166回目 夏休み明けの初動 3
「家の方は大丈夫です」
夜、忍び込んだ女子寄宿舎にて、トモルは藤園カオリから話を聞いていた。
「お仕事の方は私どもで受け持ってますから。
それに、学校がない間はさすがに無理という事で通してましたし。
どうしてもという場合は私が請け負ってましたから」
「そいつはご苦労さん」
夏休み前に、徹底して魔術を使って洗脳していた甲斐があったようだ。
長期間にわたって高い効果を持続させるために、トモルは持っていたモンスターの核を幾つも使用した。
そのおかげで、夏休みの間に特段問題は発生してなかったようである。
「それじゃ、今後もその調子で頑張ってくれ」
「はい、仰せのままに」
カオリは自分より身分が下のトモルに恭しくお辞儀をした。
それに返礼する事もなくトモルは、寄宿舎の別の場所へと向かっていった。
「おーい、起きろー」
「…………ひい!」
トモルに起こされた森園スミレは、ベッドの上で跳ね上がるように起きた。
というより、後ずさった。
「な、な、な……」
「はいはい、慌てない慌てない」
言いながらトモルは精神介入の魔術を使っていく。
落ち着きを失ってるスミレには、言い聞かせても無駄だろうと思ったのだ。
もとより、懇切丁寧な説明や、慈愛にみちたいたわりの心で接するつもりなどない。
手早く確実に事を進めるために、遠慮する事無く魔術などを使っていく。
(そうでもしないと無理そうだし)
これまでの事があるので、スミレはトモルに恐怖を抱いてるようだった。
苦手意識どころでは済まない。
そんなスミレに優しくしたところで時間の無駄であろう。
それよりは魔術を使った方が安心確実速効である。
「……ま、お前の知ってる事なんてそれくらいか」
「はい……」
質問に答え続けたスミレからの情報で、トモルは現時点で把握出来る情報を手に入れた。
当然ながら彼女とて特に何かを知ってるわけではない。
休みの間に貴族の行事に参加したくらいである。
それはそれで貴重な情報だが、それ以外に特に際立った情報は無い。
(うちで起こってる事も知らないとはな)
実家の方に大量に流れ込んだ冒険者や商人達。
それについても何も知らないという。
子供だから仕事に関わる部分については何も知らされてないだけなのだろうが。
だが、父や使用人、家に出入りしてる者達にも大きな変化は無かったという。
となると、本当に何の話も入ってないのか。
それとも、話は来てるがまともに取り合ってないのか。
どちらなのか分からないが、それほど大きな問題として受け取ってない可能性がある。
ただ、このまま放置しておくわけにもいかない。
(下手に絡まれたくないし)
森園だけではないが、下手に他の貴族に介入してきてほしくはない。
出来れば今後もトモルの柊家は無視してもらいたかった。
森園家などの上位の貴族達には。
(旨みを取られちゃかなわないからなあ)
貴族の持つ権力や権威を使って利益をぶんどられてはかなわない。
税にしろ、規制にしろ、取り調べにしろ。
無駄な面倒は出来るだけ避けるに限る。
「それじゃ、森園家に柊家に関わらないように手紙を送りつけ続けろ。
俺の事が気にくわない、俺は最低の人間だとか言ってな」
「はい……」
虚ろな調子でスミレは応じた。
どれ程効果があるのか分からないが、出来るだけ柊家には関わらないようにさせたかった。
その為にスミレからも声をかけさせていく事にした。
いくら何でも子供の言う事を真っ正直に受けとめるとは思えなかったが。
それでも、出来る事は何でも実行していく。
何がどこで効果を発揮するか分からないのだから。
(援助であっても干渉させるわけにはいかない……)
それを端緒として内部に滲透してくるかもしれない。
そうならないように、徹底した排除と拒絶をさせていく。
それがトモルにとって、ひいては柊家にとって最良の結果になるはずであった。
(利益はうちだけで独占するからな……)
苦労だけ押しつけて、旨みをとられるような事はされたくない。
だからこそトモルは、断絶という道を選んでいった。
今回の場合、これがトモルにとって最高の利益になる。
柊家にとっては最悪であろうが。
だが、それもいずれ最善に好転する、トモルはそうさせるつもりでいる。
だからこそ、今この瞬間には苦難と苦痛を受けてもらうしかなかった。
(父さん、頑張ってくれ)
言ってしまえば間接的な加害者であるのだが、その事を棚に上げてトモルは願った。




