永遠を生きる魔女
思いつきで書いてみました。
連載にするほど気力と体力と時間ないなぁ……
薄暗い森を抜けると、街道沿いに灯のともる建物があった。木造の、まだ真新しい建物。
中からは老人から子供まで、さまざまな人たちの騒がしい声。外れには馬小屋があり、馬が何頭も繋がれている。
看板もかかっているところを見ると、どうやら宿のようだ。
私はその賑やかな宿の扉を叩いた。
野宿などより、たまにはやわらかいベッドがいい。
「はーい」
扉を半分あけた中から顔を覗かせたのは、茶味がかった赤毛を頭の両脇でおさげに結んだ、まだ年端も行かないであろう女の子。はっきりした目鼻立ちで、うっすらと赤味がかった頬が肌の色白さをより際立たせている。
「一晩泊まらせてほしいんだが、部屋は空いているかな?」
私は少女に向かって問いかけた。
「あれ? お客さん? どうしよう……今日は旅の商隊の人たちが来ていて部屋が全部埋まっちゃってるの。困ったなぁ……」
なるほど。馬小屋につながれていた馬達は商隊の馬か。馬の数から考えてもかなり大規模な商隊なんだろう。
扉の隙間からは彼らがジョッキを掲げ、顔を真っ赤にして騒いでいるの姿が見えた。
「ああ、部屋が空いていないならしょうがないさ。近くで野宿でもするよ」
私がそう言うと、少女は難しい顔をして。
「お姉さん旅の人? 駄目だよ。ここはいくら街道沿いって言っても夜は狼とか出るんだよ。あたし、お母さんに空き部屋が無いか聞いてくるからちょっと待ってて」
それだけ言うと私から背を向けて宿のなかへと走っていってしまった。自分から尋ねておいて答えも聞いていかないとはせっかちな少女だ。
ただその心遣いは有難かった。泊まれる部屋があるかもしれないのならばと、私は宿の入り口で一人たたずむ。
空を見上げると、木々の間を道沿いに星がきらめいていた。闇夜に宿の喧騒がすうっと吸われて消えてゆく。
ゆっくりと星を見たのは数日振りだ。森の中を歩いていては、どうしても木々に遮られてしまって空は見えない。方角も分からないために、森から出るのにも苦労してしまった。
そんなことを考えていたら、先ほどの少女が母親らしき恰幅のいい女性の腕を引っ張って歩いてきた。
前掛けを整えながら、その女性は私に向かって声をかけた。
「旅のお姉さん、ウチの屋根裏でよければ空いてるよ。それでもよければ泊まっていくかい? いくら屋根裏とはいっても、野宿よりかは幾分マシだろう?」
「ああ、助かるよ。一晩よろしく頼む。いくらだ?」
「ちゃんとした部屋じゃないからね。夕飯と明日の朝飯込みで半分の銀貨一枚でいいさ」
「そうか、ありがとう」
「ウチは部屋よりも飯が上手いのが自慢だからね。たらふく食べてきな。夕飯だったらそこの商隊の人たちと一緒でよければすぐにでも出せるよ」
女性に手を引かれ、宿の扉をくぐる。
そのまま宿の食堂のカウンターに座らされて、目の前には大皿に野菜たっぷり具沢山のスープが出される。
せっかちというかなんというか、こんなところで少女と女性が似たもの親子であると感じることになるとは。人の返答を聞かないところとか、まるでそっくりだ。
スープは温かく…………
ひとしきり食べ終えた頃、私の隣に酒のはいったジョッキをもった男性が近づいてくる。その男性は私の隣に座ると、酔った勢いなのか語りだした。
「この世界の始まりは、七柱の龍から始まった。赤き龍、橙の龍、黄の龍、緑の龍、青き龍、藍の龍、そして紫の龍だ。
こいつらは仲が悪かった。いっつも顔を突き合せればけんかしていたのさ。
赤き龍が高熱の炎を吐き出し。
橙の龍が炎を消してやろうと土を吐き出せば、溶岩が出来た。
黄の龍が気まぐれに溶岩を押し固めて大陸にし。
緑の龍は出来た大陸を我が物にしてやろうと森を造った。
それが気に入らなかった青の龍がそれを凍らせちまって、世界は凍りに閉ざされる。
藍の龍がうるさい龍の喧嘩から逃れようと氷を溶かして海にして、そこに隠れちまった。
紫の龍は藍の龍と特に仲が悪かったから、夜を作って空に逃げた。
こうやって世界が出来たのさ
で、この話には続きがあってな……」
男は陽気に喋り続ける。
私は、世界がこんなに簡単だったならもっとやさしい世界だっただろうなと思いながら、男の話を聞き流していた。
しかし気付けば話は佳境のようで、大勢の人間が男の話を聞きに集まっている。ほとんどが男と同じ旅の商隊の人間のはずなのだろうが、子供から大人まで、宿の少女と女性までもその話に耳を傾けていた。
「……とまあ、これが俺の聞いたこの世界の物語だ」
そう言って、男が話を締める。
同時に盛大な拍手が鳴り響き、宿の中は歓声に包まれる。
「おうジョズ、続きだ続きー!」
別の一人の男が、話を謡っていた男性に野次ともいえない野次を飛ばす。
