ごうおん☆そうおん!『Go on and so on!』
ここにアップするのに、ルビとか直すので、読み返してますけど、恥ずかしいですね、これ。
go on and so onってに、あまり意味はありません。
そもそも、英文としては、かなりおかしいですから、これ。
語呂合わせと 継続(音にまみれながら、主人公たちが目的に向かって)と、その他諸々(その変化や諸問題)みたいな?日常の中の緊迫感みたいなのを表現しようと思って無理やり作り出した造語です。
轟音と騒音と「け●おん!」的な感じに2000年代後半アニメの萌え豚臭を表現したかったんですが、どうも色々考えすぎてから回りした悪い例のようです。
1.
ミサゴさんとレグバの次元を超えた無茶苦茶なバイパス手術から連休を挟んで1週間後の放課後、俺たちは部室にいた。5月の連休が明けて初めての部室はどことなく新鮮で懐かしくもあった。連休中に崑崙輪業でやった猛練習も楽しかったが、広い部室で演奏するのはやっぱり気分がいい。
調子よく5曲を立て続けに演奏して、軽い休憩を挟んでいた俺たちに、ヒナが部長らしく「みんな、ちょっと聞いて」と、手を上げた。
「えっと、うちのバンドが一次審査通りました」
ヒナのうれしそうな言葉に、ミズホがパチパチと手を鳴らす。カナエは無言。俺はミズホにつられて、何となく手を叩いた。
「あれ?反応薄いね」ヒナが、若干意外そうな顔をした。
コンテストには一次審査として動画審査があり、参加バンドはスタジオまたはライブ風景を録画したものを審査委員会に提出する。そこでふるいにかけられ、本戦に出場するバンドが選出される。審査員の基準を満たさないバンドは全て落とされるため、本戦がいきなり決勝戦だということもあるらしい。まぁ、さすがにそんなことはめったにないだろうが、町の楽器屋が開催するコンテストの基準としてはかなり厳しく、このコンテストがいわゆるお祭りではなく、かなりシビアな審査基準で開催されているプロコンテストに近いものだということがわかったのは、まさに、その一時審査用の動画を撮影しているときだった。
審査員の中に、俺も知ってる著名なアーティストがいることからもそれは伺える。
一次審査を通過した後は、本戦会場でトーナメント形式の予選を闘うことになる。予選は採点式なので、相手のバンドが見えない分まだ楽だが、決勝戦はバトルの形式が用いられる。バトルがどんなルールかというと、一般参加のオーディエンスが入ったハコの南端と北端にステージが一箇所づつ設けられていて、そのちょうど真ん中を白線で区切られ、その内側が自分の陣地となる。開始から制限時間の30分間を演奏して、終了の合図がなったときに、自分の陣地内にどれだけ客が残っているかで勝敗を決めるということだ。
つまり、オーディエンスを自分の陣地により多く集めたほうが勝ちという、シンプルで、わかりやすいルールだ。
俺たちが予選選考の動画を投稿したのは2週間前。期日ギリギリだ。前日まで曲目を必死に覚えていたという体たらくではあったが、ヒナとカナエのリズム隊は前よりも熟成されて凄さを増していたし、自慢じゃないが、俺のギターはレグバとの契約からずっと自分でも信じられないほど冴えまくってたし、ミズホの歌も最初に比べたら段違いでよくなっている。元々、リズム感が抜群の彼女は、俺のギターとのハーモニーで音を外すことは少なくなっていた。たまに外すけど、それがまた可愛くて余裕でアクセントとして通るレベルだった。
自惚れでもなんでもなく、一次審査に通らないはずはないと思っていた。
むしろ、ここで落ちるようなら最初から俺が入った意味なんてなかったってことだ。
「で、1つ、問題っていうか、確認されたことがあるんだけど」
ヒナはそういって、俺たちを見渡し、
