後宮から
薄紅の絹がキラキラと揺れた。
頭頂部に高く結い上げられた曲げは細か細工と玉で飾られた歩揺で飾られ背に垂らした長い髪は精緻な文様を施した金環をいくつも使ってまとめられている。
金で作られた装身具をつけられるのは上級妃だけ。この後宮ただ一人の上級妃である 芍薬の妃はその場をぐるりと回った。
庭園を望む広場、広さは申し分がない今は風の気持ちのいい季節だ。後宮の庭園の花を眺めつつ歓談の場を作る。
「まず、卓を運び込んで、それから動線を確認する」
二十人ほどの女官が一礼すると所定の場所から卓と椅子をよろけながら運んできた。
重厚なつくりのそれは随分と重い。本来なら男手がいるが、後宮という場所柄、男の出入りは制限されている。
庭園と広場を隔てる手すりに軽くもたれかかり、妃はその仕事を見ていた。
「芍薬殿」
女官長が、名簿を手に現れる。
「何か変更はありませんでしょうか」
にっこりと笑っているが、その眼は油断ならない光を放っている。
「ないわ」
「茶菓の手配はすでに終わっております」
「そう、少し多めに頼んだけれど、ああ余ればそちらで適当に処分なさいな」
「ありがたき仰せにございます」
卓をいくつか並べる。
「少しあそこが狭いわ、動くときぶつかるかも、少し間を広げなさい」
卓の配置を確認しながら、並べ方を確認する。
「菓子を配るのに遅れてもダメだし、ぶつかって事故を起こすなんて言語道断、最初が肝心なのよ」
隙間を広げるために卓を手すりにつけるように命じる。
「庭園に背中を向ける形になったら花を愛でることもできないでしょう」
女官たちは無言で芍薬の妃の命令に従っている。
「芍薬殿、吾亦紅殿と菫殿がお手伝いすることはないかと」
「断りなさい、陛下のご命令なしに私の独断で決められることではないわ」
それから、卓の間を往復を繰り返し、別室のお茶を淹れる場所を確認する。
「芍薬殿、趙補佐官からの伝言でございます。信州の絹織物と、済州の貴金属細工を当日のお召しにと」
信州と済州は客人の帰還する途中で立ち寄る州だ。
「承知したと伝えなさい、どの組み合わせにするかはそちらに任せるわ」
芍薬の妃は小さくため息をつく。
「席次は最初に言っておいたようにね」
「はい、これでよろしいのですか?」
「騒ぎを起こさないようによ、よく言うでしょう、碁打ちと双六打ちは喧嘩しないって」
不意にいたずらっぽい笑みが芍薬の妃の唇に漏れた。
「過分に、私は聞いた覚えがありませんが」
「あら、でも当たっているのよ」
「頼んだお菓子の見本はもらってきた、見るだけ見たら、適当に処分なさい」
休憩時間に思いもよらず豪華なお菓子に真影は目を瞬かせた。
その場にそろっているのはもれなく二十歳前の少年の年頃ばかり、つまりほとんどがお試し受験で滑り込み合格者ばかりなのだ。
ニコニコと笑いながらお茶とお菓子を用意してくれるのは見覚えのないどこか上品な面持ちの中年女性だ。
「これ、余ったら適当に配れってお妃様からのお達しでね」
こんな豪勢なお菓子が余るのかと真影は宮廷という場所の計り知れなさに感じ入る。
とはいえ、お菓子に感動しているのは真影ぐらいだ、ほとんどがいいところのお坊ちゃんなので、お菓子ぐらいでは動じない。
むしろお妃様という単語に食いつき気味だ。
「やっぱり芍薬の方ですか?」
「ほかにいるわけないだろう」
どうやら後宮女官と思われるこの女性にとって下級妃達は妃のうちに入らないらしい。