「うっせーな、今日はここまでだここまで。俺はこれからこの隣に座ってる可愛いネーちゃんと飲むんだよ」
それは私のことだろうか。場の空気についていけなかった私からすると巻き込まれるのは少々気まずいのだが……
「爆ぜろー!」
「もげちまえー!」
他の男達からは罵声が飛ぶ。それをきっかけに語りはお開きになったのだろうか、ぞろぞろとみんな各々のテーブルへと戻っていく。
「おうネーちゃん、そういうこった。一杯つきあってくんな」
「何がそう言うことなのか良く分からないのだが、話し相手くらいならば付き合おう」
「おうおう、つれないねー。名前はなんていうんだい」
「……ヨネア」
「へぇ、俺はジョズだ。しかしヨネアね……俺は客引きのための語り部をやってるんだがな、俺の知ってる物語の中に同じ名前の魔女が出て来るんだよ」
「まさか、偶然だろう」
「ハハハッ。だよなー。不老不死でどんな魔法でも知っている、伝説の魔法使いなんだ。時に大陸を滅ぼし、時に神のような奇跡を起こして人を救う。そんな魔女だ。
ネーちゃんもローブを着てるってことは魔法使いなんだろ。もしかして同一人物だったりしないのか」
冗談めかして男が言う。
「残念だが、魔女ではあるが大陸を滅ぼしたり奇跡を起こしたりなんてそんな大それた事出来ないさ。ただのしがない旅の魔女さ」
「そりゃ物語の中の話だからなー。同一人物だったりしてたまるかよ」
この酔っ払いは、なかなかどうして出来上がっているらしい。
「ところでネーちゃん、せっかく美人なのにどうしてそんな無愛想なんだ? 俺の話を聞いているときも表情ピクリともうごかさなかったじゃねぇか。
おかげで本気になって、商売のときにしか言わないところまで調子づいて語っちまったじゃねぇか」
私は男の問いに自分の頬を指でつまみながら答えた。
「無愛想だってよく言われるよ。だが私の表情筋は当の昔に死んでしまってな、まったくもって動かないのさ。おかげでいつも無表情だ」
「おうそうか、へんなこと聞いちまって悪かったな」
「気にするな、お前のせいじゃない」
「よしじゃあ今日はネーちゃんの笑顔のためにもう一曲語るかぁー!」
そう言って男はふらふらした覚束ない足取りで商隊の仲間のほうへと歩いていった。もうだいぶ夜も更けたというのに、よく飲むものだ。
私は宿の少女を呼び止めると、屋根裏部屋へと案内してもらうことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その晩私は悪夢を見た。
いや悪夢というよりか、過去の自分の夢を見ていたといったほうが正しいだろうか。
初めて私が私自身の異変に気付いたとき。それは遠い昔、魔女狩りの時代に捕まって、首を落とされたときだろうか。
それなのに私は生きていたのだ。その生々しい感触は今でも首に残っている。
それから歳もとらなくなり、体は26歳のときのままを保っている。
戦乱の時代には、全身に剣を突き立てられたりもした。体の中に異物が入ってくる感覚は未だに慣れない。
全身を焼かれたこともある。だがそれでも、私は死ななかった。
死んだはずの私は気付けばどこかで生きていて、息をしている。心臓もちゃんと動いている。傷も残っていないのだ。
はじめは戸惑った。だがそれも気付けば無くなっていった。
今では戸惑いだけでなく、体の感覚もところどころ薄くなっている。痛みを痛みとして感じることは無くなり、食事も必要なくなった。そして味覚に至っては味をまったく感じなくなった。感情が多少揺れ動くことはあっても、表情は既に機能しないものとなり、貼り付けられた無表情が常に表に出続けている。
体がだんだんと、人ではなくなっていく恐怖に涙したこともある。だがそれも諦めと惰性と。意味も無く死ぬことも出来ずに生き続けている。
……もうどれくらい生きただろう。いくつもの国や文明が発展し、滅び去っていくのを見てきた。滅びをとめようとしたこともあったが、すべては徒労に終わった。皆死なない私を恐怖し、追い払い、そして勝手に滅んで行った。
個人として私を大切にしてくれた人間もいた。
ただその人間は私を恐怖するほかの人間達に嫌われて、肉塊というにはあまりにも人の形を残しすぎている物言わぬ何かとなって私の前に帰ってきた。否、棄てられた。
そこまで思い返したところで、私は夢から覚めた。
今更恐怖をまったく感じることなど無いのだが体は如実に反応し、背中や額は汗でびっしょりと濡れている。
荒い息を整えながら、私は夢の続きを思い出す。
――――そうだ。私はあの時覚悟を決めた。
生き続ける覚悟と。もう一つ。
私の思考は、下の階からの喧騒に邪魔され中断された。
なんだ。まだ酔っ払って騒いでいるのか?