「うちのバンド名だけど、どうしよう?時間もなかったから、あたし、何も考えずに『とある府立高校のけいおんぶ』ってどこかで聞いたような名前で出しちゃったから……審査員の人にこれで行くんですかって笑われちゃったんだけど」
そういって頭をかくヒナ。確かに、ラノベとマンガで似たようなのがあったな……。
「そういえば、まだ決めてなかったよね。曲の事とステージングの事で頭いっぱいで、それどころじゃなかった」
ミズホが頷くのに、カナエも同意する。俺もそうだった。ナスカワたちのライブを観て、演奏ももちろんだが、照明やスモーク、舞台セットといった小道具が、ライブにおいてどれほどの効果を持つかということを痛感させられた俺たちは、とにかく演奏と演出に力を入れすぎていた。当日は発火物以外の演出は許可されているので、色んな演出を試すのに必死で、正直、バンド名なんて頭の隅にすら置いてなかったのだ。
「それって、いつまでが期日なの?」ミズホの問いに、
「昨日電話かかってきて、変更するなら今日中に返事下さいだって。ちょっと無茶苦茶だと思ったけど、もう日がないから仕方ないもんね。それで放置してたあたしも悪いし。で、突然だけど、みんな何かアイデアある?」
「アイデアかぁ……」
といわれてもぱっと思いつかないな。中二病全開の名前なら思いつくんだけど……黙示録の四騎士とかじゃダメだろうな。
そのあたりは何も考えてなかったんだろう、みんなが急に黙り込む。
ふと、ミズホが口を開いた。
「あの、B・L・Kってどうかな?だって、このバンド名って、ナスカワ君たちと戦うためのものでしょ。だったら赤に対抗して、黒で。ちょっと安直かもしれないけど」
それを聞いたカナエが急に目を輝かせた。
「いいわね。B・L・K!特に、BLってところがいいわね。あたしは最高だと思う!」
俺とヒナは苦笑いで顔を見合わす。言いだしっぺのミズホまでが苦笑いを浮かべていた。
「じゃ、他に反対意見もないし、ミズホの案を採用します。ってことでいいかな?」
「もちろん!B・L・K最高ね。やる気出るわ。M・L・Kだったら、マジで落選確定ね!って感じで最悪だけど。うん、MLはダメ!」そういったのはもちろんカナエ。色々言いたいことはあったが、面倒は極力避けたいので俺は黙っていた。二人も苦笑いを浮かべたまま口を開くことはなかった。
「では、このコンテスト参加に限り、うちのバンド名はB・L・Kでいきます」
「……はい」
みんな何となく気のない返事ではあったが、カナエがとても満足そうにしていたので、それで決まった。【ボーイズラブフィーチャリングカナエ】の略とか言われたら俺もドン引きだけど、さすがにそれはないだろう。
「あたしの新兵器も黒だし、ちょうど良いかも」
ヒナが言うのに、「新兵器って?」思わず聞き返す。
「えっとね。まだ秘密。当日には確実に手元にあるからそのときまでお楽しみ。でも、お陰でお店の手伝いで貯めたお金、全部なくなっちゃった」
ヒナが少し寂しそうにうなだれた。
そう聞く俺のほうも着々と当日の準備を進めている。この数日、そのために読みふけっていた本やサイトのことが頭に浮かんだ。今はまだ言わないけど。
とにかく、自分の出来ることを全力でやる。後悔は残したくない。
そのとき、じっと俺を見つめる視線に気づいた。
思わずそちらを振り返ると、俺の視線に気づいたミズホが慌ててそっぽを向く。
実は、彼女が俺を見つめていることは今回が初めてじゃない。あの無茶なバイパス手術から、こんなことは何度かあった。最初は俺の勘違いかもと思ったが、連休中は一緒にいる時間が長かっただけに、鈍感な俺でもさすがに気づいた。引っ込み思案の彼女を問い詰めるつもりもないのでずっと放置していたが、さすがにもう1週間だ。もしかしたら、ミズホって俺の事好きなのかな?なんて、恥ずかしい勘違いをしたくなるってもんだ。それは、多分ないだろうけど。
