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R.E.D. Raving Excutioner's Dolls

色々突っ込みどころありますが、堪忍してください。

BLとMLの対立は、腐女子、いや、貴腐人暦20年以上の古強者のおばさんたち(失礼)の会話から着想を得た話です。当時、タ●バニのこ●つに入れあげて「オッサン萌え」とかほざいてるやつは何もわかってないニワカ云々、あれはオッサンというカテに入ってない云々という今思い出してもかなりヤヴァイ内容の話を聞いて、ドン引きしながら大笑いしていました。

婦女子の世界にも、萌え豚の世界同様、水面下では色々あるようです。

あ、因みに、あるキャラクターは、あのエロゲのあの人がモデルです(笑)

 

 俺は、真っ暗な道を必死で走っていた。

 ――ハッハッ……ハッ……ハッハッハッ

 耳元で獣の荒い息が聞こえる。それも一つじゃなく、明らかに複数の息遣い。

 死に物狂いで走るも、その吐息はピッタリと俺の耳元に寄り添うようにつきまとう。

 止まって振り向いた瞬間、そいつらは俺の喉笛めがけて一気に食いついてくる。そんな確信があった。

 俺は恐怖を必死に押さえ込んで走る。だが、足はもつれ、言う事を聞かなくなってくる。

 肺が焼け付き、心臓が爆発しそうだった。苦しくて涙がボロボロこぼれた。

 口の中は水分を失って割れてしまいそうだ。

 もつれた足が地面を捉えきれずに引っかかり俺はその場に勢いよく転んだ。

 必死に立ち上がろうとするも、もう足に力が入らない。

 思わず後ろを振り向いた俺の顔に、ボトリ。と水滴が落ちた。

 赤い口蓋の内側に生えた2本の長い犬歯がダラダラと涎をこぼしていた。


 わぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!

 

 俺は布団から飛び起きて、周囲を見渡す。

 朝日が窓から入り込んでいた。スズメの鳴き声が聞こえる。

 夢だと気づいた瞬間、体中の力が抜けて、そのまま布団にくずれた。

 汗まみれになったTシャツが不快で仕方なかった。

 心臓に痛みを感じて、思わず胸を押さえる。心臓の一部を食いちぎられたような感覚があった。思わず胸の上にある左手を見つめる。昨日まで怪我していたのが嘘みたいに感じた。

 俺は、クロスロードの伝説を何となく頭の中で反芻する。

 ――契約者は、死ぬまで地獄(ヘル)(ハウンド)に追い回され、少しずつ、その命を食いちぎられていく。

 本当に契約してしまったんだな……改めて実感が湧いてきた。

 これから死ぬまで毎晩、自分の命が食いちぎられていく感覚を味わっていく……自分で選んだこととはいえ、そう思うとやはり憂鬱だった。

 ため息が自然に漏れていた。

 今日は土曜日で学校は休みだ。疲れが抜け切れなかったが、布団を畳み、姿の見えなかったキジエさんとミサゴさんにかわって、泊めてもらった礼をヒナに告げた。

 ヒナは気にした様子もなく、いいよ~。と、いつもの笑顔で返してくれた。その笑顔に安心して、一旦、自宅のマンションに戻った。

 誰もいない家でゆっくりとシャワーを浴びてから、一息ついた俺は、ヒナに電話をする。

『もしもし。おにいちゃん?どうしたの?』

『ああ。今日の予定を聞いとこうと思ってな』

『今日の予定って……またうち来る?家の用事とか大変だろうし、もしよかったら、おばさん達が帰ってくるまでうちにいても別に構わないよ』

『そんなの、いつものことだから、別にいいよ。そういうことじゃなくて、今日、R.E.D.のライブ行くんだろ?』

『え?』

 吃驚した声。

『ライブって……おにいちゃん、それどころじゃないでしょ?』

『いや。左手も何とかなりそうだし、ミズホやカナエの都合が付くなら、活動を再開したいんだ』

 そのために契約したんだ。行動するのが早いにこしたことはない。

『本気なの?っていうか、左手本当に大丈夫なの?あたし、ミサゴ兄ぃには悪いけど、おにいちゃんの左手の話、いまだに信じられないんだけど。確かにミサゴ兄ぃの周囲には、変な人が一杯いるけど、いくらなんでも治るの早すぎるよ、魔法じゃあるまいし……まさか、変なお薬飲まされて痛みが麻痺してるとか、そんな話じゃないよね?』

 疑いと心配が半々で混じったような声。

『ミサゴさんをもうちょっと信用しろよ。大丈夫だ。ちゃんと動くし、ギターも弾ける。あの人には、本当に感謝してるよ』

 そう、俺に仕切りなおしのチャンスをくれたからな。

『でも……』

『おにいちゃん二人を信用できないのか?実兄と義兄だぞ。Kが2つで「完全」で「完璧」だ』

 俺がそういって笑うと、受話器の向こうから、クスッと声が漏れた。

『あはは……もう。何おじさんみたいなこといってるの、おにいちゃんってば』

『本当に、大丈夫だから。それよりも、俺はライブに行きたいんだよ。ダメか?』

 考え込むように沈黙した後、

『わかった。とりあえず、カナエの方は大丈夫だと思うけど、ミズホの方が……』

『そっちは俺に任せてくれ。俺が話をする。ちょっと気になることもあるんだ』

 レグバとの事もあるしな……今は、俺が話したほうがいいだろう。

『わかった。じゃ、そっちの方が決まり次第連絡して』

 俺は、ヒナからミズホの携帯番号を聞いてから、電話を切った。

 さて、いざ、ミズホに電話するとなると緊張する。ましてや、本人から番号を聞いたわけではないからな。必要な事とはいえ、若干躊躇しながら、俺はヒナから聞いた電話番号をダイヤルした。

 プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……

 7回目の呼び出し音の後、

『……もしもし?』訝しがるミズホの声。

『あ、こんにちは。結城です。えっと、アキラです』

『あ、アキラ君?』パッと声色から警戒の色が抜けた。

『ごめん、突然電話して。ヒナから番号聞いたんだよ。昨日の事もあるし、どうしても二人で話をしたくてさ』

『ううん、いいの。私も同じ事考えてたから……』

『あの……なんていうか、変な話だけど、昨日は巻き込んでしまってごめん。謝ってすむ問題じゃないけど、俺にできることなら何でもするから、許してくれないか?』

『ううん……全然怒ってないよ。なんていうか、アキラ君のせいじゃないから。私にだって責任があるから、そのことはもういいの。昨日の話は現場にいた私自身、いまだに信じられないけど、自分の中にもう一人誰かがいる感覚はあるし、昨日から私の中にいる【彼女】と何度か話をして、それが私の妄想でもなんでもないことは理解しているから。でも、一つだけ言わせて』

『ああ』

『アキラ君、助けてもらった私が言う事じゃないけれど、レグバちゃんの力を借りてまで左手を何とかしようとするなんて、メチャクチャだよ。夜中にあんなところで、得体の知れない儀式まで行って……部活の事もコンテストの事も、アキラ君がそこまで気にすることはないんだよ。アキラ君に何かあったら、ヒナちゃんもカナエちゃんも……』

 そこまで言って躊躇うミズホ。深い呼吸音が聞こえた後、

『私だって、すごく悲しいんだから!』

 耳に飛び込んだ感情の塊に、俺は何も言えなくなる。

『左手はいつかちゃんと治るじゃない。せっかくバンドを一緒に出来る仲間が出来たのに、あんな無茶しないで』

『……すまなかった。以後気をつけるよ』

 ……有難い言葉だったし、嬉しくもあったが、以後はない。以後はないんだ。

 嘘をついている罪悪感とミズホの気持ちに泥を塗っているやるせない気持ちが胸のうちに広がっていく。だが――

 

