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エンドリア物語

「毒色の公国」<エンドリア物語外伝91>

作者: あまみつ


 何から話したらよろしいのでしょうか。

 そうですね。まずは私の名前からお伝えいたしましょう。私の名前はステラ・グーセンスと申します。タンセド公国の屋敷で働いております。ステラ・グーセンスという名前がありますが、ステラと呼ぶのは私がお仕えしていますフレア様だけで、他の方から名で呼ばれたことはありません。他の方からは『乳母様』と呼ばれます。今から12年前にタンセド公に嫁がれたフレア様の乳母をしていたからでございます。もちろん、ついてくるつもりはありませんでした。フレア様に懇願され、致し方なくついてきたのです。

 タンセド公国は評判のよくない国でございました。そうなりましたのは先々代のタンセド公がせいでございます。

 現タンセド公のお祖父様に当たる先々代のタンセド公は色々な問題を引き起こされた方でした。数多くの問題を引き起こされましたが、現在までもタンセド公国の評判を貶めることとなりました元凶は3つございます。

 1つ目は好色な方で多くの愛人をもたれました。それだけでなく、愛人たちに子供を産ませたのです。小国にたくさんの王族。利権を巡っての王族内での争いがおきたのです。血で血を洗う戦いは今も続いております。

 2つ目はプルゲ宮です。先々代のタンセド公の時代に、プルゲ宮と呼ばれる廃墟の遺跡に多くの犯罪者が住み着いたのです。このプルゲ宮があるためにタンセド公国はイメージが悪くなっておりました。滅竜の小手と呼ばれる魔法道具があるために放置せざる得なかったと言われておりますが、先日崩壊しました。なぜ崩壊したのかまでは存じませんが、犯罪者の巣窟を長年に渡り放置することになったのは、初期対応が適切でなかった、つまり、先々代が無能だったためと言われております。

 3つ目は毒薬の研究です。先々代のタンセド公は毒に非常に愛着がありました。そのために研究所まで建てたそうです。現在は魔法学校となっている屋敷の隣の建物が元研究所です。研究所は廃止されましたが、タンセド公の一族は今もたくさんの毒薬を所有しており、また、研究をされている方も多くおります。タンセド公の屋敷の周りでは死んだ犬猫が数多く見つかっており、一族の方の不審死も少なくありません。それゆえ、タンセド公の屋敷は別名【毒薬屋敷】とまで呼ばれおります。

 フレア様とて嫁ぎたかったわけではありません。裕福な布問屋の次女として生まれ、のびやかに育ったのです。知り合いの貴族の屋敷に行儀見習いで働いているとき、タンセド公を見初められたのです。布問屋という貴族相手の商売では断ることはできず、知り合いの貴族の養女となり、タンセド公に嫁ぎました。いまから、12年前のことです。

 現在のタンセド公は評判のよくないタンセド公国を変えようと様々な努力されていました。毒薬の研究所を閉鎖して魔法学校にしたのも、そのひとつです。出自が庶民のフレア様のことも大切にしてくださいました。世継ぎであるレオン様が生まれたのは9年前。フレア様がこの国で一番幸せな時間でした。レオン様を産んで1ヶ月ほど過ぎた時、夕食後に昏倒いたしました。食事に毒を盛られたのです。子が産めない身体になり、ベッドに伏すことが多くなりました。犯人は血族であることは間違いありませんでしたが、断定はできませんでした。疑いのある方が多すぎたのです。

 タンセド公とフレア様は、一粒種のレオン様を必死に守りました。信用のおける者を常時そばにつけ、毒からも刺客からも守りました。レオン様に仕える者が次々と亡くなり、9年間無事に育ったのが奇跡のようでした。

 守られているだけだったレオン様も、大きくなるにつれて自分の置かれている立場を理解するようになりました。自分のために人が亡くなる。いつ殺されるかわからない。そんな日々に疲れを感じたのでしょう。先日、タンセド公にお願いをされました。