あっても、困るんだよな……そう考えると、やっぱり、悲しかった。考えないようにしてはいたけれど。
「じゃ、そろそろ再開しよっか」
バンド名が決まってからひときわ元気になったカナエの言葉に、暗い気持ちが少し霧散した。
いつものように部活動が終わった7時過ぎ。今日はヒナがキジエさんの用事に付き合うというので、崑崙輪業での練習はない。
時間が押していたのか、慌てて部室を抜け出すヒナを追いかけてカナエも部室を出て行くのを、軽く手をふりながら見送った後、じゃ、俺たちもそろそろ――と立ち上がった直後、
クラッと来た。立ちくらみだ。慌ててアンプにしがみつこうとした俺の身体を誰かが支えていることに気づいた。
「アキラ君!大丈夫?」
心配そうな表情を浮かべていたのは、ミズホだった。
「ありがとう」とお礼を言うと、彼女は何故か悲しそうに頭を振る。
「さすがにちょっと疲れがたまってきたかな。ここ連日連夜、ずっと練習漬けだったし」
確かにそれもあった。夜まで練習して、家帰ってメシを食った後は、ひたすら練習と当日の準備。疲れは確実にたまっていた。だが、それ以上に、一日ごとに命が磨り減っている俺の身体は相当に参っていた。いくらレグバとミサゴさんの応急処置があったとはいえ、食欲は自分でわかるほど落ちていたし、夢の中で何度もヘルハウンドに襲われて、夜中に汗びっしょりで何度も起きる生活が続いている。顔色の悪さを隠すために、オフクロのチークを薄く塗っていたほどだ。
「アキラ君、私、話があるの」
悲しそうな顔で俺を見つめるミズホ。さすがにこの顔じゃ告白はありえないなと少し残念な気分になる。だが、それ以上に、ミズホのこんな顔を見たくなかった。練習もうまくいっている、準備も整ってきている。
なのに、何でこんな顔をするんだろう。俺は、みんなの嬉しい顔しか見たくないのに。
「どうした?」
俺は精一杯明るい声でこたえた。
「あの……」そこまで言いかけると、一旦目をそらす。それから俺の瞳を見返し、
「アキラ君、何か私に隠してない?」
心臓をわし掴みされたような感覚に、俺は思わずミズホから目をそらしてしまう。俺の心の底まで覗き込んできそうな、純粋でまっすぐでそれでいてどこか悲しそうな瞳。当たり前だが、ミズホの瞳だった。
レグバが何も言ってなければ、ミズホは何も知らないはずだ。彼女には絶対に知られていないと信じた。信じ込んだ。だが、彼女の目をまっすぐ見られなかった本当の理由……ずっと俺の心の底に重たく横たわっているもの――俺は、それを指摘されるのが怖かった。
それは、恐怖という感情だった。
言いたいことはたくさんある。当たり前だ。俺はただの高校生だ。未来にまだ明るい展望もある、普通の男だ。目の前の少女に抱きついて今すぐキスしたいと思ってるようなごく普通の下らない男だ。
死を目の前にして、怖くないわけないじゃないか。
いつだって、死に対する恐怖はずっと持っていた。だが、必死でそれを押し殺していた。押し殺していれば、やがて麻痺して、受け入れてしまう。繰り返してきた転校への不満も、ずっと友達が出来ない寂しさも、強がっていたら少しづつなくなっていった。
麻痺することが強くなることなのだと、心のどこかでずっと思っていた。
でも、ミズホたちと仲良くなって、バンドをやって、学校が楽しくなればなるほど、みんなと一緒にいたいと思えるようになるほど、みんなを喜ばせたいという気持ちと比例して、死にたくないって気持ちも大きくなっていた。それは、いつもみたいに霧散したりしなかった。
でも、それを言ってどうなる?どうしようもない。今になって死にたくないって叫ぶのか?心のどこかで後悔してるなんて言うのか?
ミズホの前でも氷室さんの前でもレグバの前でも散々カッコつけた挙句、本当は、契約の期日が来るのが怖くてたまらないって言うのか?