――俺みたいな中二病ってのは個人差はあれど、たいていの場合、何も出来ない弱い自分自身に不満を抱えている。そんな奴が、その弱さから脱却するチャンスを与えられたら、無視しきれるわけがない。そして、俺は、命と引き換えにしても、強く、すごい存在になりたかった。その力で自分の大事なものを守りたいからだ。でも、そんなこといちいち人に言う事じゃないし、他人に理解する事は出来ないってわかってる。俺だって、心のどこかでは馬鹿げているって思ってるんだから――


『うん、信じてるから』

 優しげなその声。受話器の向こうで微笑む彼女を容易に想像できて、俺はまた胸が痛くなる。

『あ、それから……』

 言いにくそうなミズホの声。『何?』俺は胸の痛みを必死に抑えて先を促す。

『私、昨日の夜お父さんにすごく怒られて、しばらく外出禁止になったの……』

 それに関しては予想がついていた。昨日の事件の翌日の話だ。そりゃ、両親は怒るだろう。だが、外出禁止か……。俺が、今日のライブの話をどう説明するか悩んでいたら、

『あ、アキラ?おはよう。昨日はお疲れ。どう?よく寝れた?』

 からかうような声は……レグバだ。俺は今朝方の悪夢を思い出してため息をついた。

『おかげさまでな。よく寝れただなんて、わかっててそういうこと言うなよ』

『なにがわかってるの?」

 心配そうな声のミズホ。俺の死の期日も、ヘルハウンドのことも、ミズホに知られる訳にはいかない。俺は、精一杯声色を作った。

『だ、大丈夫だよ。下らない事さ』

『それはそうと、何の用よ?』返す声はレグバ。

『あのさ、今日、R.E.D.のライブがあるんだけど……』

 同じ声でも口調がまったく違う二人(?)の区別の仕方が考えなくてもわかってきた。それに、何となく、受話器の向こうがミズホではなくレグバだと余計な気を使わなくていい。秘密を共有しているのもあるが、悪魔だの精霊だのいう割に、さばさばあっけらかんの彼女には話しやすい雰囲気があった。

『外出禁止って言ったでしょ、あたし』

『うん。だから、俺とヒナとカナエで偵察に行こうと思ってる』

『ねぇ、もしかして、そのR.E.D.ってアンタが言ってた勝負相手のバンド?』

『そう』

『そんな面白そうなところ、あたし抜きで行くわけ?』

 少しへそを曲げたようなレグバの声。

『いや、今回は偵察だから。それに、今、ミズホが言っただろ、外出禁止だって』

 フン。鼻を鳴らすレグバ。その後、自信満々な声で、

『そんなもん、言ってくれたらどうにでもなるわよ。コイツの親の目欺いて外出るくらい、あたしなら朝飯前よ。アンタも男なら、グッと女の行動力に拍車をかけるような情熱的な台詞吐いてみなさいよ』

 ……面倒な女だなぁ。俺に何を期待してるんだよ。内心そう思ったが、口には出さず、

『お願いだから、一緒に来てほしいんだ。やっぱり4人揃っていく事に意味があると思うんだよ。パートが違えば、見てるところも違うと思うしね』

 できる限り真摯に徹した俺の言葉に、レグバは、はぁとため息をつく。

『はい失格~。色気がない!そんなんじゃあたしの心は動かないわよ。でも、まぁ良いわ。面白そうだし、行ってあげる』

 俺が何を言おうと、結局行くんじゃないか……俺がため息をつきたくなった。

『わ……私を抜きにして勝手に話を進めないで』受話器の向こう(の向こう)で焦るミズホ。

『アンタが話に加わるとイライラするから今は黙ってなさいよ!グズ』

『そ、そんな……。私の身体なのに』泣きそうな声のミズホ。

『ちょ……ふたりとも仲良くしろって』

 思わず突っ込んでしまう。ふたりともって言い方、よく考えたらおかしいよな。

『何?ミズホ。アンタはイヤなの?行きたくないって事?』

『そんなことはないけど……お父さんとお母さんを裏切るなんて』

『バカねぇ。裏切るだなんて大げさな……あんた今年17でしょ?17ってのは少々言いつけを破ってもいい年齢なのよ』

 それ、誰が決めたんだよ?確かに、大昔にそんな歌があったけどさ。

『……レグバちゃんっていくつなの?』

『あたし?あたし、たぶんアンタらの年齢で言うと同い年くらいよ。パパの言いつけなんて、破りまくってるわ。青春は一度きりしかないもの』

 堂々とした声で言うレグバ。伝説で語られる精霊も、反抗期の娘に対してはお手上げってことか……ミステリアスなロバート・ジョンソンの伝説が、俺の中でいきなりホームドラマめいたものに変容していった。

『私……そんなことしたことないもん」ふてくされた様子のミズホ。

『なぁ、もしかして昨日からずっとそんな感じなのか?』

 我ながら、あきれたような、残念なような声だ。

『だって、この女とあたし、ぜんぜん合わないんだもん。何?今どきカマトトってやつ?もうそんなの流行らないわよ。フリでもガチでも処女くさいのなんて、ウザいだけ……』

『だって処女だもん!仕方ないじゃない!』

 ……処女……昨晩、レグバに聞いてその事実を知ってはいたが、突然のカミングアウトに思わず無言になる俺。もちろん、心のどこかで喜んではいたけど。

 沈黙の後、『あ……』我にかえるミズホの声。

『うぇ~ん……もう!もうイヤ!死にたい!』受話器の向こうで聞こえる泣き声交じりの声。

『じゃ、死ねば?アンタが死んだら、肉体の拘束が外れて、あたし、たぶん向こうに戻れると思うし』

『ヒドい!レグバちゃんって何なの!悪魔なの?』

『そうよ。厳密に言えば違うけど、この世界の概念じゃ、悪魔に近いわね。いい機会だから、これから悪魔を名乗るわ』

 あっさり悪魔宣言をして、アハハッと、からかうような声で笑う。ミズホから反撃の言葉はない。圧倒されてるんだろう。俺自身、慰めていいのか注意すればいいのかわからず黙っていたら、

『ということで、アキラ。あたしはいつでも抜け出せるから時間と場所指定しなさいよ』

『私、まだ良いって言ってない!』

『うるさいわね。行くのか行かないのかどっちなのよ!アンタの性格イラつくのよ。言っとくけど、この身体の主導権握ってるのって今はあたしなんだから。あんまり聞き分けないようだったら、アンタだけ眠らせて、勝手に行くからね。外でナンパされて、アンタの知らない男相手にロストヴァージンさせるわよ!あたしだってハメ外したいの我慢してるんだから、刃向かうんじゃないわよ!』

『わかりました!行きます!行くわよぉ……え~ん……』

 最後にはとうとう泣き出すミズホ。ひどいイジメだ。奇妙なやり取りに慣れてきたとはいえ、これ、本当に一人芝居だったら異次元の自虐ネタだよな……。

 これ以上続けたら、本当にレグバはミズホの体に何かしそうだと危惧した俺は、今日の4時半に駅前南改札口。と、端的に用件を伝えると、早々と電話を切った。



 待ち合わせ時間の15分前に駅前に着くとそこにはすでにミズホがいて、軽く唇を尖らしていた。一昨日の頬の腫れは完全に退いていて、少し安心した。手を上げて合図するも、俺のほうを一瞥しただけ。俺は何となくピンと来て、

「よう。さっきぶり。もしかして、レグバか?」

「あぁ、アキラ。あんたっていつから女を待たせられる身分になったのよ。最低でも、30分前には来てなさいよね」

 だから15分前に来たんじゃないか。早く来たのはそっちの勝手だろ。言いかけた文句をミズホのために喉元で飲みこんだ。

 レグバは俺を横目で上から下までジト見すると、深いため息をつく。

「それより、なんなのあんた、その格好。黒づくめにその胸のバカみたいなクロス……いまどき胸にそんなのつけてるのなんて、神職者かメキシコのギャングくらいよ……」

 心底あきれたような声のレグバ……俺の格好、そんなにアレか?自分ではカッコいいと思ってたのに。正直、面と向かって言われると、ショックだ。ガックリ来る俺に容赦ない追い討ち。