窓からは朝日が昇り始め、霧の中をうっすらと照らし始めていた。
「誰かーーーー!」
なにやら、昨夜とは騒がしさの種類が違うようだ。
この鬼気迫る声は昨日の宿の少女のもの。
私は足を速め、一階へと続く階段へ向かう。
人だかりが階段のすぐ下に出来ていた。
「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」
どうにも不穏な声が聞こえてくる。
人だかりに囲まれていて、私からは何が起こっているのかよく見えない。
「朝から騒がしいが、どうしたんだい?」
私は泣きそうな顔をして立っている少女に向かって問いかける。
「ジョズさんが、階段から落ちて頭を打って……血だらけで」
「ジョズというと、昨夜物語を謡っていた男のことかな?」
私は人だかりをゆっくりとかき分けるように進み、倒れているジョズの元へと歩み寄る。
ジョズという男の体に泣きながらしがみついている女性は彼に思いを寄せる女性だろうか。
長く生きているとこういうことばかり敏くなってしまうな。
「昨日の旅のネーちゃんか、薬持ってねぇか? 傷が深すぎて俺らの持ってる薬じゃどうにもならねぇんだ。首もやっちまったみたいで、俺らじゃもう正直なところお手上げなんだよ」
昨夜ジョズに罵声を浴びせていた男性が、私に問いかけてくる。その顔には昨日のようなおちゃらけた表情はなく、真剣な面持ちだ。
「残念なことに、薬は持ち歩いていないんだ」
私の言葉に、男は明らかな落胆の表情を見せる。
「だが私は魔女だ。どこまで出来るかわからないが、やれるだけのことはやってみよう」
私はジョズに近づくと、すがり付いて泣いていた女性をそっと離し、ジョズの胸へと手を当てる。
心臓はまだ静かに音を立てていた。
呼吸は、弱いがまだある。
首は曲がってはいるものの、幸い呼吸に問題があるようなものでは無さそうだ。
病気でもないただの怪我だ。生きているならば、どうとでもしてやろう。
私は右手に魔力をこめて、呪文を唱える。
『世界の理よ、世界の理から外れたものの音を聞け。
知を持ち、思いを持ち、物語を紡ぐ者。彼の者の終わりはここに非ず。
癒しの光よ、彼の者を再び己の足で歩かせよ』
呪文と共に魔力はその性質を変え、ジョンを淡い光で包み込んだ。
頭に出来た大きな傷は見る見るうちに塞がり、折れたはずの首の骨も綺麗に元通りになっている。
もう問題ないはずだ。規則的に聞こえてくる寝息を確認し、私はそう判断する。
皆が呆然と見つめる中、私は宿のカウンターに銀貨を二枚置いた。
「女将さん、朝食は要らないから。ここはなかなかいい宿だったよ、機会があったらまた泊まらせてもらおうと思う。そうだ、その男ももう問題ない。ただ眠っているだけだから、良いが覚めたらそのうちおきるんじゃないかな」
そう言い残して私は宿の扉を開いた。経験上、これ以上いるとなにかしら面倒ごとが起こる。
だったら皆の理解が追いつかないうちにさっさと出て行ってしまったほうが良い。
あても無く彷徨う旅。今度は、西にでも向かおうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私はあの時覚悟を決めた。
生き続ける覚悟と、もう一つ。
私は私に関わった人を不幸にしないと誓った。
それは私の生きる意味と、化物のような私が人として生き続ける為に必要なことだと。
この設定で誰か書いてくれないものでしょうか……