多分、ギリギリで保っている俺の正気は、ミズホの手が差し伸べられた瞬間、崩れてしまう。だが、目の前の優しくて美しい瞳を持つ少女に抱きついて、慰められたいと心の底から思ってしまう俺もまた、そこにいた。
俺は……。
「何もないよ。ごめんな、心配かけて。大丈夫だ」
必死で笑顔を浮かべてミズホの両肩に軽く手を乗せた後、彼女が男性恐怖症であることを思い出して手が硬直したが、彼女は嫌がらなかった。だが、笑顔を返すこともなく、俺の顔を悲しそうに見つめたあと、俯く。
「大丈夫か?送っていくよ」俺が言うのに、
「ううん。ごめん、私、先に帰るね」
あ――俺が返事を言う前に、ミズホはカバンを掴んで小走りに扉を抜けていった。
その目に光るものが見えたような気がした。でも、きっと俺の気のせいだ。
俺は、次の日も、その次の日もミズホに何も聞けなかった。そして、彼女も俺に話しかけてくることはなかった。俺たちの音楽は日毎に強い満潮を生み出しているのに、俺とミズホの心は引潮のようにだんだん離れて行っているような気がした。レグバの姿もあれからずっと見ていない。
バンドとしての完成度が高まっていくのとは逆に、俺の心には空虚な穴がボコボコ空いていく。
寂しかった。レグバの声が聞きたかった。ミズホの笑顔をもっと見たかった。
そして、俺は彼女に話しかけられないまま、その日を迎えた。
2.
5月31日。
朝の5時にはすでに目が覚めていた。いや、眠れなかったというべきだ。死刑囚もそうなんだろうか……。死の前日は眠れるものなんだろうか?疲労が蓄積していてこんなに身体はしんどいのに、俺の目は痛いほどにさえている。
差し込んでくる強烈な朝日が不快だった。弱りきった身体には毒だ。吸血鬼の気持ちが少しわかるような気がした。
泣いても笑っても今日で最後。思い残すことは嫌というほどあるが、今の俺は、使命感だけで生きているといっても過言じゃない。今日のコンテストで勝つ。それ以外考えなかったし、考える余力もなかった。
俺は、昨晩、親宛に書いた遺書を封筒に入れて、机の引き出しの奥にしまった。そこには契約のことやレグバのことは一切書いていない。俺が死んだ後にオフクロたちを悲しませるかも知れないと思うと気が引けたが、せめて、今まで育ててもらったお礼をしておこうと、感謝の言葉を書き連ねただけだ。
封を閉じた後、もう少し国語の勉強をしておくべきだったな。と、少し後悔した。
大して物がない部屋の大掃除は一昨日終わらせた。要らないと思ったものを捨てていったら、ほとんど何も残らなかった。あれだけ夢中になった中二病全開のマンガやラノベも、いざ自分がその立場に立つと、心の底からバカバカしくなって全部捨てた。ただ、今まで買ったCDと音楽誌の山はさすがに捨てられず、ビニール紐で縛って押入れの中にそっとしまった。
俺は目を覚ますために風呂に入って熱いシャワーを時間をかけて浴びる。食欲はまったくといっていいほど湧かず、2日前からほとんど何も食っていないせいもあって、体温がぜんぜん上がらないのも理由の1つだった。
身体を拭いて髪を乾かした後、親父とオフクロの寝室へ行った。
4日前から二人ともいなかった。2ヶ月前に俺がレグバと契約したあの日に親父が行っていた山奥の現場で再びトラブルが発生していて、親父もオフクロも山の中にいる。
俺は、誰もいない寝室の真ん中で頭を下げた。
実際のところ、寂しさよりも、ありがたさが勝っていた。今、目の前にオフクロと親父がいたら、俺は多分、心が折れているだろう。
俺はダイニングに移動する。固形物は喉を通りそうになかったので、コーヒーを濃い目に沸かし、バターとハチミツをたっぷりと溶かし込んで、噛み締めるようにゆっくりと飲む。熱くて黒い液体がのどを焼いて腹に落ち、重く染み渡った。以前買い込んだ滋養強壮剤を2本飲むとようやく体温が上がってくる。胃痛を抑えるために胃腸薬を口内に放り込んで、水で流し込んだ。
その後、ギターをラックから取り出し、弦をすべて張り替えていく。2日前に張り替えた弦が本番中に切れるとは思わないが、今日は絶対に失敗できないから、万全は尽くしたい。