「ま、アンタの私服なんて誰も見てないから気にしなくていいわよ。風景風景、街路樹、ぺんぺん草。まぁ、松尾芭蕉みたいな女ならアンタみたいなのでもちゃんと評価してくれるかもしれないから、気にしないでいいわよ」

 続虚栗かよ……芭蕉みたいな感性の女がゴロゴロいるなら、俺みたいな目立たない系男子は全員リア充に早変わりだよ!俺は叫びだしたいのを我慢し、

「どうしたんだよ。機嫌悪そうだな。抜け出すの大変だったのか?」

「あんなのどうってことないわよ。隙見てベランダから抜け出してきたから。そんなことじゃなくて……」

「なんだ?」

「こいつ、モッサリした服しか持ってないのよ」

 そういって唇を尖らすレグバ。ちなみに今日の彼女は、薄桃色のワンピースに白いニーソックス。可愛くて清楚な感じの彼女にはピッタリだった。

「何なの、このガキみたいな服。おかげでさっきからこっちに色目使ってくる男、みんなイケてないヤツばっかり。大体、オーバーニーソックスなんて、メンヘラ女か幼稚な女の必須アイテムじゃない。絶対領域って何なの?何が絶対よ?絶対的な幼児性をアピールしてんの?体内に生命を作る器官を持ち、成長と進化を司るべき女が、幼児性をアピールする時点でアホみたいよ。絶対的な幼児性なんて、男にやらせときゃいいのよ。笑わせるわ、まったく。あたしはこんなのより、もっとバリッとした格好がいいの。好みの服がないから着てきたけどさ」

「イケてない男ばっかりって……イケてる男ならついていくのかよ?」

「さぁ……それはどうだか?」

 含んだように笑みを浮かべるレグバ。さっきからこの女はよ……カチンと来て、

「じゃ、レグバはどんな服がいいんだよ!?」投げやりに聞いた俺に、レグバは得意げな顔で、

「あたし?あたしはもっと色気の漂う服がいいわね。女の服ってのは戦闘服なのよ。自分の魅力を余すところなく見せ付けるためのね。それなのにこんなのじゃ……まぁ、もっとも、こいつの貧弱な身体じゃ、バリッとしたの着ても全然映えないけど。あ~ぁ、いずれにしろつまんない」

「レグバちゃんの好みに合わせてたら、私が恥ずかしくて死んじゃうよ……」

 本当に今にも死にそうな声のミズホ。

「でも、その服、似合ってて本当に可愛いよ。マジでドキドキするもん」

 ポロリと漏らした自分の言葉に、あ……と気付く。ミズホが裾を押さえて真っ赤な顔で俯いていた。ミズホ相手ならこんな事いえないんだろうけど、レグバと話している感覚でつい本音が漏れてしまったのだ。あ~……ややこしい。混乱して、俺まで頬が熱くなってくる。

「あたし、可愛いって言われるより、エロいっていわれるほうが好みなんだけど……それに、その言葉ってあたしに言ってるんじゃないでしょ」

 そう言って、またも唇を尖らす。困ったな……なんて言えば良いのか。機嫌を損ねられて、ミズホの身体に何かされたらまずいが、レグバの身体でない以上、嘘はつけないし。悩んでいると、「まぁ、いいわ」レグバの声。

「それよりも、あたしがこの女の身体に共生していることは、他の連中には内緒なのよね?」

「ああ。そうして欲しい。話がややこしくなっても困るんだ。このことは、3人の秘密にしておきたい。ミズホもそれでいいかな?」

「うん……ヒナちゃんたちを騙してるみたいで気が咎めるけど、こんな事説明しても信じてもらえないだろうし、余計な心配かけたくないし……」

 それ以上に、一昨日のショックで俺たちがおかしくなったと思われても困る。

「すまないな。何だか俺のわがままを聞いてもらってるみたいで」

 俺が頭を下げるのに、ミズホは慌てて頭を振る。

「ううん。元はと言えば、アキラ君が怪我したのも、あの人たちから私を守ってくれたせいだし。そんな身体でも、私達のために必死でやってくれようとして今の状況になっているんだから、アキラ君が謝る必要なんてないよ」

 いや……。俺はミズホの言葉を否定し、

「別にみんなのためって訳じゃないよ。あくまで、自分の意思だし、自分のためだ」

 自然に口に出ていた。

「アキラの左手の怪我って、そういうことだったの?」

 レグバ≠ミズホが驚いた表情で俺の左手を覗き込む。

「まぁ、結局ボコボコにされたから、サマにならないんだけどな」

 俺が苦笑いするのに、

「へぇ……アンタ意外と男らしいところあるのねぇ」心底意外そうな顔で感心するレグバ。

 「結局、人に助けてもらったんだから、意味ないよ。俺はとんだ独りよがりのバカだったってことさ」

 そうだ。あのとき、ミサゴさんが通りかかっていなかったからミズホはとんでもない目にあっていた……認めるのは悔しいけど、俺には何の力もない。

「でも……」

 ミズホかレグバ、どっちかわからないが、彼女が何かを言おうとした瞬間、「おーい!」背後から声がかかった声に思わず振り向く。

 ヒナとカナエがこっちに向かって走ってきていた。

 何かを言いかけた【ミズホorレグバ】が言葉を飲み込んだ瞬間、何だか不本意そうな表情を浮かべたのが気になったが、俺は、よぉ!と手を上げて、ヒナとカナエに走り寄っていた



 ライブハウス【グリード】は駅から歩いて10分くらいのところにある、この地域ではかなり大きいライブハウスだった。定期的に様々なイベントも行われていて、海外の中堅バンドもここでライブをすることがあるらしい。店の壁には大量のチラシやポスターが所狭しと貼り付けてある。俺たちは、入り口でチケットを購入し、場内に入った。


「どうしたの、その瞳?オッドアイってやつ?似合ってるけど、珍しいね、ミズホがカラコン入れるなんて」

 道中、ミズホの瞳の色に気づいたヒナがそう言うのに、

「い、いろいろあったから気分転換に」

 あせりながらもそう答えるミズホの様子に少し肝を冷やしたが、ヒナはふ~んとさして気にした様子もなくそれ以上の追求もなかったので少し安心した。

 人でごった返す場内は、酒と香水とお香と汗の匂いが充満していた。時刻は4時50分。開演まで10分ほど。縦長の、うちの高校の講堂くらいの広さがある場内を、俺は先陣を切って女子3人の盾になるように最奥のバーカウンターまで移動した。

 店内に設置されたスピーカーから、ソウルの大御所、マーヴィン・ゲイが艶っぽい声を震わせて歌っている。そんな中、烏龍茶を頼んだヒナが、感心したように口を開いた。

「盛況だねぇ。さすがはナスカワ君」

「今日のイベントって、3バンドだっけ?その割にはお客さんの数多いな」

 場内にいる客は、500人は言いすぎかもしれないが、少なくとも300人は超えているだろう。詳しくは知らないけど、アマチュアの3バンドの集客数としては、かなりのものだと思う。

