牡丹と芍薬
白い壁にところどころ金の飾りがはまっている。
それを見るともなく見ていた。
今はそばにいる女官たちもいない、芍薬の妃は一人ただ壁を見つめていた。
その背後には芍薬を刺繍した壁掛けがかけられている。
妃の名にちなんだ花を飾られる。季節に変わりなく。
壁に象嵌された金の飾りにも芍薬が浮き彫りにされていた。
髪を下ろし、薄い部屋着だけの姿でただ座っている。
近くの机には書物も用意されていたが、今はそれを手に取る気も起きない。
「何をしている」
いつの間にか王が訪ねてきていた。
「何も、先ぶれもなくお出ましとはどうなされました?」
椅子から降りて、跪いて王を出迎える。
普段なら王の尋ねてくるのに合わせて、女官たちが盛大に着飾らせるのだが、いまは上等なものではあるが淡い色の部屋着一枚だ。
「吾亦紅のほうから差し出がましい口出しがあったそうだな」
「申し訳ありません、そちらに回しました、陛下のお心なしに何も決められないと」
「それはいい、どうやらあちらもじれてきているようだ」
跪いた身体を引き寄せ、抱き寄せられる。
手が身体を撫でまわすのを感じたが、されるがままになっている。
「吾亦紅殿はこれからどうなるのでしょうか」
吾亦紅は雛罌粟とは違う。雛罌粟はもともと王の配下が望んだゆえに一時的に妃として召し上げ、のちにその配下に下賜されることが決まっている。本人も承知のことだ。しかし吾亦紅は元々その父親狙いだ。吾亦紅の父親を監視するためだけに妃として迎え入れた。そして、本人もうすうすそれを感づいているらしい。
「いずれにしてもあの方、どうなさるおつもりですの」
この男のそばにいれば、こんなことは慣れっこだ。実際に殺されるところは見たことがないが、何度か自分の目の前で引き立てられていった男達、そのいずれも今は生きていまい。
「そうだな、本人に選ばせるだけだ。だが、おそらく」
途絶えた言葉は、死を選ぶだろうと言うこと。
地位も財産も失って、生きていくのはそんなにつらいかと芍薬の妃は思う。この場所に来るまではそんなもの一つも持っていなかった。
「そういえば何を考えていた?」
「私は、芍薬の花がそれほど好きではないと」
高級妃に与えられる空間はちょっとした屋敷ほど、それに庭園がついている。そしてその庭園には妃に与えられた称号の花が主に植えられているのだ。
牡丹の妃のには庭もそこかしこに牡丹の花が植えられている。その見ごろはとうに終わったが。
芍薬は牡丹に遅れて咲き出す。今が見ごろだ。
早咲きから遅咲きまで長期間芍薬が楽しめるように庭のそこかしこに植えられている。
「さて、どの花が好みだ」
王の妃の背を撫でていた手が止まる。
「私はどちらかというと、金蓮花が好みですの」
「……」
「芍薬が目立つように庭が作られているので、夏は花が少なくて、植え付けることをお許しくださいまして」
「それはいいが、金蓮花の妃になることはできないぞ、第一その地位がない」
「それは構いませんわ」
芍薬の妃は王の首に手をまわした。
「牡丹を望むと思いました?」
「……」
「王が牡丹を嫌っておられるのに、牡丹を望むわけがない」
芍薬の妃は薄く笑った。