全ての準備が整って、ベッドの上で深呼吸していると、机の上に置いた携帯がブルブル震えた。液晶に映ったヒナの名前に俺は携帯を掴む。
『着いたよ。今、マンションの前』
慌てて、全ての道具が入ったカバンとギターケースを担いで、家を出る。
俺はその間、一度も振り向かなかった。余計な感傷は持ちたくなかった。
崑崙輪業の社用車――パッショネイトオレンジに黒のセンターラインという派手な外見の古いアメリカ製のワゴン――にはすでにヒナとカナエが乗っていた。
「おはよう」挨拶してくるヒナ。カナエがいつものようにボソリと挨拶してくるのに、「おはよう」と返す。
「いよいよ今日が本番だな。アキラ、いいギター弾けよ」
運転席のキジエさんが言うのに、「ええ。命がけで弾きますよ」とこたえていた。これが俺の最後のプレイだ。言葉通り、全身全霊、全てをかけてプレイするつもりだった。
途中の駅前で車を止めてミズホを拾う。俺の挨拶にも、彼女は軽く頷いて返しただけで、何も会話がなかった。それを気にしたのかヒナが、
「ミズホ、今日は頑張ろうね。練習の成果を見せて、ナスカワ君たちをギャフンといわせよう!」
その言葉にも、うん……と軽く返したきり、黙り込むミズホ。てっきり、カナエかキジエさんが何かを言ってくるかと思ったが、二人とも何も言わなかった。何となく車内に重い空気が立ち込めたまま、車は会場前に着いた。
会場は、学校の裏山近くにある府立体育館。民家がまったく建っていない割には交通の便がいいということで選ばれたんだろう。確かに、ここならいくら大きな音を出しても文句は言われなさそうだ。
受付を済まして会場に入ると、目の前のホワイトボードにトーナメント表が貼ってあったが、出場するバンド名が記入されておらず、6つの空欄があっただけだった。
ルージュで武装した唇がちょっとエッチな受付のお姉さんに事情を聞くと、これからクジ引きで決めるのだという。せわしないシステムだと思ったが、当日に対戦相手がわかるほうがオーディエンスの反応がいいらしい。当然のことなのかも知れないが、このコンテストが審査員基準じゃなくてオーディエンス基準であることに少し感心していた。ある意味、とても実戦的なコンテストだ。
6バンドが参加ということは、運がよければ二戦目は不戦勝で抜けられる。今の身体の状態を考えると、正直、そうしたかった。
その後、俺は控え室へ入り、ケースから楽器とエフェクターを取り出した。ヒナとカナエとミズホは楽器を置いてすぐに席をはずしてしまったので、若干手持ち無沙汰になった俺は今日の対戦相手たちを見渡す。
鏡の前に貼りついてメイクに余念のない奴、ジュースを片手に何やらブツブツつぶやいている奴、前腕をもみほぐしている奴、そのほとんどが表情に緊張の色を浮かべていた。
その時、入り口近くにケバケバしい真っ赤なハードケースが立てかけてあるのに気づいた。文字か絵かわからないような派手な書体で《R.E.D.》と書いてある。すぐにナスカワのギターだとわかって、俺は周囲を見回した。
ナスカワの姿は見えなかったが、銀髪をツインテールにたらした真っ白なドレスの人形みたいな少女と目が合い、すぐにそれが氷室さんだとわかった。彼女も俺に気づいたようで、笑顔で近づいてくる。
「こんにちは、お久しぶり」
氷室さんは笑顔を浮かべたまま頭を軽く下げた。彼女も俺と同様、相手が予選を勝ち抜いてくるのを確信していたのか、祝福の言葉はない。それが、彼女なりの信頼であるような気がして、俺は何となく嬉しくなり、思わず微笑みながら頭を下げた。
「こんにちは。先日は遅くまで迷惑をかけてごめん」
「いいわよ。迷惑だなんて思ってないから。あんな時間に年の近い男性とお茶を飲むなんて初めてだったから、ちょっとドキドキしたわ」
氷室さんは少し照れたようにはにかんだ後、寂しそうな表情になり、
「でも、話の内容はこころ弾むものじゃなかったけれど……」そう言って、俯く。
今度は……と言いかけて、俺は黙る。そう、今度はない。続く言葉が見つからなかった。彼女もそうだったかもしれない。空っぽの胃袋がチクチク痛んだ。
それから、氷室さんは俺の顔をじっと見つめ、
