2回目 今出来る事をやる、何せ3歳だし
(まあ、やれる事はやってみるか)
今は3歳。
この状況で出来る事など何もない。
だが、それは世の中に影響を与えるという範囲での話。
この年齢ならばこそというものはある。
「稽古がしたいのです」
まずはそこから始めることにした。
その意思を父に告げていく。
それで何がどうなるか分からないが。
とにかく少しは状況を動かそうと思った。
「どうした、いったい何があったのだ?」
息子に唐突にそう言われて、父親である柊男爵は呆気にとられた。
そう聞き返すのも無理はないだろう。
何せ遊びたい盛りのはずの子供がこんな事を言い出したのだから。
いったい何がどうしたのかと思っても不思議ではない。
そんな父に息子のトモルは、
「ボクもモンスターをやっつけるくらい強くなりたいのです。
だから、是非とも稽古を」
と言ってくる。
それを聞いて柊男爵は少しだけ納得する事が出来た。
(おおかた、兵士の訓練でも覗いたのだろう)
その通りである。
何度かトモルは兵士の訓練風景を覗きに行ったりしている。
そして、何度か顔をあわせた兵士に尋ねたりもしている。
何をやってるのかと。
そうやってトモルはそれっぽい理由を作り上げた。
その上で、この日父親に向かっていったのである。
(いきなり言い出したら驚くだろうしな)
そういう打算や考えをして。
ようは地ならしである。
父にせがむための。
そして父もそんなトモルの言葉を素直に受け取っていった。
3歳の子供が、兵士を見て格好いいとでも思ったのだろうと。
そう誤解してもらうのがトモルの狙いであった。
「それは良いが、まだ早いのではないかな。
もっと大きくなってからでも遅くはないと思うぞ」
「ええ、そんなのないですよー」
途端にトモルは子供っぽい我が儘というか甘えを前面に出していった。
ここで駄目だと言われたら元も子もない。
いきなり一回で承認が得られるとまでは思ってないが。
もう少し色よい返事をもらいたかった。
幸い、父は子供のおねだりに甘いようで、
「そうは言っても……」
と言いつつも断り切れなくなっている。
あと一押しとばかりにトモルは何度かせがんでいく。
その甲斐あって、最終的に父は折れてくれた。
その後、兵士達の訓練所に連れていかれ、稽古をつけてもらえるようにはかってもらった。
居合わせた者達は一様に苦笑をしていたが、子供の単純なあこがれだろうと納得した。
また、まがりなりにも領主の命令であり、領主の子息の願いである。
断るのも難しい。
(まあ、子供だしすぐに飽きるだろう)
大半の者はそれを見越して訓練所での稽古を受け入れた。
トモルとしてはそれで十分だった。
(まずは手の届く所からいかないと)
状況の改善には手が出せなくても、ここで何かを学ぶ事は出来る。
子供なのだし、むしろその方が普通だろう。
いずれこの世界で何かをしていくにしても、まずはある程度の事が出来てないと困る。
最低限の知識も必要だし、物騒な世相なので戦闘力も欲しい。
その為、必要な訓練をしておきたかった。
(できれば学問とかもある程度学んでおきたいが……)
さすがにそれはまだ早いかなと思う。
一応、家にある本などには目を通してはいるが。
ただ、どういうわけだか言語は基本的に日本語である。
文字すらも仮名と漢字交じりのものだった。
(ご都合主義みたいだな)
そう思うが、こんな便利な状況を利用しない手はない。
分からない単語ももちろんあるが、それは辞書を見ながら調べれば良い。
今できるのはこうやって自分を鍛える事だけなのだから、その事に集中する事にする。
どのみち、ある程度の年齢になるまで率先して何かが出来るというわけではない。
子供の今は子供に出来る事をやっておくしかない。
いつか何かが起こる時のために。
そうやって始まった稽古は、最初は単純なものだった。
まずは地面の上を転がること。
いわゆる受け身からだった。
「どこでどんな風に体勢を崩すか分からないですからな。
こうやって体勢を崩しても大丈夫なように慣れてください」
稽古にいけば必ずこれをやらされるようになった。
ひたすらに地味であったが、まずはここからととにかくこれを繰り返した。
それが終わると、木刀を持っての型稽古になった。
決まった動きを決まった通りに繰り返す。
こんなので強くなれるのかと思ったが、まずはこれをこなせと言われた。
そして、やってみると意外と難しい事にも気づいていく。
まず、型の動きをおぼえる事になるが、そこを終えると今度は型の動きに体を馴染ませられる。
相手に向かって踏み込むときの足の動かし方。
体の捌き方。
腕の振り上げ方。
顔をどちらに向けて、目はどこに向けるのか。
そういった細かい事を教えられていく。
一つ一つが細かく、全部をおぼえるのはかなり大変な事に思えた。
しかし、一度それに馴染んでしまうと、型の意味が分かってくる。
なぜその形通りに動かなければならないのか、どうしてその位置に体を持っていかねばならないのか。
それらが段々と分かってくる。
一言で言ってしまえば、無駄がない。
戦場で生き残る為の基本動作なのだから当然だろう。
また、これを身につけておかないと、次の段階の乱取りなぞ怖くて出来ない。
だから、まずは型通りの動きを徹底してやる。
だが、これも決して楽なものではない。
型稽古であっても、木刀で打ち合ってるのだ。
しかも、結構本気で打ち合っている。
木刀同士で、木刀を盾で受け止めて。
見たところ、それらで手加減をしてるという様子は無い。
かなり激しい音が鳴っている。
型に慣れるまでは手加減してくれるだろう。
しかし、しっかり身につけた後はそうはいかない。
激しく打ち合うことになるだろう。
木刀が打ち合った時の衝撃。
盾に打ち込まれた打撃の重さ。
それらは相当なものになる。
子供相手だけに手加減してくれてる。
それは分かるが、それでも子供と大人の差がある。
一つ一つの攻撃が重く、吹き飛ばされないように踏ん張るのが大変だった。
だが、その態度が周りの兵士の高評価に繋がっていく。
「なかなかですな、坊ちゃん」
稽古をつけてくれる兵士を束ねる男が素直に褒めてくれる。
周りの兵士達も、子供ながらに天晴れと言った顔をしている。
すぐに飽きて来なくなると思いきや、存外長く続いてる事も評価を高めているのだろう。
段々と兵士達にトモルは受け入れられていった。
独習のつもりで本を読んでるのも同様だ。
それを見ていた執事が、少しばかり驚いた顔でその様子を眺めてもいた。
「坊ちゃんは本が好きなのですかな?」
「うん、まあね。
知らない事が色々書いてあるし」
情報収集のための、大事な情報源なのは確かである。
インターネットがないこの世界、書物は貴重な情報媒体だった。
最新情報でもないし、書いてある事が全部正しいという事もないだろう。
でも、今はこれらを頼るしかない。
そしてそんなトモルに執事は、
「失礼ですが、何が書いてあるかおわかりになるので?」
と尋ねてくる。
言われてトモルは、その時目にしていた部分を軽く読んでみせた。
執事は驚愕を顔に浮かべ、すぐに領主である父の所へと走っていった。
それが後日、教師を付けて学ばせようという話にも発展していく。
これはさすがに予想外だった。