浮かび上がる
ほぼ軟禁という扱いになっていても、外に出なければならない用事もある。
芍薬殿として、王宮内の神殿に儀式的な奉納をしなければならない日もあるのだ。
本来は正妃である牡丹の役目だが、牡丹が空位なので芍薬が行う。
美蘭は先導する神官と付き従う侍女に挟まれて、ずいぶんと歩くことになった。
顔を隠す長い羅の薄物を頭からすっぽりと覆い、団扇を口元においてさらに顔を隠す。
上級妃の顔を見ていい身分の者がいない場所ではこうするしきたりになっている。
視界が危ない、神官が赤い衣装を身にまとっているのでかろうじてそれを見ながらなんとか歩く。
神像がある場所に来ると、背後にいた女官が持っていた籠を持ってくるので、団扇を女官に渡し、籠を受け取る。
祝詞を聞きながら神像に籠を奉げる。
奉げ終わったら、美蘭は膝を織り、儀式が終わるまでその姿勢を保つ。
身体を微動だにさせないということは結構体力を使う。
この神殿には複数神像があり、数か月に一回ほどのペースでこうした奉納の日がある。
祝詞が終わり、ようやく立ち上がると、美蘭は心臓と、神官に一礼し、再び後宮に戻ることになる。
誰かに手を引いてもらいたい気分だが、歩幅を加減し、すり足で歩く。
視界の危ない状態ですたすた歩けばたちどころに転びそうだからだ。
慣例として、美蘭の通る道は人払いし、一部通行止めになっている。
そのため人通りはほとんどない。
ただ視線は感じる。おそらく物陰から物珍しげに観察されているのだろう。
「私は珍獣か」
小さな独り言だ、女官達も聞こえたとしても聞こえないふりをしてくれるだろう。
そんなことを思いながら歩いていくといきなり目の前を何かがよぎった。そのまま止まるタイミングを逃して美蘭は倒れた人間に躓いてひっくり返った。
「芍薬殿」
女官が慌てて美蘭を抱え起こす。
そして、美蘭を躓かせ、なおかつ美蘭の下敷きになった相手を睨みつけた。
「芍薬殿になんという無礼」
女官達がヒステリックに騒ぎ始める。
転んだはずみでずり落ちた羅を拾いながら、美蘭は状況を把握する。
物陰で、美蘭が歩くのを押し合いへし合いしながら見物していたところをバランスを崩して転倒、さらにその相手につまずいて美蘭も転倒したというところか。
羅を被り直しながら、美蘭は呆れた。
「今後、気を付けるように」
女官の手を借りて、立ち上がりつつ、美蘭はいまだ倒れた相手を見下ろしつつ言う。
どうやら立ち上がろうにもあまりな状況に硬直して、動けなくなったようだ。
「二度はない」
こんなことを二度繰り返すなら人として問題がありすぎる、王に話して是非首にしてもらおう。
そんなことを考えながら美蘭は再び後宮に還るために歩き始めようとした。
「生き延びた、甲斐があったな」
その言葉にびくりと肩を震わせた。その声に聞き覚えがあった。
多分、彼は自分を恨んでいるはずだ。声と言葉の内容から彼であると確信が持てる。
なんでこんな場所で。
美蘭はいに大きな石が詰まっているような心持になる。
不意に半ば忘れかけていた過去がよみがえる。
相手は自分を恨んでいた。恨まれる自覚はあった。しかしあの時自分の選択が待ち買っていたとは今も思っていない。