「やっぱり、ずいぶんと憔悴しているわね。演奏……できるの?」心配そうに表情を曇らせた。
「ああ、多分……大丈夫だ」
本当は、自信なんて欠片もなかったが、俺をライバルだと認めてくれた彼女に対する精一杯の強がりだった。
俺の心中を悟ったかどうかはわからないが、彼女は少し考え込むように俯き、再び上品な笑顔を浮かべ、
「大丈夫。あなたたち、2回戦は不戦勝になるわ。初戦と決勝だけに集中して」
不思議に思い、「どうしてそんなことがわかるんだ?」と聞く。
氷室さんは、クスッと鼻を鳴らし、
「だって、私も兄もタタラもあなたたちとは決勝戦で当たりたいと思ってるんだもの。私たちの願いはサラスバティの願い。あなたたちの願いはレグバの願い。音楽の神様と門の精霊があなたたちを決勝戦に導きたがってるのよ。それがどういうことだかわかるでしょ?」
そういうと、鈴の音みたいな声を上げて笑った。
「じゃ、決勝戦で待ってるから」
再び手を上げて、控え室の扉を開けて外に出て行く彼女を見送った後、俺の脳裏にある顔が思い浮かんだ。
レグバ……ミズホの身体に紫の目を光らせる少女。氷室さんの口からその名前を聞いて、俺は猛烈にレグバに会いたくなった。あの口の悪い妙な悪魔娘に。
これが最後かもしれないんだ。会おう。そう決意して、ドアのノブを掴もうとしたその瞬間、
バタン!と、扉が開いて、部屋に飛び込んできたのはヒナとカナエ。
二人は俺の顔を見ると、一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうに微笑み、
「おにいちゃん!ラッキーだよ。あたしたちの組、勝利バンドは二回戦不戦勝でそのまま決勝まで行けるって!」
「え?」
まさか……でも、本当に氷室さんの言うとおりになった。驚きで呆然とする俺に、
「だから、今、カナエと二人でクジ引いてきたんだってば。おにいちゃんもミズホもふさぎ込んじゃってて、話しかけづらかったし、悪いとは思ったけどあたしたち二人だけで行ってきたんだよ」
別に悪くないよ。むしろ、今の俺とミズホじゃクジ運を落とすだけだ。死を目前にした男と、悪魔にとり憑かれた女だぞ。
心中で笑えない冗談を言う俺に、ヒナは急に寂しそうな顔を向け、
「ねぇ……一体どうしちゃったの?ミズホとおにいちゃん、なんか、2週間ほど前から変だよ。二人とも必要なこと以外全然話さないし。音はすごく良くなってきてたから、コンテスト前でナーバスになっているのかなって思ってあたしもカナエもあえて言わなかったけど、今日、車の中でミズホの様子見てて確信したんだ、何かあったって」
そこまで言ってから、ヒナは俺の顔をまじまじと見つめ、
「おにいちゃん、前から思ってたけど、すっごく痩せたね。やっぱり、ミズホとのことと関係があるの?」
体調が悪いの、ばれてたんだな。毎日顔を合わせているから、逆に気づかれないと思ってたが、そんなことなかったな。俺はヒナとカナエを見くびっていたらしい。ごめん。
そして、気づいてくれてありがとう。素直に嬉しかった。この世の未練がまた増えたな。
だが、コイツは墓場まで持っていかなきゃならない話だ。それが、ナイト・オブ・ホワイトナイトの……いいや、結城瑛の、最後の意地だ。
「ちょっと、色々あってな。今から仲直りしに行こうって思ってたんだ」
自分でどんな顔をしていたのかはわからない。だが、ヒナは微笑んで、
「待ってるから。ミズホ、ちゃんと連れて来てね」
そういって、ウィンクした。
「あたしとヒナは完璧なコンビだから、アキラとミズホも完璧なコンビでいてもらわないと困る。だから、元の二人に戻ってきて」
カナエが微笑を浮かべていた。それを見て、俺は、
「そうか……小谷沢の気持ちがわかるな」
思ったことがそのまま口から漏れていた。
「え?」カナエが怪訝な表情を浮かべるのに、なんでもないと笑ってごまかす。
「とにかく、そろそろ準備しないといけないから、なるべく早く連れて帰ってきてね」
ヒナがそういって微笑む。
「ああ!任せてくれ」
レグバとミズホ、二人とも連れて帰ってくるさ。
思わず胸を叩いて、俺は、部屋を出た。
3.