 俺はカウンターを背にしながらさらに場内を見渡し、客層を見る。俺たちくらいの年代の客と20代~30代っぽい客に別れていた。圧倒的に俺たちくらいの年代の客層が多い。

 同じ事に気付いたのか、

「多分、半分以上はナスカワの客ね。気分悪いけど、やっぱりさすがだわ」

 カナエは値踏みするように周囲を見渡しながら、レモンスカッシュを飲んだ。

 俺は注文したオレンジジュースを片手に、何故か少しはなれたところにいたミズホに背後から声をかける。

「どうしたんだ、ミズホ。飲み物頼まないのか?」

 ミズホは、俺の質問を無視し、

「ステージの向こう、何だか嫌な感じがするわ。う~……ゲロ吐きそう」

 吐き捨てるように言う。ゲロって……この言葉遣いは、レグバだ。

 俺はステージを凝視するが、その変化がわからなかった。

「多分、出演者の中に、あたしの嫌いな匂いのする奴がいるわね。この匂い、どっかで嗅いだことある匂いなんだけど……」

 そういいながら、忌々しげな表情を浮かべる。

「何だ、その嫌な匂いって?」その違いがわからない俺は、首をかしげた。

「いずれにしろ、開演したらわかるわよ」

 それ以上は何も言わず、レグバがカウンターの方へと移動したので、俺も後を追った。


 注文したオレンジジュースに3回ほど口をつけたところで照明はさらに薄暗くなり、SEが大きな金属製のクランクをゆっくりまわしているような音に変わる。

 カシャン……カシャン……カシャン……。不安を煽るような不気味な機械音が規則的に流れ、場内の空気は、妙な静寂に包まれた。

 次いで始まったのは、静寂を打ち破るかのようなバスドラの3カウント。直後、

 腹に響く地響きのような音が場内を襲った。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

「な……何これ?」驚愕に満ちたヒナの声。カナエは無言でステージを睨み付けている。

 聞いた事もない速度で踏み鳴らされる重機関砲のようなバスドラ。打ち込み音楽のワンジャンル、スプリッターコアはBPM:600以上、つまり、分速600ヒット以上という馬鹿げたスピードのリズム隊が特徴だと何かで読んだことはあるが、それはあくまでデジタルの話だ。俺の目の前で、2つのバスドラが壊れんばかりに振動している。人がこれを行っているってことだ。俺は思わずドラムのほうを見る。小柄な人影がドラムセットの奥に見えたが、ステージの上を満たすスモークと照明のせいで人物までは確認できない。

「800前後って所ね……信じられない。ブラストビートなんて比じゃないわ」

 ボソリと呟いたカナエ。確かに、デスメタル、グラインドコアとカテゴライズされる速くて過激な音楽の間ではメジャーな【ブラストビート】と呼ばれるBPM:2~300前後の高速ドラミングも、この演奏の前では話にもならない。

 バルカン砲(無痛ガン)が他の音を一掃し、場内を戦慄に叩き落した直後、怒涛のドラミングがやみ、スポットライトがフッと左端の小柄な少女を照らし出す。真っ白なゴスロリ衣装に身を包んだ銀髪ツインテールの人形みたいな少女が、パールホワイトのベースを抱えている。スモークと照明の効果もあって、その姿はひどく幻想的に映った。

「フレットレスベースかぁ……珍しい」

 ヒナの言葉に、俺はその少女のベースを注視する。ネック部分の金属製のフレットが外され、替わりに白い樹脂のようなものがはめ込まれていた。

「フレットをなくす事で、チェロやコントラバスみたいな広い音域の音を扱えるけど、フレットがないから音にメリハリがないし、運指のときにノイズは出やすいし、弦がネックに直で当たるから楽器が傷みやすいの。弾きこなすには繊細かつ大胆なプレイが求められる。あたしには、とてもじゃないけどあそこまで使いこなせないな……あたし、楽器遣い粗いし」

「ヒナの場合、あれだけ強くピッキングしてるんだから仕方ないさ。同じ土俵で張り合う必要はないと思うぜ」

「わかってる。でも、あの音域の範囲は魅力だよね」

 ヒナが感心したように見つめる少女のベースからは、悲しげで豊かな旋律が流れる。メトロノームのように正確なリズムをキープしながら紡ぎだされるその音は、まるでチェロの独奏のようで、思わず聞き入ってしまう。ツインテールがわずかに揺れて照明を反射するたび、親衛隊らしき野郎どもの気持ち悪い歓声がわっと沸く。

「おにいちゃん、あのコがうちの学校の2番人気の女子、氷室逸深だよ」

 俺の耳元で、ヒナがボソリと呟く。

「あの娘が……」

 ――ミズホがコンプレックスを抱く理由にもなったという少女。確かに、すごい演奏だけど……。

 俺はミズホの姿を探す。彼女はカウンターの端で、鋭い眼でステージを睨み付けていた――が、嫌悪の色に鈍く輝くその目はミズホではなく、恐らくレグバだ。

 ……だが、なせ関係のないレグバが氷室逸深を睨み付けているんだ。俺は不思議に思って、彼女に近づいた。

「どうした、レグバ?」

 だが、返事はない。俺はもう一度、レグバ?と話しかける。

「今はちょっと黙ってて」ステージを睨みつけながら、一言。いつものどこかふざけたような雰囲気はまったく感じられない物言いに、俺は何も言えなくなり、一旦ヒナたちの方へと戻る。

 色とりどりの照明がせわしなく点滅する中、突然、一際強いスポットライトがステージ中央を照らし出した。ロープに吊られて降りてきたのは、烏天狗のような羽根まみれの黒い男。男は、大げさなアクションでGのコードをかき鳴らした。

 それと同時に無数の色をしたスモークがそいつの周囲を渦を描いて取り巻いていく。その光景は、まるでとぐろを巻く大蛇を従えているようにも見えた。

 その光景に、俺は、あることを確信する。こいつは、俺と同じ病だ。中二病だ。

 あの恍惚と自信に満ちた顔……自分の世界に対する陶酔は、同病ならすぐにわかるレベルだった。

「おにいちゃん、ナスカワ君が出てきたよ」ヒナの声に、「わかってる」と返事し、俺は近くで観察するため、ステージに近寄る。

 悪魔でもイメージしているのだろう、顔全体を真っ白に塗り、目元と口元を隈取のように黒く塗りつぶした顔は、もはや原型すらわからないが、元は大していい男というわけではなさそうだった。

 だが、場内は凄まじい歓声の嵐。ナスカワはそれを確認したかのように、目を瞑って声を震わせた。


――心に闇。闇に佇むおまえ。慈愛もぬくもりもない冷え切った世界。今すぐにお前をここから出してあげたい。闇の中、響くドレスの衣擦れが、悲しみ湛えるメロディとなり、世界を青く塗りつぶす。


 言いたい事がよくわからない、語呂と音の響きだけで構成されたような歌詞を情感たっぷりに目を瞑って歌い上げるナスカワ。よく通るイケメン声が響くと同時に湧き上がる黄色い歓声。耳ざわりが良いだけでまったく心に残らないような歌詞だが、確かに迫力があった。何故かよくわからないが、そのポップなギターの音色とともに、人の心を掌握する力を感じる。理屈じゃない。コイツのギターと歌と曲には、確かに魅力があった。それは、誰にでもわかるほどの影響力をもっている。尋常じゃない場内の沸き方がそれを証明している。場内にいるほぼ全員が身体を揺らして踊り、叫んでいた。

 立て続けに6曲を演奏するR.E.D.。彼らの音は、所謂、踊れるポップスで、初っ端にタタラがかました超高速ドラミングのようなデジタルビート的なアレンジも加えた、ハイブリッドギターポップとでもいうべき音楽だった。芯の部分は、3ピース編成のシンプルなロックバンドだが、スモークや照明を巧みに使った派手な演出と、テクノやハウスをも取り入れたクラブサウンド的なアプローチが自然とグルーブの波にオーディエンスを巻き込んでいく。その緻密で大胆な演奏と展開に、正直、俺は舌を巻いていた。もう、高校生バンドの範疇じゃない。プロでも通用するんじゃないか?ヒナもミズホもカナエも、ナスカワの才能を高く評価していたが……確かに納得せざるを得なかった。

 6曲目が終わった時点でナスカワはギターを弾くのを止める。ベースとドラムは8ビートを刻むだけの単調な演奏に切り替わった。俺は一旦ヒナたちのいるカウンターのほうへと戻る。

