温度差
夕方、王が渡ってきた。そして鶏頭を呼び寄せる。
ぽっちゃり気味の身体で、それでも軽やかに王のそばに寄っていく。
美蘭は掲げた袖越しにそれを眺めている。すぐ近くでぎりっと歯を食いしばる音がした。
百合が血走った目で鶏頭と王を見ていた。
王と鶏頭が立ち去った後、夕食を取ることになった。
普段は自室で食べるのだが、戦力外通告組はなんとなく広場に集まって食事をとる。
食事は常に冷めている。遅効性の毒を盛られた可能性を考えて、毒見をした後しばらく置いておくのだ。
どう考えても戦力外通告組をわざわざ毒殺する必要性はないよねと愚痴りながら食事をとった。
食材は結構贅沢なので本当にもったいない。それが全員の一致した意見だった。
部屋に戻ったら、なぜか王が先に来ていた。
「なんでいるんですか?」
食事をしながら雑談をしていた。それなりに時間はかかったのでその間に一戦交えたのかもしれないが、それでこの部屋に来るとかありか?
「ああ、鶏頭には食事に一服盛らせてもらった。適当に衣類を緩めてきたので相手をしたと思っているだろう」
ケロッとした顔で王は美蘭の椅子でくつろいでいる。
「入ってくるところを誰かに見られたり」
「心配するな、あそこから入った」
どうやら鶏頭の部屋の隠し扉から美蘭の部屋の隠し扉へ移動したらしい。
「なんか、鶏頭が哀れになってきました」
王の寵愛を受けたと、嬉々として王のそばに歩いて行った鶏頭、しかし王のその態度からすれば何の感慨も持っていない。
「それで、何をしていた?」
美蘭は帳簿を取り出した。
「こういう御用聞きの仕事っていうのは雑談でいろいろ聞きだせるんですが、始めたばかりなのでそれほどは」
注文を書き込むついでに聞きだした雑談はいまだ何もつながっていないブツ切れ状態のものだった。
「そういえば、玉蘭さんだけど、なんか勉強が好きみたいですね、そういうお仕事につけてあげればいいのに」
教養があるなら使わないなんて損だと美蘭は思っていたのでそのまま口に出す。
「睡蓮さんと百合さんが鶏頭さんに張り合ってにらみ合ってますが、これは想定の範囲内ですね」
「まったく、妃なんかになりたいものかな、王が死んだあとは妃には五通りの道しかないのに」
「それって?」
「まず、三つ選ばされる」
王は重々しく言う。
「それは短剣と盃と紐、いずれかを受け取るかを選ぶことになる」
意味が分からない美蘭が首をかしげていると、王は冷ややかに笑った。
「盃には毒酒に満たされていると言えばわかるか?」
美蘭は立ちくらみを起こしそうになった。
「つまり、殉死ですか」
だらだらと冷や汗を流しながら美蘭は尋ねる。
王はあっさりとうなずいた。
「次に二つ選ばされる、神殿か、離宮かだ」
「それは、お弔いのため神殿にこもれとかいう話ですか?」
「そう、死ぬまで」
五通りといわれたが、実際は自決か幽閉の二択しかないことになる。
「だから良心的な王は、死期が近づいてきたら、下級妃は適当に下賜してしまうな」
上級妃は下賜対象ではない。上級妃になってしまえば王より先に死なない限りその究極の選択を迫られることになるわけだ。
なるほど、確かに気が知れない。
美蘭はつくづく思った。
王は美蘭が持ってきた帳簿を確認している。
「それで、他の妃からの報酬だが」
「ああ、認めなくて結構ですよもともと本当の報酬を払っていただきたい方は別にいますものね」
美蘭が提示した報酬は各妃の持ち金を女官長に交渉して美蘭の分に回せというものだったが受け入れられるかは怪しいと思っていた。本来なら報酬が怪しい仕事など引き受けないが王という別口の報酬を払う存在がいたからこそ踏み切れた作戦だった。
「善処しよう」
王はため息をつく。
「後宮ってなんでこんなに金がかかるんだ」
あまりにも美蘭には理解が及びすぎる嘆きだった。