体育館前の受付には、今日のお客さん――一般参加のオーディエンス――が、すでに何人かいた。その様子を横目で見ながらミズホの姿を探して、たどり着いたのは、会場裏、機材がぎっしり載った10トントラックが数台停車している広い駐車場の一角。
そこに紫と茶のオッドアイの少女が、フェンスに背中を預け暗い顔のまま俯いている。間違いなくミズホだ。
「ミズホ」
俺が声をかけると、ミズホは一瞬俺を見上げ、また俯く。見上げたときに俺の目を見る彼女の瞳には、はっきりと悲しみと困惑の色が宿っていた。
「そろそろ準備しよう。まだ時間はあるけど、言ってる間に出番が来る」
「わかってる……」
俯いたままそう言う彼女に、
「じゃ、行こうぜ。ヒナもカナエも準備に取り掛かってる」
ミズホは俺の微笑みをしばらく見つめた後、再び俯いて、
「アキラ君、このあいだは言い損ねたけど、私、今日こそはちゃんとアキラ君に話をしようと思ってたの。今、いいタイミングだから、話してもいい?」
「……ああ。構わない」
もう、逃げる気はない。
「私……調べたの、レグバちゃんの事。彼女が寝ているとき、インターネットとか、本で」
そうか……やっぱりそうだったんだな。俺の心中を悟ったかどうかわからないが、彼女は次の句を次ぐ。
「あの日……アキラ君がやっていたの、クロスロード伝説の儀式って言うんだね。最初、冗談かと思った。でも、私の中にレグバちゃんは確実にいるし、アキラ君の左手だって……」
…………。ミズホは何も言えないままの俺の瞳を強く見返してくる。
「左手を折った人があんなすごいギターを弾けるようになるのに、その見返りが何もないなんて、どう考えたっておかしいもんね。ずっとそう思ってた。でも、怖くて聞けなかった。だって、あれは私のせいだもの」
「別に……ミズホのせいじゃないよ」
さすがに、口元に笑みを結ぶことは出来なかった。前にもこんなやり取りをした。が、あのときとは違う。ミズホは……全部知っている。もう嘘はつけない。
「ううん、私のせい。私が臆病だったから。あの時、アキラ君と一緒に帰っていれば、状況は変わっていたと思う。だから、私のせい。私が、アキラ君を死なせてしまう。今日、ここで」
何かを必死にこらえて、悲痛な表情を浮かべながらも、その言葉によどみはない。俺と今日、この話をするのに、強い覚悟をしてきたんだろう。引っ込み思案で時に吃音すら混じるいつものミズホからは考えられないほど、はっきりとした口調だった。
「クロスロード伝説は……俺が昔からあこがれていた伝説なんだ。その入り口に立ったのがたまたまあの日っだっただけだよ。ミズホのせいじゃない。たとえ、左手が折れていなくても、俺はバカだから、知ればいつか同じことをしていたさ」
今となっては、わからないけれど。あの日の俺が思いつめていたのは事実だから。
「ううん、アキラ君はそこまでバカな人じゃないよ。だって、そんなバカな人なら、ヒナちゃんやカナエちゃんやキジエさんや、そして、あの氷室さんが心を許すはずないもの」
ミズホはうつむいて、「私だって……」小さな声で何かをつぶやいたが、俺にはその先の言葉がよく聞こえなかった。
「あのな、ミズホ」
涙をいっぱいに浮かべた大きな瞳が俺を見る。