「ニダウに遊びに行きたい」

 ニダウというのはタンセド公国の隣にある小国エンドリア王国にある有名な観光地です。魔法によるイカサマが不可能なカジノ、安くて美味しい食堂街。奇妙な出来事を見せてくれる桃海亭。

 他国に行けば命の保証はできない。しかし、短い生涯となるのならば、楽しい思い出を作らせてあげたい。

 タンセド公は悩まれましたが、レオン様にニダウに遊びに行くことを認めました。期間は1週間、お供は信頼できる者で固め、エンドリア王国の王宮に滞在することが条件でした。

 承諾が出てから1ヶ月後、レオン様はニダウに出かけられ、1週間後に戻られました。

 出迎えた私は驚きました。

 右足に包帯を巻いていました。左の腕には宝石箱を抱えられていました。

 そして、はちきれんばかりの笑顔で言ったのです。

「ベゲゲゲちゃんと暮らすんだ」



「ボクはいいモンスターだよ」

 レオン様について行かれたテオボルト様が『宝石箱型のミミックです』とタンセド公に注進したことから、宝石箱の詮議が始まりました。

 城の主な者が広間にあつまり、宝石箱を囲んでの取り調べです。

「父上、このような詮議は無用です。ベゲゲゲちゃんは人を傷つけたりしません」

「レオン、ベゲゲゲと暮らしたければ、黙っていなさい」

 迫力にレオン様が黙りました。口を一文字に引き締めて悔しそうな表情をされています。

「ベゲゲゲと言ったな。なぜ、レオンについてきた」

「レオンがご飯をくれると言ったからだよ」

 綺麗な宝石箱が話す度に、パカパカと蓋を開け閉めします。幼い子供の甲高い声に似ています。

「餌が欲しかったからついてきたのだな」

「そうだよ」

「餌をくれるならば、レオンでなくてもいいのだな?」

 宝石箱が跳ねました。

「バカにするな!ボクはレオンだからついてきたんだ!」

 宝石箱を見ていたレオン様の顔がほころびました。

「レオンが餌をくれないといったらば、帰るのか?」

「あんた、レオンのことを知らないんだろ!」

 はめ込んだ宝石がとれそうな勢いで、蓋を開け閉めしました。

「レオンは約束したことを守るんだ。勝手に破ったりしない!」

 宝石箱の勢いにタンセド公がたじろぎました。

 レオン様が素早く言いました。

「父上、納得していただけましたか?」

「待て」

 タンセド公は制止しましたが、強い口調ではありませんでした。

「テオボルトはそなたをミミックだという。そうなると人間も食べるのであろう?」

 宝石箱が斜めに傾いだ。

「テオボルトって、誰?」

「レオンと共にニダウに行った者だ」

「髪の薄いおっさん?」

 宝石箱の言うようにテオボルト様の髪は寂しいお方です。ですが、テオボルト様はそのことを非常に気にしておられるので、屋敷に住む者は誰も口にしません。

 タンセド公も返事に困ったようでした。

「あちらにいる男性だ」

 手でテオボルト様を指しました。

「勘違いのおっさんだ!」

「勘違いとはどういうことだ?」

「ボクに頼んできたんだ。『ミミックであれば人が食えるのであろう。レオンを食って欲しい』って。ボクはミミックじゃないと何度も言っているのに」

 タンセド公の顔がこわばりました。

 テオボルト様を信用して、レオン様のニダウ行きにつけたのです。そのテオボルト様が『レオンを食べて欲しい』とミミックに頼むとは、タンセド公にとっては衝撃だったことでしょう。

