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第一話に続く

 美蘭作の軽食を口にしていた王は唐突に言い出した。

「とりあえず、明日、親御さんに挨拶に行くから」

 美蘭の箸が止まる。

「親って誰の?」

「お前の父親だが」

「なんのために」

「結婚の報告、それにお前も行方不明扱いより、嫁に行って出ていったという話でまとまったほうがいいだろう」

 それは願ってもないかもしれない。美蘭は身体を乗り出した。

「ついでに、お前の金も婚資として渡せばいい」

「お願いします」

 美蘭は王の手を握って縋りついた。


 すすけた街並みを眺めながら美蘭は涙ぐんだ。

 もう二度と見ることもない場所だと思っていたからだ。そして多分これが見おさめ、しっかりと網膜に焼き付けておかないと。

 美蘭の横で王が物珍しそうに周囲をきょろきょろと見まわしている。

「何か珍しいものでもありましたか」

「こういうところは初めて見たからな」

「そうなんですか?」

「ずっと地方にいたし、この街も、歩いたのは大通りだけだ」

 本気で珍しそうにその辺の民家を眺めている。

 二人連れ立って歩いていると、よく行く店のおかみが通りかかった。

「あれ、美蘭ちゃん、しばらく見なかったけど、どうしてたの」

 恰幅のいいおばちゃんが笑い滋和を浮かべて話しかけてきた。

「実はお嫁に行くんです、それで、今家族に話に行くので」

「あら、そう、また明るい話題ねえ」

 ケラケラとおばちゃんは笑う。

 三日ぐらいはご近所の話題になるかなと思う。そして横にいる若い男を値踏みするように眺めた。

 おばちゃん、それ王様と喉から出かかった言葉を美蘭は押し込める。

 そのまま歩いていくと、今度は家のすぐそばに隣のおばちゃんだ。

 母が死んでから今まで何かと面倒を見てくれたおばちゃんだ。

 その顔を見ると美蘭は思わず深々と頭を下げた。

 いきなりの美蘭の行動にどぎまぎしたのかおばちゃんは足を止める。

「これから遠いところにお嫁に行くことになりまして」

 美蘭の横で王が会釈した。

 その場でおばちゃんが泣いた。

「あの、おばちゃん?」

「よかった、本当に良かった」

 嗚咽をかみ殺しながら、おばちゃんはそう言って泣き続けた。

 何事かと弟が表に出て来るまでおばちゃんは涙ぐんでいた。

 事情を聴くと弟は随分と驚いていたようだが、とにかく家の中にと差し招いた。

 かいがいしくお茶を淹れてくれる。どうやらお茶菓子はないがまたあの父親が使い込んだか。

 軽く頭痛を覚える。

「あの、それで姉とはどういうお知り合いで」

 いきなり現れた義兄に弟は探りを入れてきた。

 この子は基本的に用心深い、いいことだと美蘭は思う。

 姉馬鹿を展開しながらも表情を崩さない。芝居がばれたら大変だ。それでも真影のちょっとでもいいところを見つけるたびに美蘭は至福を覚える。

 しかしいつまでも浸ってはいられない、美蘭はそっと立ち上がり、二人を家に入れた。


 家の中は思ったより荒れていなかった。

 真影が心を配って家を荒らさないようにしたんだなと思うと涙がこみ上げてくる。

 お茶の葉と茶道具の位置は今までと変わらなかった。

 それを使って淹れて三人でお茶を飲む。

 あまり口に合わない、いつの間にか贅沢が身についてしまっていたと美蘭は焦った。

 王はといえば普段は最高級のお茶を飲んでいるはずなのに、安物のお茶を普通に飲んでいる。

「真影、お父さんは?」

「今日は遅くなるって、夕飯の時間には帰ってくるんじゃない?」

「そうか、じゃあ今日は私が作るね」

「ついていこう」

 親への挨拶というより、市街地を見学したかっただけじゃないかと美蘭は思った。


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