「俺がバカかどうかは置いといて、クロスロードの伝説がなければ、俺がギターを続けていることはなかったんだよ。それはマジなんだ。つまり、あの伝説を知らなければ、ミズホやカナエには会えなかったんだ。それだけじゃない。ヒナや他の連中とも仲良くなっていなかっただろうな。俺は心を閉ざしたまま、いつものように自分の世界以外を遮断して、ヤドカリみたいになっていただけさ。こんな気持ちになることは絶対になかった。人生のうちで、自分以外の誰かの為に命を懸けてもいいと思うことなんて、そうはないと思う。俺は、ここで、ヒナやカナエやキジエさんや、そして、ミズホやレグバに会えて、こんな気持ちになれた。すごく嬉しいんだよ、マジで」
――そう。ありがたいと思ってる。だって、自分の損得勘定だけで生きるなんてあまりにもつまらないじゃないか。俺は、少なくとも、命を張ってもいいと思える理由が自分以外のところにあるんだ。それって、すごく幸せなことだと、今だからこそ思う。
「死ぬのは怖いさ。だけどな、人間、いつかは死ぬ。こんな気持ちにならないまま一生を過ごす奴だってたくさんいる。そういう奴らからすれば、滅茶苦茶恵まれているって俺は思ってるんだよ。だから、そういう言い方はしないで欲しい」
俺は、ミズホの肩を軽く掴んでいた。この前と一緒で、彼女はそれを拒否しなかった。でも、この前と彼女の心境は違うように思った。
「だから、感謝してるんだよ……本当にありがとうな、ミズホ」
ミズホの瞳を覆っていた涙が表面張力の限界を超えた。頬を伝うそれを見ながら、俺は次の言葉を継ごうとする。言いたいことは山ほどある。でも、その次に言いたかった言葉は俺の口から自然にこぼれていた。
「そして、ありがとう、レグバ。最初の頃は、とんでもない化物と契約をしたと思っていたけど、その言葉はおまえには似合ってないよ。なんていうか、俺にとっておまえは俺に幸せになるきっかけをくれた、ただの女の子だよ」
思わず飛び出した本音に自分でも赤面しているのがわかって、俺は思わずミズホから目をそらした。
そのとき、ミズホの両肩においていた手の感覚がなくなった。あまりの恥ずかしいセリフに逃げられたと思ったその直後、彼女の身体が俺の胸の中に飛び込んできた。
背中に巻きついてくる腕の感触に体中の血液が激しく脈動するのが自分でもわかる。朝はあんなに元気がなかった心臓がこれ以上ないくらい激しく鼓動していた。
「……やだ」
かすれたようなその声は、俺の胸元から聞こえた。
「死ぬとか言っちゃやだ……」
声の主がミズホなのかレグバなのか判断はつかない。俺はただ、胸の中の暖かくてやわらかい感触に頭の中が空っぽになっていた。
どれくらいの時間がたったのかはわからない。抱きしめ返すかどうか躊躇していた俺の胸を突然ぐいと押して、俺を見上げてきた顔があった。
「はい、サービス終了」
そこにあったのは、少し邪悪で、やたら可愛い笑顔。
「サービスって……ひでぇ言葉だな。おまえの声久しぶりに聞くのにマジでへこむよ。せっかく褒めたのに」
でも、柔らくて気持ちよかった……。とは言わない。
「悪魔に対して今のセリフは褒め言葉じゃないわよ。ただの女の子と一緒にされては困るわね」
そういってニヤリと笑うレグバ。まったく……。
「じゃ、そろそろ行きましょうか、アキラ。今日は絶対勝つんだから」
俺の手を掴んで会場内に戻ろうとする背中に、
「ああ」
飛び出したのは、自分でも驚くほど元気な声だった。




