思い出話
大振りの袋に入った野菜が重い。重い物を運ぶのは大変だが、今の美蘭にはうれしかった。
これでしばらくは食いつなげる。先は見えないなりに、一日一日を生き延びれば、何かが見えるかもしれない。どこかにたどり着けるかもしれない。
ほんの数年の間に荒れ果てた街で美蘭はいまだに希望を捨てていなかった。
そして、不意に足を止めた。
ほんの数日前、美蘭は世にも忌まわしいものを見つけてしまったのだ。
美蘭の見つけた遺体、それは美蘭が学校に通っていた時分から親しくしていた少女だった。
六花、それは彼女が兄弟の六番目の子供だったからと、腕の痣、六枚ある花弁の花の形をした特徴的な痣からつけられた名前だった。
目と閉じれば今も浮かんでくる。原形をとどめない顔、かつては愛らしいと言われていた顔が元だと到底信じられないほど変形してしまったその顔。
今でも思い出せば、軽く吐き気を催す。
美蘭は軽く首を振って、忌まわしい記憶を吹き飛ばそうとした。
そして再び、帰宅しようとした。
そして再び足が止まる。背中に背負った荷物を誰かがつかんだのだ。そのまま仰向けに引きずられそうになる。
とっさに身体の力を抜く。
美蘭が教えを受けた、軍人は身体に力を入れれば軽く、抜けば重く感じさせることができると教えてくれた。
相手がバランスを崩したのを見計らって、美蘭は態勢を低くする。
視界の端に感じた足を思いっきり蹴り飛ばした。
振り払うと、そのまま全速力で駆けた。
後を追ってくる。
悲鳴を上げれば呼吸が乱れ、帰って足が遅くなる。ましてやこんなご時世だ。悲鳴を上げても誰も来ない可能性も高い。
相手を巻くためにわざと狭い路地に逃げ込んだ。
小柄な美蘭なら相手が追ってこれない場所にもぐりこめるかもしれないからだ。
「死んで、たまるかってのよ」
美蘭は生きることにしがみついていた。手に持った野菜の包みをぎっちりと鷲掴みにしわき目も振らずに走る。
後を追ってくる。とっさにどこかの商店の乱雑に積まれた荷の影に身を隠そうとする。
足がもつれたのか追ってきた相手が、積み上げた荷にぶつかる。
極めて不安定な置き方をされていたその荷物はゆっくりと崩れ、追ってきた相手を押しつぶした。
荷崩れの音に寄ってきた小店員に美蘭は助け出された。
しかし追ってきた相手は既にこと切れていた。
「ひどい話ですよ、相手が死んだのは商店の下働きが、乱雑に積み上げていただけなのに、姉さんが崩したって、たぶん責任逃れに姉さんに罪を押し付けたんでしょうけど」
今思い出しても忌々しい、そんな顔で真影は話を終えた。
「とりあえず、その男は何だったんだ?」
「後で家探ししたら、数日前に殺された女の子の着物を隠し持っていたっていう話は聞きましたねえ」
少女専門の変態殺人鬼というのが、真影のご近所さんの共通認識だった。
「それで、お前の姉は無罪放免だったのか?」
「珍しく役人が来ましたけどね、それ以外の判断はつかなかったんですよ、まああれで姉さんを罪に問うほど無能はいなかったといいうことで」
真影はそう言ってお茶を一杯飲んだ。
聞くだけ聞いた、相手は無言でその場から立ち去った。