「その宝石箱の作り話です」

 テオボルト様が慌てて言いました。

「私とそのモンスターとどちらを信じるのですか?」

 タンセド公が黙りました。

 どちらを信じると言っても角が立ちます。見守っている私もハラハラしていました。

「父上、この足を見てください」

 レオン様が包帯の巻かれている右足を指しました。

「ニダウで襲撃されたました」

 広間が『オー』という声に、包まれました。

「迷子になり、独りでニダウの町を歩いているとき、数人の剣士に囲まれました。もうダメだと思ったのですが、町の人々が助けてくれました」

 レオン様は手で何かを投げる仕草をした。

「果物を売っている露店の人が『こいつを使ってくれ』と叫んで、大きな果実を町の人たちに提供してくれて、町の人たちがその果実を刺客に投げて僕を守ってくれました。投げながら『子供を守るんだ』と叫んでいました。果実がつきそうになったとき、『こっちです』と誰かが呼ぶ声がして、黒いローブを着たご老人が人混みから姿を現しました。すぐに刺客の人たちが地面に倒れました」

 広間にいる者達は、レオン様の足首を見ています。戦いに巻き込まれたレオン様。白い包帯が痛々しいしいです。

「これは地面に散らばった果実を踏んづけて、くじいたものです」

 嘆息が広間を満たしました。

「そのご老人が言われたのです。『顔をあげなされ』 なぜ、そのようなことを言われたのかわかりません。でも、それを聞いて僕は顔をあげなければならない思ったのです」

 レオン様はテオボルト様を指しました。

「刺客を雇ったのはテオボルトです」

「レオン様。戯れ言はおやめください」

「ニダウの町に入る街道で休憩を取りました。その休憩所の裏で男に金を渡しているのを見ました。その男が刺客の一人でした」

「レオン様、見間違い………」

「ボクはいいモンスターだよ」

 いきなり割り込んできた宝石箱をテオボルト様はにらみました。

「いいモンスターでもお腹が空くんだよ」

 宝石箱が、蓋を開きました。

 真っ赤な舌がでてきて、ペロリンと動きました。

 静寂のあと、タンセド公が言いました。

「昼食後、詮議の続きをする」



「お腹が空いたよ、お腹が空いたよ」

 宝石箱がレオン様の膝の上で騒いでいます。

 フレア様は、いつもは自室で召し上がるのですが、本日は宝石箱が見たいと食堂で召し上がることを希望しました。給仕は別の者が行いますが、体の弱いフレア様ですので、私が壁際に控えさせていただいておりました。

「お腹が空いたよ。レオン、まだなの?」

「もう少しだからね」

 笑顔のレオン様が宝石箱をなぜております。

 タンセド公の5親等までの血族が一堂に会する昼食は、席に着いているものだけでも50人近くおり、スープとパンを並べるだけで10分近くを要します。

「ねえ、スープしかないよ」

「パンもあるよ」

「ジャムは?ボク、甘いフルーツのジャムがいい」

「今日はバターだけ」

「バター、バター大好き。おっきいの乗せて」

「わかっている」

「お肉は。お肉は大事だよ」

「パンとスープのあとに出るよ」

「本当?」

「僕が嘘をつくと思う?」

「ううん、レオンは嘘をつかない」

 レオン様が愛おしそうに宝石箱を見ています。

「レオンが笑っているわ」

 フレア様が嬉しそうに呟きました。

 囁くような小さな声でしたが、私の耳にははっきりと聞こえました。

 全員にスープとパンが配られ、タンセド公が神への感謝を述べた。祈りが終わり、レオン様もスプーンを手に取られました

 レオン様がスープをすくい取った時です。

「お腹空いた」

 宝石箱が蓋を大きく開けました。

「少しだけ、待ってくれないか。このスープを……」

「ボクも飲む」

「しかたないなあ」

 レオンが差し出したスプーンを宝石箱からでてきた赤い舌がペロリとなめた。

「レオン」

「美味しい?」

「トリカブトの味がする」

 食堂が静寂に包まれました。

 タンセド公がナプキンで口を拭われ、静かにレオン様に言いました。

「その宝石箱を持って、食堂から出なさい」

「わかりました」

 立ち上がったレオンの手の中で、宝石箱はものすごい勢いで暴れました。

「ボク、知っているもん。お爺さんに教えてもらったもん。この味はトリカブトだもん」

 手の上でもの凄い勢いで暴れる宝石箱に、レオン様は立ち尽くしました。

「お爺さんが教えてくれたもん。ベラドンナ、ドクゼリ、ハシリドコロ、アセビ、スイセン、ドクウツギ」

「ベゲゲゲちゃん、落ち着いて」

「本当だよ。前にいたお家でお腹が空いて、ご飯を探したの。2階のお部屋に色んな草があって、ボク食べたんだ。お爺さんが帰ってきて、ボクが食べた草の名前教えてくれたの」

