもがきだしてる今が、おそらく絶好の機会なのだから。




