戦闘開始
石竹一人でやってきたので、気の毒だがさっさと片付けた。
縄をさっさとかなぐり捨て、着物をかぶせて押さえ込みそのまま帯でぐるぐる巻きにしてしまった。
さすがに上等な布地は頑丈で、帯で簀巻きにすれば石竹は身動きも取れなくなっていた。
もったいないが、領巾を裂いてさるぐつわもかませる。
「ごめんねぇ」
心にもない言葉を一言だけ呟き、何しろ花瓶で殴り倒してくれたので心など込めようがなかった。
美蘭は肌着一枚、崩れた髪はほどいて一つにくくり、腰に笄を刺した格好だ。
嫁入り前の娘のする格好ではないが、そんなことより動きやすさを優先した。
それに厳密にいえばもう嫁入り前ではないはずだ。
石竹が持ってきてくれた水差しを見下ろす。どうやら最低限生かしておく努力はするつもりだったらしい。横倒しになっていたが構造上半分くらいの中身は残っているようだ。
中身はただの水だったので一口だけもらう。
香りの強いお茶だったりすれば何か混ざっている可能性があるので口にしなかったろうが、真水ならそんな心配はない。
美蘭の手際があまりに早すぎて、何が起きたのかようやく理解したのだろう。
「ごめんね」
確実にただ利用されているだけだけれど、もう助けてあげられない。
隠し扉の位置は覚えている。意識を失っていると思い込んでいたのでさして気にすることなく無造作に開けていた。
その美蘭の背中を石竹は呆然と見送っていた。
影と呼ばれる存在は下着姿で歩いている女を見つけて仰天する。
その特徴は攫われたと言われる勿忘草の妃と一致するが、その身のこなしに大いに違和感を覚えた。
軍事訓練を受けた形跡があるのだ。
周囲をうかがう仕草、そして足運び。
仮にも妃に選ばれるような女が軍事訓練を何故受けているのか。
怪しむべき事柄と判断した。そのため彼は勿忘草の妃を保護することなく様子をうかがうにとどめた。
「そろそろか」
後宮内の隠し扉は複数あり、その中で外部とつながっている物もある。それを使って菫は出入りしているのだが、その隠し扉を敵も利用しているのだ。
そうした扉の存在は機密事項になる。
それを知りうる立場の人間も限られている。
「どんどん容疑者が狭まっていくなあ」
機密に触れられるものというだけで数が限られてくるのに、その機密を利用するとは馬鹿なのか、よほど自信があるのか。
そしてその侵入者と勿忘草の妃はもうすぐ正面衝突するような位置関係にあった。
「まずはお手並み拝見」
ぎりぎり殺さなければいいのだ。勿忘草の妃の軍事訓練を受けた所作。
よもや別口がからんでいるのかとこれも確認事項に入れるべきだろう。
勿忘草の妃は前方にいる相手には気づいていないようだ、しかし周囲を警戒する様子は見られるので不意打ちを食らうことはないだろう。




