奇跡の合格
ちょっと趣向を変えて中華風です。
上級官吏登用試験に合格した。
河真影は信じられないものを見る目で壁に貼られた合格者名簿を見つめていた。
たとえ合格順位が、下から数えたほうが早かったとしても合格は合格だ。
落ちる前提のお試し受験で受かるとは己の幸運が信じられない。
すぐそばに同じ学問所で学ぶ友人の名前が三つあった。
林圭樹、呉金武、高漢途、それぞれ顔を見合わせて、互いの頬を引っ張り合う。
「痛いな」
圭樹が呟く。そのほかのお試し受験の面々はやはり信じられない顔をして四人を見ていた。
そして、本番と受けた先輩が両手両足をついてうなだれていた。
「え、まさか先輩が落ちた」
四人が受かった以上に信じられない事態に受かったもの落ちたもの問わずそれぞれ顔を見合わせる。
むろん学問の成績は合格した四人よりはるかに優秀で、そのうえ、いろいろなところに合格するための根回しをしていたと豪語していたのだ。
よろよろと立ち上がり、先輩は官吏が詰めている官舎に突撃していった。
そして返り討ちになったのかさっきよりやつれて戻ってきた。
「いったい、何が?」
少年たちは恐れおののきながら、よろよろと立ち去っていく先輩の姿を見送っていた。
合格者は手続きをとって、王宮内で研修を行う日時を確認する。
筆記試験に受かったからといって、これで終わりではない。研修を受けてそのでき次第では落とされることも珍しくない。
まだまだこれからだ。
手続きを終えて真影は自宅へと帰る。
ほかの三人は王宮近くの上の土地だが、しがない下級官吏の息子である真影の自宅は少々離れている。
食材や雑貨を売る店が立ち並ぶ商店街を抜けた場所にある自宅へ向かう道すがら、近所のおばさんに声をかけられる。
「試験どうだった」
「受かったよ、それで研修でしばらくいないけど」
ぱあっとおばさんの顔が明るくなる。
真影の母親が死んだ後、何かと面倒を見てくれた血縁より親身なおばさんだ。
「よかったねえ、美蘭ちゃんもお嫁入りが決まったし、今までのことが嘘のようにいいことづくめじゃないか」
ははと真影は苦笑した。
同年代の人間に比べて、自分たち姉弟は苦労の多い人生を送っていると思う。
「なんかお祝い持ってくるね」
姉の嫁入りが決まった日も身内同然に涙ぐんでいたおばさんはそう言って足早にその場を立ち去った。
家に帰れば、仕事をさぼった父親がいた。
「父さん、仕事は?」
「いや、結果が気になって」
「合格したよ」
真影はそう言って父親に優しく語りかけた。
「このあたりの金貸しにちゃんと言っておいたからね、僕の名義で父さんが借金できないって、金が足りなくなったら一人で勝手に困っててね」
父親の顔色が変わる。
「本人の承諾なしに勝手に名義を使って借金するのは犯罪、仮にも官吏なら知っていて当然だよねえ」
真影は笑顔を崩さない。
「これから稼いだ金は自分一人で使っていいから、借金は自力で何とかしてね」
この父親のせいで要らん苦労をする羽目にと真影の心中は苦い。
「たく、ついてないよな、子供はみんな親不孝で、美蘭の旦那も婚資は雀の涙で」
父親に渡したのはその半額だ。もう半分はこっそり姉が真影に渡した。
父親には絶対話すなと念押しされた。
父親に渡した分はあっさり使い果たされている。
「これから研修でいないけど、自分で何とかしてね」
この金遣いの荒い父親のせいで、要らなない苦労を重ねてきたのだ。それも博打にはまって。
そしていそいそと真影は荷物をまとめ始めた。