「トリカブトがお爺さんの部屋にあったの?」

「うん、干した草がいっぱいあったよ。瓶に入った飲み物も色々あったけど、お爺さんが飲んじゃダメっていうんだ。でも、ちょっとだけなめさせてくれた」

 毒草と毒薬が並ぶ部屋。

 どのようなご老人が住んでいたんでしょう。考えるだけで身の毛がよだちます。

「ボク、間違えていない。トリカブトの味がしたよ」

 宝石箱が強く断言いたしました。

 タンセド公が後ろに控えている侍従に小声で指示を出しました。フレア様は心配そうに両手でナプキンを握りしめています。

 食堂を出た侍従は屋敷づきの医師をつれて戻って参りました。レオン様のスープに持ってきた粉を入れると、スープは紫色に変わりました。医師はタンセド公の後ろに回ると小声で言いました。

「トリカブトの毒で間違いございません」

「ほらね!」

 宝石箱は大声で言いました。

「ボクの舌は、すごいんだ~」

 真っ赤な舌を箱から出して、ベロンベロン動かしました。



 昼食は中断され、厳重な監視の下に、作り直すこととなりました。詮議も中断されたままになり、空いた時間ができたレオン様はフレア様の部屋を訪ねてこられました。

「ご加減はいかがですか、母上」

「ベゲゲゲちゃんの大活躍をみたせいかしら。とても、気分がいいの」

 ソファーに座られたフレア様は、いつもより気分がよさそうでした。

 手でレオン様を前の席に座るように促しました。

 レオン様が座ると膝に乗せた宝石箱の蓋が、パカパカと開きました。

「こんにちは!」

「こんにちは、ベゲゲゲちゃん」

「あのね、母上」

 宝石箱がフレア様に話しかけると、レオン様が慌てられました。

「ベゲゲゲちゃん、母上は僕のお母さんだから母上で、ベゲゲゲちゃんの母上ではなくて…………」

「母上っていう、お名前じゃないの?」

 フレア様が微笑まれました。

「お母さんという意味よ」

 宝石箱がカタッと傾げました。

「レオン、ボクはレオンのお母さんをなんて呼べばいいの?」

「公妃様かな」

「かっこよくない!」

「そういわれても………」

 困ったレオン様にフレア様が助け船を出されました。

「私の名前はフレアというの。フレアさんというのは、どうかしら?」

「女の子?」

「そうよ」

「フレアちゃん!」

 フレア様が吹き出しました。

 フレア様は困惑しているレオン様に微笑みかけ、宝石箱にいいました。

「それでいきましょう」

「うん。じゃあ、フレアちゃん、ボク、お腹空いた」

 レオン様もあきれています。

「ベゲゲゲちゃん。あとで、僕の部屋でお菓子をあげるから」

「うん、わかった」

 宝石箱はうなずきました。

 フレア様は私に目で合図を送りました。

「ベゲゲゲちゃん。いま、お茶とお菓子を用意するから、少しだけ待ってくれる?」

「フレアちゃん、お菓子をくれるの?」

「美味しいお菓子をあげるわ」

「ありがとう!」

 宝石箱は踊るようにレオン様の膝で跳ねました。

 調理場からもらってきたお湯でお茶を入れ、ミルクと蜂蜜を添えました。お菓子は部屋に常備しているものを陶器の皿に並べて出しました。

「わーい!レオン、レオン、これ、クッキー?」

「そうだよ」

「わーい、わーい」

「どうぞ、召し上がれ」

「ありがとう」

「いただきます」

 レオン様がひとつ、クッキーをおとりになり、宝石箱の口に放り込みました。

「美味しい~~」

 フレア様もレオン様も笑顔でご覧になっています。この屋敷では得られることがなかった暖かい時間に、私も涙ぐみそうになりました。