 照明に照らされてびっしょり汗をかいたナスカワが、タメを効かせたイケメンボイスで言った。

「今日は来てくれてありがとう。最後まで楽しんでいってくれ。まずはメンバー紹介。オン、ドラム。心を掃討するバルカンの叫び、アナログスプリッターマシーン、タタラー!」

 スポットライトに例のガトリングビートが応える。ダララッ、ダララッ!途中で3点バースト射撃を入れながら、最終的に音がつながるほどの連射をかますタタラー。信じられないことだが、叩いているのはどうやら女だ。女のドラムプレイとはとてもじゃないが思えない。それ以前に、人間かどうかすら疑わしい。

「瞬間的にだけど、多分、BPM1000を超えてるね。よくドラムが壊れないなぁ……」呆れたようにつぶやくヒナ。

 次いで照明は左端の少女を照らす。真っ白のレエスとフリルが照明で輝いて、整ってはいるものの表情に乏しいビスクドールのような貌と相まって何とも神秘的だった。ゴスな服装も関係あるんだろうが、まるでおとぎ話のヒロインか、魔法少女といったところだ。だが、それが不気味なほどサマになっている。いや、なりすぎている。

 ハヤミィィィイイ!!ギョォオオオアギイイイイィィィィィ!

 獣の咆哮のような野郎どもの声。彼女の前に陣取っているのは、どうも親衛隊らしきハチマキハッピといった出で立ちのオタクの集団。この中に、ミズホを脅した奴がいるのか?もしそうだったら、見つけ出してぶん殴ってやりたい。

「小さくて綺麗なものに大きくて醜いものがへばりつくのは、世の常だな、クソッ」

 思わず毒づく俺に、ヒナが苦笑いでまぁまぁとなだめてくる。

「オン、ベース。月下に咲く白いバラ、悪魔と戯れる抒情詩の語り部、4弦の美しくも儚き闇の妖精、親愛なるわが妹、ハヤミー!」

 ウォォオオオオオオオ!呼応するかのように叫ぶ観客。だが、俺はナスカワの言葉に思わず反応した。

 ――妹……だと?

 俺はまじまじと氷室逸深を見つめた。

「ナスカワとはまったく似てないし、苗字も違……う??」

「何かありそうだね、多分」俺の横でヒナがささやく。俺はステージを観るヒナを一瞥すると、先ほどから様子のおかしかったレグバ≠ミズホが気になって、視線で彼女を探す。彼女はすぐに見つかった。さっきと同じ場所で、相変わらず鋭い視線をステージに投げていた――

 ――が、その視線はステージだけではなく、最前列中央、恐らく、ナスカワの手前くらいにも交互に注がれているようだった。さっきと同じように彼女の機嫌を損ねるのは本意ではないので、俺は声をかけもせず、ステージに視線を戻した。

 ステージでは、完全にテンションの上がったナスカワがうろうろしながら客席をにらみつけている。感情を煽り立てるように動き回っては様々な表情を浮かべる。

 ナスカワは、溜めに溜めた何かを吐き出すように、ラストォ!と叫んだ。

 オンギターヴォーカァル?問いかけるように叫んで、客席に向かって、ハ●ク・ホー●ンよろしく耳に手を当てる。そのリアクションに、前列の客が「クロウ!」と叫んだ。次いでナスカワは客席の後方に向かってマイクを突きつけて、オンヴォーカァル?またしても叫ぶ。

 やがて、後方客席の何人かも「クロウー!」と叫びだす。

「そう。俺は、スロウ・バイ・クロウ。暴虐の黒カラス、暗黒の魔王だ!」

 ナスカワは、牙城に立つ魔王のごとき尊大な態度で、両手を広げる……極めて残念なバカだ。どうしようもない中二病患者だ。だが、キザで挑発的な表情、大げさなゼスチャー、効果的に照明やスモークを使う演出。それは、計算に基づいたものだ。根拠はない。根拠はないが、俺の中二病レーダーは、はっきりと、それを感知していた。どこぞの妖怪よろしく髪の中央が立ちそうになっていた。中二病ってやつは、初期症状ならただ自分の妄想の世界に振り回される程度ですむが、末期症状ともなると、そこに計算や労力が入ってくる。おもちゃの剣を振り回してるだけならまだマシだが、ものすごい量のトレーニングを課し、いもしないモンスターを倒すための剣術を本気で取り組むようになってしまうと末期だ。ラ●ボーに憧れて自衛隊のレンジャーまで行く奴も完全な末期だ。

 そして、末期患者は、理想の世界の構築のためなら、労力も金も惜しまない。

 目の前にいるナスカワからは、明らかに末期の匂いがした。同じ末期の俺にはわかる。

 だが、それだけじゃない。それ以上の何かがあると感じた。それが、カリスマってものだといわれたら、返す言葉もないんだが……。

 ナスカワのねちっこいメンバー紹介が終わると、畳み掛けるように残り3曲を演奏し、R.E.D.の出番は終了した。ナスカワはライブのままのテンションで、次のバンドの紹介をし、ステージ脇に引っ込む。とたんに場内が明るくなり、クラブっぽいディスコビートをSEに、次のバンドが準備を始める。

「レイヴィング エクスキューショナーズ ドールズか。ヤバイ。確かにすごいバンドだ」俺は思わずつぶやいていた。

 興奮冷めやらぬまま、俺がカウンターの近くでジュースをすすっていると、ヒナとカナエが俺のほうへ近づいてくる。

「相変わらず、すごかった。ナスカワ君」諦めたような、だがどこか嬉しそうな声のヒナ。

「うん。むかつくし悔しいけど、サウンドのキレも演出も磨きがかかってた。認めたくないけど、カッコよかった」

 忌々しげに言うカナエ。お世辞を一切口にしないカナエにこのセリフを言わせるナスカワの実力は確かに本物だ。それは俺もつくづく感じた。

 勝てるだろうか……パッと頭に沸いた疑問だった。確かに左手は治ったし、自分でも信じられないほどのプレイができるって自信があった。それは、出かける前に軽く鳴らしたギターのサウンドでわかっている。ギターを弾くたびに、思いもつかない旋律が次から次へとあふれ出すんだ。あまりのことに怖くなってすぐに演奏をやめたけど、それは、クロスロードの伝説のすごさを俺に思い知らせるのに十分なことだった。だが……。

 それでも、R.E.D.は、甲子園流に言えば超高校級のバンドだ。相手が悪すぎる。おまけに、時間もない。

 俺はよっぽど深刻な表情を浮かべていたのだろう、大丈夫?と心配そうにヒナが俺の顔を覗き込んできた。

「大丈夫だよ。確かにすごいけど、打ちのめされたわけじゃないから」

 そうだ。勝つ自信はないが、負ける気もしない。それに、同じ中二病の末期患者としての意地もある。向こうが暗黒の魔王スロウ・バイ・クロウなら、俺は、アルテミスの騎士ナイト・オブ・ホワイトナイト。魔王は騎士に倒される運命だ!そいつをあの男にわからせてやらないといけない。

「その顔……何かイタ~い勘違いしている顔ね」

 斜め後ろからかけられた声に驚いて振り向くと、そこに呆れたような表情のミズホが立っていた。いや。今の言い方は、レグバか。

「ミズホ、どうしたの?」ヒナが首をかしげながら声をかける。ヒナたちからすれば、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべるミズホは珍しいだろう。俺は、レグバのおかげで見慣れたけど。

「……アキラ、ちょっと」

 ヒナの声を無視し、アゴをしゃくって促すレグバ。俺は困った表情のヒナに、ちょっと待っててくれ。と一言残し、無言でカウンター席の反対側のほうへと歩くレグバの背中を追う。

