162回目 夏のひとときが終わった後の顛末 3
そういった流れの中で、実務的な作業の他にも人員が必要になっていった。
柊領の領地運営における人員とは別に、館の下働きも増員されていった。
これらは事務作業とは別の部分での業務を受け持っていった。
役人としてやってきた者達の生活空間の整理や掃除、料理に給仕。
洗濯に裁縫など。
役人の生活に関わる部分の世話をする者がどうしても必要になる。
こういう場合、村で手の空いてる者に声をかけるものであろう。
実際、最初はそうしていた。
だが、田畑の拡張に伴い、そちらにも人手が必要になっていく。
そうなると、手伝いを村の中だけで確保するのは難しい。
もちろん近隣から手伝いを雇いはするのだが、これまたそれだけでは手が足りなくなる。
それに、いわゆる使用人や召使いとして働くのにも、それなりの技術や経験・知識が必要になる。
貴族や武家を相手にするのだから当然だ。
礼儀作法から振舞い方、貴族や武家の常識。
それを知らないと問題が起こる事もある。
やはりここも引退したり、仕事を探していた経験者などを雇っていく事になる。
こうした生活部分の作業を担う者達には、何人かの児童が含まれていた。
この世界、児童が働くのは当たり前である。
だいたいにして、4歳や5歳になれば家の仕事の手伝いをする。
手習いにも行くが、その傍らで家業をこなすのはごく当たり前である。
もちろん大人ほど働けるわけではないので、作業といっても簡単なものにはなる。
それでも、簡単な作業をこなせるものがいれば、経験者を別の方面にまわす事も出来る。
児童労働者はそういった場合に実に便利であった。
何よりも安く使えるというのが大きな強みである。
その為、柊家にも何人かの児童が使用人として働く事になった。
サエとエリカがその中にいるのは言うまでもない。
村に柊家からの募集が出た時に、サエは真っ先に手をあげた。
今までにない勢いで両親にお願いをし、柊家でも熱心に売り込んだ。
その勢いを買って、柊家はサエを使用人の一人として召し抱えた。
待遇は使用人見習いという、立派な使いっ走りであったが。
それでもサエは柊家の一員としての第一歩を踏んだ。
少しでもトモルに近づくために。
そして、エリカもまた使用人として働く事になっていった。
これは領主自ら声をかけての事である。
行商人として長く柊領にやってきた事。
このほど、ほぼ定着する事を決めた事。
だからこそ、そんな者の娘を召し抱える事で結びつきの強さを宣伝する事。
行商人が『行』の文字を取るきっかけの一つとする事。
そんな思惑がらみの事ではある。
だが、これにより余所者も領民と同等な立場を手に入れる事が出来る、という意味にもなる。
これもあって行商人の方も簡単に断る事は出来なかった。
それに、村に根付くなら娘にも溶け込む機会が欲しいと思ってもいた。
その良い機会になると彼は考えた。
商人としての打算や思惑もあるにはあったが、娘の今後を考えての事でもある。
腰を据えていくなら、村に少しは馴染んだ方がいい。
だが、土着の者と余所者とではどうしても垣根がある。
それを払拭するためにも、領主という権威があると便利である。
裏で陰口叩いたり、見えないところで痛い思いをさせてくる事はあるだろう。
だが、表立って文句を言ったりケチを付ける事は難しくなる。
それを見据えての判断である。
あとはエリカが仕事をしっかりとこなす事が出来るかどうかである。
(がんばれよ)
父としては応援するしかない。
そして。
最悪の事態になるならば、再び行商人に戻ってエリカを手元に戻そうとも考えていた。
無理なものは無理というのは行商人も理解している。
エリカにとって柊家への奉公が無理な事ならば、それはそれで仕方ないと思っていた。
そして、それをするために折角得られそうになってる定住の地を捨てるならば、それもまた良しとも思っていた。
商売人としては失格かもしれないが、親としての情を捨てるよりはとの思いである。
娘を道具にして……という程には割り切れないものがあった。