 レオン様が、クッキーを再び手に取りました。

「レオン、食べて大丈夫?」

 ベゲゲゲちゃんが心配そうに聞きました。

 レオン様より先にフレア様が反応しました。

「ベゲゲゲちゃん、クッキーがどうかしたの?」

「ちょっとだけど、鉛が入っているよ」

 レオン様がクッキーを手に持ったまま、青ざめました。

 私は控えの間にいた侍女に、至急医師をつれてくるように言いました。

「レオン、クッキーを置いて」

「はい」

 指についたクッキーの粉をフレア様がハンカチで綺麗に拭われました。

「レオン、お腹空いた。クッキーを食べていい?」

 レオン様は首を横に振られました。

「鉛を食べると病気になるんだよ。ベゲゲゲちゃん、さっき、食べたクッキー、箱の外に出せない?」

「ボクは、いいモンスターだよ。いいモンスターだから、毒は大丈夫なんだよ」

 フレア様も心配そうに言いました。

「ベゲゲゲちゃん。あなたがいいモンスターなのはわかっているわ。でも、毒がベゲゲゲちゃんに効かないのかはわからないわ」

 宝石箱がキラキラと光りました。

「大丈夫だよ。お爺さんが調べてくれたよ。ボクに毒はきかないんだって。なんとかっていう難しい名前の細胞がボクにあって、それが分解するから、いっぱいじゃなければ大丈夫だって」

 レオン様の膝でピョンと跳ねました。

「クッキー食べていい?」

 レオン様は首を横に振られました。

「このクッキーは調べることになるから、食べたらダメだよ。ベゲゲゲちゃんが食べたら、調べられなくなっちゃうだろ」

 そして、紅茶の隣に置かれた蜂蜜を指しました。

「こっちの蜂蜜ならなめていいよ」

「本当!」

「なめる?」

「うん!」

 レオン様が蜂蜜を近づけると、真っ赤な舌が箱からでてきて、蜂蜜をペロリとなめました。

「美味しい!」

 嬉しそうにいった宝石箱は、レオン様の膝の上でパタパタと跳ねました。

 そして言ったのです。

「これ、サルビアの蜜だ」




「どちらに置かれているのですか?」

 押さえきれない怒りがアーロン隊長の頬を痙攣させている。

「何をいってとるのか、わからんの」

 桃海亭のカウンターの中にいるハニマン爺さんは、小指で耳クソをほじっている。

 今から5分ほど前、ひきつった顔のアーロン隊長が桃海亭にやってきた。そして、商品を磨いている店主のオレではなく、カウンターにいたリュンハ前皇帝のハニマン爺さんに話し始めた。

 桃海亭がニダウ警備隊に押しつけた宝石箱型のモンスターは、アーロン隊長を経て、タンセド公の世継ぎの手に渡ったそうだ。タンセド公の屋敷は【毒薬屋敷】と呼ばれるほど、毒薬を精通する者が多く、毒を使った暗殺が横行していたらしい。タンセド公も何とかしなければと思ってはいたが有効な手がなく、苦慮していたらしい。

 それを宝石箱型モンスター【ベゲゲゲ】が解決したらしい。

 食べたいものを一口ベゲゲゲに食べさせると、毒が入ってくれるか教えてくれる。食器や道具に塗られた毒も、わずかでも匂いや変色があれば、気づいてくれる。

 世継ぎのレオンが毒で命を奪われる心配がなくなったことから、精神的に安定して世継ぎとしての勉強にも身が入るようになったらしい。フレア公妃も知らぬ間に摂取していた毒の所在がわかり、健康を取り戻しつつあるらしい。屋敷から毒が一掃され、タンセド公国の政にもよい影響を持たしている。これもエンドリア王国のアーロン隊長が、宝石箱型モンスターを快く譲ってくれたお陰だ、という内容の礼状がエンドリア国王とアーロン隊長に届いたらしい。