 レグバは、カウンターから少し離れた辺りで止まった。

「どうしたんだよ、いきなり。ミズホは?」

 その背中へ俺が聞くのに、

「ちょっと眠らせてる。今からする話を聞かれるのはマズいのよ。アンタとの約束もあるしね」

 律儀に俺との約束を守ってくれているのはありがたかったが、それだけ深刻な話だということか……。

「で、どうしたんだ?」

 間を置かず、

「あたし、決めたわ」と、一言。

「何をだよ?」

「アンタたちに全面協力するってことをよ」

 その顔は、いたって真面目。俺は要領を得られず、「どういう意味だ?」

「嫌な匂いの正体がわかったのよ。どこかで嗅いだことのある匂いだと思ってたら、とんでもない奴が向こうのバンド側にいたわ」

「そういや、おまえ、氷室逸深のほうをじっと見てたな、不機嫌そうな顔で」

 レグバは俺をチラ見し、

「問題はあのチビ女じゃないわ。あの女の背後にいる奴よ」

「背後?それってどういうことだ?」

 レグバは俺の方に向き直り、伺うような視線を投げ、

「アンタ、サラスバティーって、知ってる?」

 サラスバティー。どこかで聞いたことあるな。インドの神話かなんかに出てきたような……俺が首をひねっていると、

「サラスバティー。別名、弁財天。この国じゃ、弁天って愛称で通ってるわね」

「弁天なら知ってるよ。七福神の絵に出てる人だろ。あの琵琶弾いてる――」

「あのチビ女とヴォーカル、弁天を味方につけてるのよ。ついでに、糸を引いている奴もいるわ。そいつが誰かはまだ特定できてないけど」

 …………は?

「ちょ、ちょっとまて!意味がわかんねぇよ?」

 レグバは表情に苛立ちを浮かべて、

「だぁから!あのバンド、弁天の祝福を受けてるって言ってんのよ。アンタ、不思議に思わなかった?連中、ただうまいとかそういうのじゃないでしょ?妙に惹きつけられる力を感じたでしょ?」

 ……今度は弁天様と来たぞ。俺は確かに妄想世界の住人だが、さすがにここまでのトンデモ展開は予想していない。もう、苦笑いも出てこないな。だが、レグバの言う事にも思い当たる節があった。

「そういや……確かにうまいけど、理屈じゃない魅力があると思ってた。聞いてると妙に高揚するというか、楽曲の構成とか演出とかそれ以上の何かは感じた」

「そうでしょ?あれ、弁天の力よ。あのクソ女の祝福を受けた楽器演奏者は、無意識に【魅惑(チャーム)】の魔法を使えるようになるから」

「クソ女って……。おまえ、弁天様と何かあるのか?」

 俺の言葉に目を吊り上げるレグバ。

「様付け?アイツに様つけるんならあたしにもつけなさいよ、バカ!何かあったって?あの女はあたしの敵よ。あたしよりちょっと神格が上だからって、以前、あたしに説教してきたことがあるのよ。あたしがスクラッチを使って、アンタみたいに楽器うまくなりたい奴と契約しているのを、人間をダメにする行為だって言いやがったのよ。バカじゃないの!あたしがやってるのは等価交換よ!契約した奴は命を引き換えにするわけだから、これは立派な取引よ、ビジネスよ。人間社会で普遍的に行われていることじゃない。あいつがやってるのは自分の力を一方的に揮う【神の加護】とかいう自己マン。どっちが人間をたぶらかしてる行為なのよ!あの若作りのクソババァ!いい年こいてアホみたいに色気ぶち巻いて気持ち悪いったらありゃしないわ!そんなものとっくに枯れてるってさっさと気づけ、腐れビッチババァ!このあたしに指図するなっつーの!嫉妬すんなっつーの!マジむかつく!」

 吐き捨てながらパンプスのかかとで忌々しげに壁をガンガン蹴るレグバ。

「いずれにせよ、あの女が絡んでるとわかった以上、アンタたちを勝たせてあげる、あたしの面子にかけてもね。それに、アキラ。アンタは命がけであたしと契約した。ノーリスクな祝福受けて頭ボケてる向こうのギタリストより覚悟も意気込みも上よ。自信持ちなさい」

 レグバなりに励ましてくれてるのがわかって嬉しくなくはなかったが……二ヵ月後に待ってる死が重くのしかかってきて、素直には喜べなかった。だが、それ以上にひとつ気になったことがあった。

「そういや、R.E.D.に弁天が憑いてるって……どういうことなんだよ?」

「さっきも言ったでしょ。糸を引いている奴がいるのよ」

「氷室逸深か?」

「ちがうわ。あのチビはあくまで弁天の力を利用しているだけ。アイツも多少は霊力を使えるし、おそらく弁天との交流もありそうだけど、弁天を召還したのは、あいつじゃない」

 呼び出したのは――レグバがそこまで言いかけたとき、やたらデカイ音がステージから聞こえた。背後を振り向くと次のバンドの演奏が始まっている。すっかりレグバとの話に集中してて気付かなかった。

「すまん、気にしないでくれ。続きを聞かせてくれないか?」

「……もう、その必要はないわね。張本人達がすぐ近くにいるわ」

 レグバが指し示したのはカウンター席。ヒナとカナエの前にいるのは、さっきステージにいたR.E.D.のメンバーだ。だが、その表情は、あまり友好的なものとは思えない。

「まさか……絡まれてるのか?」

「いずれにしろ、あまりいい雰囲気じゃないわね。戻るわよ」

 舌打ちして、レグバはヒナたちの方へと向かう。俺も後を追った。



「――だから、わざわざ俺達のライブを見に来たってことは、俺をクビにしたのを後悔しているからなんだろう?」

「おあいにく様。そんなつもりはないよ。今日は偵察に来ただけだもん。ナスカワ君たちのライブ、今までちゃんと観たことなかったしね。敵のことがわかんないと、対策立てようがないじゃん」

「敵だって?何だよ、マジで俺達とやりあうっての?すっかり諦めて、俺に土下座しに来たのかと思ってたのによ」

「ヒナにそういう態度とるな。ヒナが怒らなくてもあたしが怒るよ」

「何だ、カナエ。おまえ、まだヒナにべったりなのかよ?そういや、おまえら前から怪しかったよな、所謂、百合ってやつかよ?」


 ギターボーカルのナスカワが、なれなれしい口調でヒナに絡んでいた。氷室逸深とドラムのタタラは無言で脇に立っている。我関さずって感じだった。自分達のリーダーだろうに。

「ちょっと待て、おまえら」

 俺は、間に割って入る。途端に、薄笑いを浮かべていたナスカワが不機嫌そうに顔をゆがめた。

「何だ、おまえ?」

 その言葉にカチンと来て、「おまえが何なんだよ?」と言い返す。

 俺は、明らかに見下したような目で俺を見るナスカワに近づいて、その目を睨み返す。ナスカワは威嚇するように、大げさに顔をゆがめて、俺の瞳をジロジロ見てくる。俺は負けじとさらにナスカワに近づく。確かに才能はあるだろうが、初対面からこんな態度を取るやつになめられるわけにはいかない。男の意地だ。メイクを落としたナスカワの顔を見ながら俺は少し安心した。ツラに関しては俺のほうが若干マシだ。イニシアチブは貰った。

「はい、もう少し近づいて、チュッてやってみ、チュッて」

 突然脇から聞こえてきた悪質極まりないセリフに、思わず俺とナスカワは視線をやる。オカッパ頭に飾りっ気のないメガネをかけた地味な女が無表情に俺たちを手で煽っていた。さっき驚異的なドラムを叩いていた、タタラとかいう女だ。

