後宮って
何でも後宮の女官だというその女はよくしゃべった。
興味深そうに圭樹は聞いている。
「いいのかそんな女の噂話」
小声で真影が言うと、圭樹は薄く笑う。
「女の噂話に商機は隠されているもんだ」
そんなものらしい。
「まああれよね、吾亦紅なんかはあがいているみたいだけど、顔を合わせる機会すらもらえないからねえ」
下級妃は完全に王に無視されているらしい。
「雛罌粟なんかはもう行き先が決まっているから、あきらめの境地に達しているわ」
「下賜されることが決まってしまったんですか」
「王がなんでも中央に呼び寄せたがっている武官がいてね、そっちに引き渡されるらしいわ、まあ、王のお気に入りの正妻ならそんなに悪い話でもないのか、そっちに雛罌粟の方は乗り気みたいだし」
「ああ、そうなんですか」
「まあ、今は楽だからねえ」
しみじみとした口調で女官は言った。
「前はもう悲惨だったわねえ、牡丹の方と芍薬の方がしょっちゅう言い争いになって、それも話はいろいろととっ散らかってるし、さっき言ったこととすぐに矛盾するし、もうこっちはどうしたらってことでね」
「そんなに大変だったんですか?」
「大変なんてもんじゃないわよ」
女官は顔の前でパタパタ手を振って見せた。
目じりのしわが、ずいぶん年季の入った女官だと語っている。
数年前までは牡丹に芍薬、芙蓉以下すべての上級妃がそろっており、その上級妃たちが寄ると触ると争い事を繰り返し、下級妃は下級妃でしゃしゃり出て足の引っ張り合い。人のやったことは理不尽な言いがかりをかけて押しつぶす。
宮中の催し物など、ぎりぎりでしか準備期間が存在しなかった。
他の時間を妃達の争い事で消費されるから。
「凄まじいですね」
金武はぽかんとした顔でそれを聞いている。
「そんなことは常識だろう」
そう言ったのは見覚えのない顔だった。
多分別の学問所出身だろう。
彼の言うとおり、常識は常識だ。妃とその外戚の争いで国が沈みかけたのだから。
「でも実際に現場にいた人の話を聞くとね」
真影がそう言うと。その相手は眉根を寄せた。
「身分を考えろ、お前ごときが」
真影の親はたぶんこの中で一番身分が低い。だからそんな言い方になったのだろう。
「そうですね、申し訳ありません」
圭樹がその相手に冷たい視線を送っていたがそれにも気づかないようだ。
「今は本当にいいよ、楽で、芍薬殿しかいないし特に困ったことも言わないし、常識的だし、それなりにできる人だし」
いや、それ普通。
そう突っ込みたかったが、普通の人が聖人に見えるくらい前が凄まじすぎたということだろうか。
「後宮って、怖い」
そんな後宮で前王は何が癒されたというんだろう。