 良い話だが、アーロン隊長は礼状を読んで青ざめた。ベゲゲゲがどこで膨大な毒の知識を仕入れたが書かれていたのだ。

 ベゲゲゲは、前に住んでいたところにいた優しいお爺ちゃんに教えてもらった。お爺ちゃんの部屋には、色んな草や瓶がいっぱいあって、そこの草を食べて覚えた。と、言っているらしい。

 優しいお爺ちゃんが誰なのか、アーロン隊長は即時にわかった。キケール商店街に大量の毒がある。すぐに桃海亭にやってきたのだ。

「部屋に置かれているのですか?」

「わしの部屋は小さい。置ける場所などない。元々小さな部屋を、ウィルに半分やってしまったからな」

 アーロン隊長がオレを見た。

 オレは首を横に振った。

 小さな部屋は元々はオレの部屋で、その小さな部屋の三分の二、爺さんが自分の部屋にして居座っている。

「ここは商店街です。毒薬を保管されたければ、王宮の薬品棚に置かれてはいかがでしょうか?あそこは温度や湿度も管理されています」

「わしは毒などもっとらん」

「大量の毒を商店街に置くのは、商店街の人々の危険にさらすことになります」

「そんなにいうなら、しかたないのう」

 爺さんがカウンターから出た。

「こっちこい」

 アーロン隊長を手招きして、二人で2階にあがっていく。オレも二人について2階にあがった。本当に毒薬が大量に置かれているのか確認しなければならない。

「わしの部屋だ」

 爺さんが部屋の扉を開けた。

 ベッドと衣装箱がひとつ。ベッドのサイドテーブルには、魔法のランプと本が数冊。

 他には何もない。

「はいってもよろしいですか?」

「かまわん。ゆっくりと調べてくれ」

 アーロン隊長は部屋に入ると、電光石火の早業で剣を抜いて、壁を切った。

 キン。

 かすかな音がした。

「わしが甘かったようだな」

 爺さんが「グフグフッ」と笑った。

「結界と幻覚ですね。解いていただきたい」

 凛とした態度のアーロン隊長の肩を、爺さんが楽しそうに叩いた。

「リュンハに行かんか?」

「毒薬を確認させていただきたい」

「最近のリュンハの兵士どもは魔法に頼りすぎておる。魔法は万能ではないと何度言い聞かせても理解しようとはせん」

「毒薬の確認を………」

「そう堅いことを言うな」

「私はニダウの人々の安全を守らなければなりません」

「堅い木は折れやすいぞ」

「毒薬が見せていただきたい」

 まだ、言い合っている二人を置いて、オレは店に戻った。

 しばらく言い合いは続くだろうが、アーロン隊長が折れることになるだろう。オレは詳しく知らないが、アーロン隊長は爺さんに借りが色々とあるらしい。医療系の白魔法と違い、黒魔法は日常では使われることはほとんどない。だが、なぜか黒魔法使いの爺さんはニダウの町で重宝されている。

「問題は毒だな」

 部屋にどれくらいの毒があるのか、確認できなかった。

 爺さんがリュンハに帰った後、可動式の仕切りを動かせば、いまオレがいる部屋と合わさってひとつになる。オレの部屋なのだから、当然オレが住むことになる。

 残された大量の毒薬をどうするか。

 ゴミとして捨てたら国王様に怒られそうだ。

 簡単にできる片づけ方法もあるが、問題がある。

「ま、いいか」

 全部まとめてムーの部屋に投げ込めばいい。毒薬だけなら、爆発とかはしないだろう。

 肩を落としたアーロン隊長が2階から降りてきた。オレの方を見ることもせず、重い足取りで桃海亭から出て行く。

 2階からは爺さんの鼻歌。

 オレは深いため息をついた。




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