「気持ち悪いこと言うんじゃねぇよ、タタラ!」

 ナスカワが心底不快そうな表情で叫んだ。サムい言葉に冷やされて一気に戦意を消失した俺たちは急に気持ち悪くなってお互いに距離をとる。

「どうしたの、リーダー?そこまできたらキスしないと。男と男が至近距離まで顔近づけたら、次にドサチュンするのは世界の常識ですよ、知らないんですか?」

 無表情のまま、ずれたメガネをクイッと戻すタタラ。

「そりゃ、おまえの世界の常識だろうが、バカ!」

 気をそがれたナスカワが、咳払いをして忌々しげに俺を見る。何か、過剰に反応されてもムカつくな、こんな奴相手に。俺にも選ぶ権利はあるはずだ。

「……腐女子?BL?」

 タタラのほうを見ながらカナエがボソリと言うのに、「はぁ?」と呆けた表情のタタラ。そして、「BL?ボーイズ?プッ!アハハハハハハ!」馬鹿にしたように大声で笑い出す。

「ボーイズラブゥ?あんなガキの読み物に興味なんてないですよ。女みたいな男とイチャクラするヤサ男を見てなにが面白いんでしょうか?男同士で愛し合う悲哀を描いていないBLなんて、クソです、クソ!あんなの、所詮、TL好きをこじらせただけのくせにガキの軽薄な性春をバカにしているアホな連中の集団じゃないですか。だから、あいつらって、根っこはただのキモオタの癖に、妙に普通の女ぶるんですよ。所詮、かまってちゃんの尻軽軽薄ビッチのくせに中途半端にプライドだけは高いみっともないアホ女の集団。正直、目障りです。あんな下らない連中とこのあたしを一緒にしないで下さい!あたしはML推しなんですよ!M!L!わかります?メンズ!ラブ!です」

 いきなりテンションMAXで喋りだすタタラ……なんだこの女?TLってティーンズラブの事だよな。それにメンズラブって……おっさん同士のBLってことか?いずれにしろ、気持ち悪い。正直、鳥肌が立つ。

 その言葉を聞いたカナエがピクリと反応した。

「ML……あぁ、あれね。ヤクザ映画で一番最初に殺される無精髭の茶髪ロンゲと、話の途中で仲間に裏切られて殺されるオールバックの強面がお互いの下半身についてる匕首で突き合って自滅するマニアックな趣味ね。悲哀?それって主人公になれない男同士の悲哀?あんた達って主人公みたいな美男子に相手にされないからって、ヤラレ役の男同士のくんずほぐれつ見て心慰めてるわけ?バカじゃない?SとMの両方を拗らせてんの?」

 反撃のようなカナエの言葉を聞いたタタラが頬をひくつかせた。

「そんなのML好きの入門編ですよ。そのパターンでMLを判断するのはバカの所業ですね。ははぁ……もしかしてあなたってBL好きなんですか?程度低い女ですねぇ……。あ、それでレズなんですか?さっきからその小さい女とやたら仲よさそうですもんね。BL好きって、レズ多いですからねぇ。それって、美少年に相手にされないから代替行為として女の子好きになるみっともない補完行動ですよね?どっちが心慰めてるんですか?あんた達って、理想は妙に高いくせに唯物的ですよね……そんなんだからMLの芸術性と文学性が理解できないわけですよ。芸術のわからない女にいいプレイができるわけないですよね。それじゃ、あたし達には勝てませんよ」

 カナエが、ハッ!と鼻で笑い、

「まったく脈絡も根拠もない話ね。あぁ!だから、加齢臭漂うオッサン同士が慰めあう脈絡のない話を好きになるわけ?理論の欠片もない思考ね。頭の中で理論を組み立てられない頭の悪いのが、いい音楽を構築できると思う?現に、あんたのプレイって、速いだけじゃない。もしかして、股間についてる匕首やら3色ペンで激しく突きあう話ばっか読んでるうちに、自分も単純作業しかできなくなったわけ?」

 馬鹿にしたように上から見下ろすカナエに、タタラの形相が変わる。明らかな怒りの表情を浮かべ、右手を上げた。その途端、ザワッと何かが動く空気を感じて思わず周囲を見渡す。と同時に、なんか妙な匂いが……半乾きの洗濯物みたいな匂いだな……。

 直後、後ろから抱きつくようにヒナがカナエを押さえ込んだ。

「ダメだよ、カナエ!ケンカしてどうすんの!」

「ごめん……」

 ヒナに抑えつけられたカナエが、我に返って深呼吸をする。どうやら落ち着いたようだ。相手のタタラのほうも、氷室逸深が抑えるように左手を差し出したのに、上げた右手を下ろした。その瞬間、妙な異臭も再び香水とお香と汗の匂いの中に霧散する。一体、なんだったんだ?

 それにしても、あの無口なカナエと大人しそうなタタラがあんなに激昂するとは思わなかった。腐女子のこだわり恐るべし……。

 氷室逸深は無表情のままナスカワの横に出ると、ナスカワの足元を軽く手で小突いた。

「兄さんも、チンピラみたいな真似はやめて。暗黒の魔王なんでしょ?もっと堂々として。器が知れるわよ」

 氷室逸深は小さな顔面積の大半を占める切れ長の大きな瞳を半目にし、ナスカワの顔をじっと見た。凍りつくような視線に我に返ったのか、ナスカワは一つ咳払いをして、目をそらした。

 氷室逸深はチラと俺の背後のミズホを見る。ガラスのような冷たい目で見すくめられ、ミズホは身体を強張らせる。今はレグバが表層には出ていないようだ。

 その様子を見ていたヒナが、

「ミズホね、昨日襲われたの」

「それで、何なの?」何の感情もこもらない声。

「襲った相手は、うちの学校の生徒も絡んでる中部地区の恐喝グループ。確か、氷室さんの取り巻きの人たちの中にも、何人かいたよね」

「なにが言いたいの?」

「あたし、回りくどい言い方嫌いだからはっきり言うけど、氷室さんとは何の関係もないんだよね?」

「ヒナちゃん!」

 ミズホが慌てて制止するも、ヒナは気にした様子もなく、氷室逸深を見つめる。

「私がどうして更科さんを襲わせないといけないわけ?取り巻きったって、その言い方じゃ、実行犯の中にはいなかったんでしょ?大体、あの人たちと私は無関係よ。それに……」

 氷室逸深はミズホをチラ見し、

「そんな臆病な女を襲わせて私に何のメリットがあるの?怯えで声も出なくなるような女、相手にするのもバカバカしいわ」

 その言い草にカチンと来た。

「兄貴のレベルが低いと、妹のレベルも低くなるのか?何だ、その言い方」

 全員が俺を見る。その言葉は、俺の口から自然に漏れていたものだった。

「誰のレベルが低いだって?このガキ!」ナスカワが食って掛かってこようとするのを氷室逸深が手で制すると、ナスカワはしぶしぶ後に下がる。

「誰、あなた?」

 氷室逸深は氷のような瞳で俺を見つめてきた。

「軽音楽部にギターで入った結城だ。言わせて貰うが、仮にあんたに直接関係なくとも、あんたの取り巻きの一部だろう?それに、ミズホとは知ってる仲なんだろ。気遣うくらいの事はしてもいいんじゃないのか?」

「アキラ君!」ミズホが声を上げたが、俺は気にせず目の前の氷のような目を見つめた。

 てっきりむきになって抗議してくると思ったが、氷室逸深は小馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべ、「へぇ……」と、値踏みするように俺を見てきた。思わず背筋が伸びた。

「なに、あなた?更科さんの騎士(ナイト)なわけ?その顔、殴られた痕よね?もしかして、彼女かばって殴られたの?それはご苦労様。でもね、残念だけど、私、実力もないくせに目立とうとする女って、大嫌いなの。ボーカルって、バンドの看板じゃない。その看板が引っ込み思案でどうするの?そんな女にかける情けなんて微塵たりともないわよ」

