仕事初日
見習いではあるが、制服は支給される。
薄い浅葱色の単衣を羽織って被り物をつける。
鏡に映せばやっぱり紛れ込んだ少女にしか見えない。
「いつまで見てんだよ、見てたって変わんねえよお前の顔は」
そう言いながら金武が鏡を覗き込んだ。
金武は名前の通り実家は部門の出だが、父親がやたらと息子を作ったため一人くらいは文官になれと学問所に放り込まれた。
金武は四人の中で一番背が高く、幼少のころからブドウの木ぞはできているので荒事に向いている。
二人並んでいると同い年には決して見えない。
「君たち、制服がうれしいのはわかるけれど、もうここは公共の場所だよ」
そう、二人をいさめたのは同じ見習の浅葱の制服を着たかなり年かさの男性だった。
合格者の年齢は多岐にわたる。
中には少ないながら、真影の父親ほどの年齢のものもいる。
目の前の男はそれよりはやや若い、おそらく三十代半ばというところだろうか。
「すいません」
素直に謝って二人洗面台のある水場から出た。
鏡があるのはここしかなく、同じようなことを考えた少年たちが後をついている。
二人はそそくさと待っているように言われた場所に進んだ。
最初に任されたのは書面の清書だった。
竹簡に記されたものを紙に清書する。
どうやら会議で議論があっちこっちに行ったものを読みやすく順を追って書き直すようにと言われた。
しょっぱなから難しいことをやらされる。
内容を熟読し、どれを先に書くか。十分に検討しなくてはならない。
筆を裏返し、筆の持ち手で何度か順番を考え直している。
他の三人はすらすらと筆を進めている。
どうやらただ書き写せばいい仕事だったらしい。
ついてないとため息をつきつつ、真影は最初の項目を書き進めた。
しばらくは筆を硯に落とす水音だけが聞こえてくる。
一度筆をおいて、墨をすりなおす。
墨をすっている間も項目の点検をやり続ける。
ようやく写し終えて、息をつくと、墨を乾かすために、一度物干しにつるした。
藍色の制服を着た官吏がやってきて、金武の書類を書類を覗き込みいきなり起こりつけた。
内容を聞いていると、どうやら金武も真影と同じことを命じられたが、金武は何も考えずそのまま丸写しをしていたらしい。
慌てて真影の干してある書類を見て軽く息をつく。
「こちらはよろしい、この書類は陛下もご覧になるかもしれないのだ、人の話は聞くように」
金武にそう釘を刺して、その管理は去っていった。
「見るかなあ」
いくらなんでも新人未満の研修生の書類が王にまで届くとは思えない。
真影の任されていたのも、官吏の備品に関する購入会議のものだ。
ねちねちと嫌味を言われた金武はしばらく落ち込んでいたが、真影のまとめた書類を見に立ち上がった。
「まとめなおしか」
「そういえば失敗してダメにした紙って、弁償って言ってたぞ」
圭樹がそう言うと、金武のもならず、真影の顔も凍り付いた。
紙は基本的に安くない、失敗し続けると、下手すれば給料が消える。
筆を握る手がフルフルと震えた。
「どうしてそんな」
「今の王は経費に厳しくて、こまごまとしたこともきっちりしてるらしいぞ」
真影はよく見ると、ずいぶん薄くなった竹簡を見た。
何度も削って使っているのだろう。書けるところが無くなるまで使い倒すつもりだ。
税金の無駄遣いをしないというのは庶民としては大変ありがたいが。
「そうだな、気を引き締めよう」
真影はまた新しい竹簡を手に取った。