 ミズホがビクッと身体を小さくするのを見て、今度こそ本当に頭にきた。それを克服するためにミズホは必死になってるんじゃないか。何も知らないくせに、この女。

「同じ学校の人間だろうが。ミズホがあんたに何をしたってんだよ!」俺が前に出ようとするのを、「おにいちゃん!」と止めるヒナ。

「「おにいちゃん?」」

 氷室逸深とナスカワが怪訝そうに俺の顔を見る。

「ヒ、ヒナ、おにいちゃんって何だよ?」

 ナスカワは何故か動揺していた。

「おにいちゃんはおにいちゃんだよ。あたしの従兄だもん。ほぼ丸一年歳も離れてるし」

 笑顔で返すヒナ。ナスカワは不機嫌極まりない顔で、

「そんな奴がおにいちゃんか?っていうか、ヒナ、兄貴いるだろうが」

「いるけど、アキラ君もおにいちゃんなの。ギターうまいし、カッコいいし、頼りになるし」嬉しそうに言うヒナ。高評価は嬉しいが、ここまであっけらかんと言われるとさすがに反応に困る。

 その様子を見ていた氷室逸深があきれたような表情で、

「鵬さんってブラコンなの?そんなにたくさんお兄さんがいてなにが嬉しいわけ?」

 氷室逸深はナスカワを軽く一瞥する。ナスカワは氷室逸深に睨まれただけで居心地が悪そうに目をそらした。この兄妹の力関係が何となくわかった。

「え?良いじゃん。実兄と義兄だよ。Kが2つで「完全」で「完璧」。あたし、欲張りだから両方欲しいんだもん」

 笑顔でそういうヒナ。どこかで聞いた事あるなと思ったら、俺が言ったセリフだった。

「兄なんて、一人いたら十分でしょ。一人サポートするだけでも大変なのに、二人もいると思うとゾッとするわ。鵬さんってマゾ気質なのね」

 肩をすくめて鼻で笑う氷室逸深。

「別に。おにいちゃんのフォローできるなんて嬉しいじゃん。妹の醍醐味だよ。氷室さんって、ナスカワ君の妹なんでしょ?」

「そうよ。不本意ながらね」

「あたしとおにいちゃんは直接血が繋がってるわけじゃないけど、絆は深いよ。氷室さんって、なんでも見下したような態度とってるから、血の繋がったおにいちゃんすら大事にできないんだね。悲しい人」

 本当に悲しそうな口調のヒナ。その言葉に氷のようだった氷室逸深の目が少し吊りあがった。

「何ですって?大事にしてるわよ、不肖の兄でもね。あなたこそ何よ、そんな誰にでもなつく仔犬みたいに。年上の男なら誰でもお兄ちゃんなのかしら?とんだアバズレね」

「ヒナに無礼な口叩くとあたしが許さないよ」

 抑えた声で言って、その眼光に敵意を込めて氷室逸深を見るカナエ。険悪な空気が俺達の間に流れる。さすがにちょっとまずいと感じて、俺が一歩前に出ようとした時、

「なにやってるの、マーちゃん?」

 真綿みたいにやわらかい感じの若い女の声が、背後からかかった。

 俺はその声の方を見る。そこにいたのは、腰まである長い髪に薄灰色の清楚なワンピースを着た、品があって優しそうなきれいな女の子だった。年のころは俺たちと同じくらいか……どことなく氷室逸深に似ているような気がする。服装のセンスがおばちゃんくさいが、いずれにしろ、すごい美少女であることは間違いない。一体、誰なんだろう?

 声のしたほうを振り向いたのはナスカワ。途端、その美少女が、花の祝福を一身に受けたような笑顔を浮かべた。

「「ママ……」」

 ナスカワと氷室逸深の口が開いたのは同時――って、今こいつらなんつった?

 ママ……だと?

 その美少女は俺たちのほうを見るとまた花のように微笑んで、

「あら?マーちゃんとハヤミのお友達?」

「あ……えっと」言葉に詰まるヒナ。カナエもどう反応すれば良いのかわからないのだろう、呆然とそこに立ち尽くしている。

 小首を傾げるナスカワ兄妹の母(?)に、

「は、はい。かつての部活仲間です。今日はナスカワ君たちのライブを観に来ました」

 詰まりながらも、はっきりとそう言うヒナ。ナスカワがジトッとした視線を飛ばすが、ヒナの言うことに嘘偽りはない。

「あら……」何となく嬉しそうなナスカワ母。その時、俺のちょうど対面にいたタタラが、

深鈴(みすず)様……」ボソリと呟いて軽く頭を下げたのを俺は見過ごさなかった。ナスカワ母はタタラに軽く目配せして、再び俺達の方に目線をやると、軽く頭を下げた。

「初めまして。雅志と逸深の母親、奈須川深鈴(みすず)です。いつも子供達がお世話になってます」

 俺たちと同い……いや、下手したら年下にも見える少女が追い討ちをかけてきた。だが、冗談を言っている風には見えない……継母か?それにしちゃ氷室逸深に似すぎている。しかし、若づくりったってこれは度を越してるだろ。

「挨拶が遅れてすみません。初めまして、鵬陽奈です」

 面食らいながらも、きちんと頭を下げるヒナ。ヒナに続いて俺とカナエも頭を下げた。

「あなたが鵬さん?いつも雅志から話を伺っています。もしよかったら、色々お話伺いたいわ」

 そう言って含んだように微笑んでナスカワを見る。ナスカワが、気まずそうに目をそらした。普段、ヒナの何を喋っているんだ、あの野郎。

「あら?」次いで、ナスカワ母は俺の背後を見る。視線の先は――ミズホ。

「こちらの可愛いお嬢さんは?」

「あ、彼女は、更科瑞穂さんです」と紹介したあと、ヒナがミズホの様子に気づく。

 ミズホは、青い顔で額に玉汗を浮かべていた。

「ちょっと!ミズホ大丈夫なの?」

「う、うん……大丈夫」元気なく微笑むミズホ。

「本当に?」そういって、心配そうな顔のナスカワ母がミズホの顔を覗きこむと、青白い顔がさらに青白くなった。

「……ちょっと気分が悪いだけですから」絞り出すような声のミズホ。さすがに心配になって、ミズホを見る。彼女は俺の視線に気づいた瞬間、軽く出口のほうに目配せした。何かありそうだと気づいて、

「俺、ミズホを送ってくよ」俺が言うのに、じゃ、あたしたちも――と言いかけたヒナを制する。

「ヒナは、もう少しここにいろよ。せっかく誘ってくださってるんだし」

 何か反論しかけたヒナに、すかさず、

(滅多にないチャンスだから、相手のことをもう少し探ってみてくれ。姓が違うのも気になるし。ミズホのほうは俺に任せろ。後で合流しよう)

 耳元で小さな声で呟くと、俺の意図を察してくれたのか、ヒナは、わかった。と小声で呟く。本当に素直で可愛い妹だ。生意気で気難しそうな氷室逸深とは大違いだ。本当の妹じゃないけど。

 小声でやり取りする俺たちをナスカワは不機嫌そうな眼で見ていた。フッ!おまえら兄妹とは、チームワークが違うんだよ!

 手短に挨拶をして、俺は疲労困憊のミズホを連れてヒナたちと別れる。不思議な事に、ライブハウスを出た瞬間、あれだけ悪かったミズホの顔色が少し元に戻っていた。

「大丈夫か?」

「もう大丈夫よ。心配かけたわね」

 ハンカチで額の汗を拭う――これはレグバだ。

「一体、何があったんだ?」

「魔女……」

 え?

「あの女、魔女よ……。弁天はあの女が召還したんだわ」

 レグバは、忌々しげに呟いた。

R.E.Dの音は、気持ち的に、フランツ・フェルディナンドを思い浮かべながら書いていました。もっと、テクノよりで、後期のジョイ・ディヴィジョン(いや、初期のニューオーダーかも)のテイストを足したような雰囲気です。

わかる人は、納得していただけると思います。

クラブじゃなくてディスコのホワイトサウンドに影響受けてるみたいな?

わかんねーから、お前がスコアかけよと言われたら、かけませんが(笑)

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